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色白のハインリヒ様の頬が赤らんでいるのが見えた。
「····すまない」
顔を背けたまま謝るハインリヒ様に、一応私も言い訳をしてみる。
「ランドリーからもってきたのはシャツだけです。心配しなくてもあなたの下着には触れてませんよ」
「当たり前だろ!」
「だからもうちょっとだけ貸してくださいよ」
「だから、なんでそんな変質者みたいな真似を······」
「夢を見たんですよ」
抱えてた膝を下ろして、片手でシャツの前を留めた。
「起きてからも引き摺ってしまって。いつもはシャワーを浴びるとわりと治まるんですけど、今日のはなかなか強烈で、起きているのにどっちが現実か分からなくなってしまいそうで」
「······ティアナ」
「ハインリヒ様の匂いを嗅いだら、こっちが現実だって思えるから。だから、もう少しだけ貸してください。たまにしか借りてませんから」
私に背を向けたまま、彼は少し首を捻りながら私に問う。
「······たまにって。今までも勝手に着てたのか?」
「はい。ちょっとしんどい時だけ。バレないように気をつけてたんですけどバレちゃいました。だから、もう堂々と拝借します」
「おい。一応承諾は取ってくれ。勝手にランドリーを漁るな。······しんどい夢は、定期的に見るのか?」
「はい」
「なら、漁らないで俺のとこに来いよ」
「朝早くから行けませんよ。ハインリヒ様、夜遅いときは朝寝てる時もあるし」
「構わないから」
さっきまで顔を赤くしてプンスカ怒っていた彼は、真面目な声で
「振り向くから前を留めてくれ」
と言い、ゆっくりと体を私に向けた。
「ハインリヒ様って、普段は夕飯食べたあと、練習室で鍛練なさってるでしょ?夜もよく調べものなさっているし。朝は朝でまた練習室にいってるみたいだし。そんな忙しくしてるのに、朝から押し掛けたら睡眠時間足りなくなりますよ」
「お前よりは起きるのは遅いよ。朝の鍛練は短時間しかやってない」
ハインリヒ様の目にさっきの照れはもう無かった。
私の師匠は、世界で一番だと改めて感じた。
彼の真面目で優しいところに何度救われただろう。
「ちょっとだけお願い聞いてもらえますか」
「何だ」
「少しだけでいいんで、抱きしめてください」
ハインリヒ様は答えなかった。
代わりに大きな手が少しだけ戸惑いながら背に回る。長い四肢と普段はローブに隠れた鍛えられた胸板に私は体を預けた。
ハインリヒ様の熱が、匂いが体を包んだ。
パジャマごしでもトクトクと心音が聞こえ、そばに彼がいることに実感を持つ。
ああ、良かった。こっちが現実だ。
ハインリヒ様から拝借した、大きくて長いワイシャツの胸元を留めていた自分の手を、脇の下からハインリヒ様の背に回すと、彼は私の鳶色の長い髪を優しく撫でてくれた。
私はそのままぎゅっと力を込めた。
「あったかい······」
「そうか」
「ハインリヒ様の匂いがする」
「そ······変な匂いなのか?」
「いいえ。とってもいい香りです。香水にして売ったらメッチャ儲かりますよ」
「だから、お前は何でいつも······」
「大好きです」
ハインリヒ様の声が聞こえなくなった。
固まったように体が動いていないので、顔を見ようと視線を上げたら、元に戻った顔がまた真っ赤になっていた。
「ハインリヒ様?」
どうしたんだろう。朝だからまだ眠いのかもしれない。
微かに震えて、耳まで真っ赤になった彼にしがみついたまま少しだけ背伸びをして、硬直した彼の体の匂いをあちこちクンクンと嗅いだ。
「お······おい、何を······」
「うん。やっぱり好きです、ハインリヒ様の匂い」
「匂い······え、匂い?······匂い。あ、そうか」
ぶつぶつと独り言を呟く彼の体にひとしきりしがみついて匂いを嗅ぐ。
ハインリヒ様のお顔は未だ赤らんでいるが、私は自分の気持ちを整理するのに精一杯だ。
「······っ···ティアナ、お前の胸が····その」
「······いい匂い、あったかい······」
「····っ!ティアナ、すまないが、パジャマの中に手を入れられると······」
「嫌かもしれないですけど少しだけ我慢してください。直接触りたい」
「触りたいって····そ、その、嫌じゃないんだが紛らわしすぎて対応が、その······」
彼のパジャマのボタンを一つ外し、隙間から手をいれて撫でると、ハインリヒ様が一瞬背をしならせたが、気にせず心臓の上に手を置いた。
ハインリヒ様の心音だ。耳を直接つけて聞いていたらやっと平常心を取り戻した。
落ち着いた私は、先に部屋を出ようとすると、何故か呼吸が乱れている彼はソファにぐったりと倒れていた。
大丈夫、私は生きている。
あれは今の私の記憶じゃない。
しっかりとした足取りで私は自室にもどった。




