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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第5章 サラマンダー
51/139

5-6

 


 連日の勉強のせいで脳が疲れきっていた私は日々深い眠りについていたが、この日はそうじゃなかった。


 目を開けると、見慣れた天井が見えた。


 辺りが暗い。夜明けは、まだ来ていない。

 むくりと体を起こして、視線を彷徨わせる。


 また今日も早朝から目覚めてしまった。

 いつもよりさらに早い。寝る前にいたはずのノエルはもう傍にはいなかった。ノエルは朝が好きではないので、いつも夜明け前に居なくなってしまう。


 目覚めたのはいつもの夢を見たからだ。体が汗でベトベトだ。


 私は定期的におかしな夢を見る。見るのは大抵初代の魔女の記憶だ。だが最近になって全く違う人間の夢も見るようになった。


 気づいたのは、あれは皆『贄の魔女』だということ。多分2代目以降の記憶だろうと思うが、どの時代の誰なのか判別が出来ない。最近、段々と数が増えているように思う。


 ぼーとしたまま、家人用のシャワー室に重たい体を引き摺った。ハインリヒ様は自室に専用の浴室があるし、執事のフォルカーさんやアンナさん一家は渡り廊下の向こう側にある別棟で暮らしているから、普段こちらのシャワー室を使うのは私だけだ。


 頭から熱いお湯を浴びしばらくぼけっとして体を温めたが、どうにもこうにも気持ちが暗いままである。


 こんな時は、あれをするに限る。


 私は濡れたまま隣のランドリー室に行き、ガサガサと例のブツを探した。


「あったあった······」


 着替えてから、この時間ならいいだろうと魔法で髪を一瞬で乾かした。



 だいぶ朝晩は秋らしく少し冷えてきた。ヴァンゲンハイム邸は魔具のお陰で空調は完璧だ。この間採った魔石が活躍しているようだ。


 パンツを履き、洗いたての体にワイシャツ一枚だけ羽織ったままだったけど、図書室に行くことにした。今日は自室に戻る気も、剣の練習をする気にもならない。


 ヴァンゲンハイム邸の図書室は昔からある魔術書がたくさんある。歴代の当主が集めたものだとハインリヒ様は言っていた。


 古い本達に囲まれ、室内に置いてあるソファに腰掛け膝を抱いて座った。


 暫くすると、朝日が室内に差し込んだ。ああ、やっと朝が来たかとほっとしていたら、ガチャリとドアが開いた。


「······ティアナ?」

「あれ?ハインリヒ様。おはようございます。今日は早いですね」

「ああ。連日お前の勉強を見てたからな。そろそろ自分の鍛練にも時間を割かないと。本だけ戻したら練習室に行く準備をするよ」


 本を片手に、パジャマにガウンを来たままのハインリヒ様は私が朝からこの部屋にいるのを不思議そうにしながら、本棚に本を戻していた。



「珍しいな。いつもは庭か魔術練習室なのに」

「今日は図書室の気分だったんです」

「ふぅん。連日の勉強のお陰でやっと本に興味が······」


 会話をしながら本を戻し終えたハインリヒ様は私のいたソファまで近づいて、歩みを止めた。


「······見たことあるシャツを着ているな」

「ん?これ?ハインリヒ様のですもん」

「なんで俺のシャツをお前が着ている」

「ランドリー室から拝借しました。ちなみにこれは昨日あなたが着たやつです。アンナさんが回収してランドリー室にまとめておいてたので」

「は?」

「だから借りたんですってば」


 勝手に借りた分際で偉そうにソファで話していたら、ハインリヒ様もソファにどかっと腰掛けてから言った。


「勝手に着るな。脱げ、変態」

「やだ。もう少し借りたいんです」


 ハインリヒ様は微妙な顔をしながら、ワイシャツの襟をグッと掴んだ。


「バカ。脱げ」

「やーですよ」

「人の着たもの勝手に借りるな!」

「ハインリヒ様の匂いのするものが必要だったんです!」


 ドンと勢いでハインリヒ様を押したら、不機嫌そうに彼は掴んだままのワイシャツの襟を引っ張った。


 私が後ろに比重をかけていたせいだろう。はずみでシャツのボタンが飛び、下着を着けていなかった胸元が(あらわ)になりハインリヒ様の視界に入ってしまった。


「······っ!おま····」

「え?」


 余りにも驚く彼に、自分の胸元を見て合点がいく。


 胸元ははだけ、よく見たら下もパンツ以外履いていなかった。


「ああ、すみません。シャワーを浴びてたものですから」


 ハインリヒ様は私から視線を外した。襟からは既に手を放していた。



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