6ー2 初代『贄の魔女』アル 2
靄がだんだんと晴れ、白い髪の男の子はゆっくりと私に視線を向けじっと見つめる。
汚れきった私と違う。なんて綺麗な子かしら。
「······喚んだのは君だね。僕が来ようと思うなんてなかなかないんだけど」
「······?」
「ああ、その匂いだ。こんなに芳醇な香りは嗅いだことがない」
言っている意味はわからない。でも。
真っ白な髪の間から、赤々と宝石のように二つの瞳がキラキラと輝いて見えた。
綺麗。悪魔ってこんなに綺麗なのね。
美しい悪魔を最後によく見ておきたくて、私は殴られて赤く腫れた顔を上げた。汚れた髪が揺れ、視界に彼が映っただけで目からはポロポロと涙が零れる。
こんなに美しいものを見ながら死ねるなんて。
「君は、僕に何を望むの?」
「······え?」
静かに言った彼の言葉をすぐには飲み込めなかった。
「まて悪魔!願いを言うのは俺······!」
「うるさいね」
口端を少し上げると、導師様の体が破裂し、次いで取り囲んでいた魔法使い達が次々と弾け、粒子になり、風に流されるまま目の前から消えた。
何が、起こったのだろうか。
導師様が、村の魔法使いが消えてしまったの?
「みんなは····導師様は····どこにいったの?」
「消した。魂ごと消した」
少しずつ、少しずつ恐怖が体に染み込んでいく。
「消····、死んでしまったの····?あなたが殺したの?」
「消した。二度と転生出来ないように」
「····私が·····私がちゃんと生け贄にならなかったから?私が····私がみんなを殺したの?」
「違うよ」
ふわりと私の前に屈むと、体を縛っていた縄が溶けるように消えた。
もう動ける筈なのに、体が震えて動かない。涙だけがあとからあとから溢れ出す。
「······助けて······!」
震えながらやっと口から出た言葉はあまりにも無力だったのに、彼は赤い目に白くて長い睫毛を乗せたまま静かに頷いた。
「わかった。君のことを助けるよ」
「··········え········」
「それが君の願いなんでしょう?」
「ねが·····?」
「そのかわり、僕と友達になってくれる?」
「······友達······?」
「友達。僕、君の魔力が食べたいんだ。何度も食べたいんだ。君みたいな芳しい匂い初めて。君を消したり殺したりしたら、二度とその魔力を食べられないから、寿命までの間命の危険がある時は必ず僕が助けてあげるよ」
「······私があなたをよんだら、あなたは必ず私を助けてくれる?」
「いいよ」
「私····お腹痛くなったり、具合が悪いと魔力あげられないかもしれないよ。それでも、私を助けてくれる?」
「いいよ。友達になるなら」
無表情のこの生き物の提案に、僅かなからの希望を見いだした私は、足りない頭を一生懸命動かして考えた。
「友達ってどういうこと?私、友達なんかいたことないよ······」
「友達は『親しく利益を交換する者』だよ。契約も取引もしない。利益は渡せる時に渡し合う。僕は強いからいつだって君を助けてあげるけど、君は弱くて小さいから、渡せる時でいいよ。出来れば毎日食べたいけど」
当たり前のように、淡々と話を続ける彼を見た。
この悪魔と言われる存在が、自分をこの世で初めて助けてくれると言ってくれた。
私の意識は村の存亡よりも導師様の生死よりも、生まれて初めて手を差し伸べてくれた人外の生物への感謝と、生きることが出来る希望でいっぱいになりまた涙が零れた。
「·····魔力ってどうやってあげればいい?妖精達みたいに指を舐めるの?」
まだ涙が溜まったままの眦に彼は口を寄せて舐めた。
「ひゃあ!」
「ああ、甘くて美味しい。どこからでも貰えるよ。涙からも口からも。君の手に触るだけでも貰える。······妖精達もこれ食べてたのか。勿体ないけど、君が魔法を知る対価は確かにこれが一番だものね」
彼は無表情のまま、小首を傾げる。
「君をなんと呼べばいい?美味しい人間?」
「違······私、私はアルだよ。みんなは『贄の魔女』って馬鹿にして呼ぶけど」
「アル······アル。僕の友達。僕の魔女」
噛み締めるように目を瞑って彼は言った。
「あなた、なんていう名前なの?」
「名前は無い。好きなように呼んで。さっきの不味そうな人間は『悪魔』って僕を呼んだよ」
「そんな風に呼べないよ······じゃあ、『ノエル』ってどう?素敵な名前じゃない?」
「ノエル······僕はノエル······」
「気に入った?」
「魔女が初めて僕にくれたものだ。僕の魔女が僕に名前をくれた。アルが僕に名前をくれた。僕はノエル」
「そうだよ、ノエル。これから宜しくね」
「宜しく?ふぅん。じゃあ、アル。早速だけど、僕は君をどうやって助ければいい?」
「とりあえず、村から離れて住むところが欲しい。魔物が来ないところでゆっくり寝たい。お腹も······空いてきちゃった。助けてくれる?ノエル」
「いいよ、アル。君が言うなら」




