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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第6章 贄の魔女 【1】
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6ー3 初代『贄の魔女』アル sideノエル 1

 


 人間の欲には限りがない。

 あんなに耐久期間が短く作られているのだから、大人しくしていれば良いものを、魂は転生を繰り返す度に夢と言う名の欲を持つ。


 お陰で、魔力を持った人間の魔法使い共は妖精魔法を覚えるだけでなく、僕の眷属を呼び出して無理矢理願いを叶えようとする。


 魔法使い(あいつら)はあまりわかっていない。僕達は、妖精のように世界の循環も摂理も気にしていない。だってそもそも生きている世界がちがうのだから。使う魔法も違うし、妖精のように安易に取引なんかしない。でも無理矢理呼び出されたのだから、条件が整わないからサヨウナラと云う訳にはいかない。


 人間達は僕らのような存在を見つけた時から『悪魔』と呼んだ。妖精以上に気紛れな僕らは、取引を提示されようが贄を出されようが、少しでも気分を損ねると、召喚者ごと殺してしまう。その代わり、対価が気に入ると妖精魔法では叶わない願いも叶えてやることも出来る。


 ただ僕の眷属は召喚自体に滅多に応じない。


 そもそも召喚魔法自体が妖精魔法で、彼らに「ここに来い」と命令されているようでそれだけで気分が悪いのだ。


 今日も馬鹿な魔法使いが召喚魔法を発動したようだ。

 だかいつもは鼻で笑う眷属達がザワザワと揉めている。


 様子を伺うと、誰が行くかで揉めていたのだ。


 理由はすぐにわかった。


 嗅いだことの無い、甘くて芳醇な香り。頭の先から痺れるような快感が体を包んだような気がした。


「僕が行く」


 眷属達がどよめきだした。僕が召喚に応じるなんて、この世界が出来て初めてのことだから仕方ない。僕は感情に疎いらしいが、感情が無いわけじゃない。多分だけれど。


 だから嗅いだことの無いいい香りに興味を抱いたこともよく理解しないまま、召喚術の中に入った。


 現世に降り立ったのはいつぶりだろう。相変わらずこの世界はひ弱な人間達で騒々しい。


 僕は召喚などされずとも、本来僕の世界とこの世界を自由に行き来が出来る。それが出来る数少ない存在であるが、行き来する理由も無かったからしてこなかっただけだ。


 流れる靄の中、鼻をひくつかせる。この香りはどこから来ているのだろうか。緩やかに視線をずらし、香りの元に目を向けた。


 汚れた髪と、小さく細い体が横たわっていた。

 彼女の体から溢れる魔力。甘くて、蕩ける、頭が痺れそうだ。舌舐りしながら彼女を見つめる。


「······喚んだのは君だね。僕が来ようと思うなんてなかなかないんだけど」

「······?」


 ひくひくと鼻腔をくすぐる何とも言えない香り。

 食べたい。食べたい。

 早くその魔力を飲み込みたい。


「ああ、その匂いだ。こんなに芳醇な香りは嗅いだことがない」


 彼女の目からポロポロと零れるものを見た瞬間、僕の中で何かが生まれた。今まで感じたことの無い何かが。


 僕は彼女をじっと見詰めた。


 なんだろう。この綺麗なものは。


 匂いだけじゃない。よく見るとこの人間、魂が輝いている。光を放っている。


 なんでこんなに美しい?輝いている。七色に煌めいて、それに魔力は金色(こんじき)の泉のようだ。あとからあとから、輝きながら舞い散る黄金の花のように辺りに降り注ぐ。


「君は、僕に何を望むの?」

「······え?」


「まて悪魔!願いを言うのは俺······!」

「うるさいね」


 耳障りな声を全て消すと、やっと彼女と二人になれたが、彼女はポロポロと泣いた。


 宝石を体から出すように、彼女は美しく泣いた。


 こんなに綺麗でいい匂いの生き物がいるなんて。

 食べたい。欲しい。誰にも渡したくない。


 僕のだ。

 これは僕のものだ。


「······助けて······!」


 震えながら出した彼女の言葉に僕は息を飲む。

 願いだ。彼女が僕に願いを欲した。


 対価は彼女自身。食べれる。食べれる。欲しい。彼女が欲しい。


 でも待って。魔力を全部吸い尽くしたら、彼女が死んでしまったら、もう二度とこの輝きは見ることができないのでは?二度と魔力を味わうことが出来ないのでは?


 そんな勿体ないことは出来ない。少しでも長く、彼女の存在を保たなくては。


「わかった。君のことを助けるよ」

「··········え········」

「それが君の願いなんでしょう?」

「ねが·····?」

「そのかわり、僕と友達になってくれる?」

「······友達······?」

「友達。僕、君の魔力が食べたいんだ。何度も食べたいんだ。君みたいな芳しい匂い初めて。君を消したり殺したりしたら、二度とその魔力を食べられないから、寿命までの間命の危険がある時は必ず僕が助けてあげるよ」

「······私があなたをよんだら、あなたは必ず私を助けてくれる?」

「いいよ」

「私····お腹痛くなったり、具合が悪いと魔力あげられないかもしれないよ。それでも、私を助けてくれる?」

「いいよ。友達になるなら」



 僕は知識としては理解しているが実際に友達を作るのは初めてだ。


 彼女の名前はアルと言った。

 舐めた涙は想像以上に美味で、僕の口の中を溶かすかのように蕩けた。


「あなた、なんていう名前なの?」

「名前は無い。好きなように呼んで。さっきの不味そうな人間は『悪魔』って僕を呼んだよ」


 僕を含めて眷属達は名など持たない。


「そんな風に呼べないよ······じゃあ、『ノエル』ってどう?素敵な名前じゃない?」

「ノエル······僕はノエル······」

「気に入った?」

「魔女が初めて僕にくれたものだ。僕の魔女が僕に名前をくれた。アルが僕に名前をくれた。僕はノエル」

「そうだよ、ノエル。これから宜しくね」


『宜しく』って何だろう。


「宜しく?ふぅん。じゃあ、アル。早速だけど、僕は君をどうやって助ければいい?」

「とりあえず、村から離れて住むところが欲しい。魔物が来ないところでゆっくり寝たい。お腹も······空いてきちゃった。助けてくれる?ノエル」

「いいよ、アル。君が言うなら」


 何だって叶えてあげる。君の側に居れるなら。



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