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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第5章 サラマンダー
47/139

5-2

 


 アルレット様が執務室を出ていってから、ハインリヒ様は私に『魔物大図鑑』を出すように言った。


 ガサゴソと荷物の中から教本の下にあった図鑑を出す。


「おい。待て。この本なんでこんなに綺麗なんだ」

「大事に使っているからですよ、ハインリヒ様」

「中に折り目ないしも付箋も張られてない。お前使ってないな」


 確かに『魔物大図鑑』を愛用しているレナルドは、本に書き込んだり付箋を張ったりしていたし、うっすら本自体も手垢で汚れていた。対して私の本はケースから出すと新品同様の美しさを放っていた。手垢なんか殆どない。


「まったく、お前は······サラマンダーの頁を開いて見ろ」


 冷たい視線を受けつつも、ペラペラと索引からサラマンダーを探して該当の頁を開くと、太った火まみれの蜥蜴が描かれていた。


「サラマンダーは火山地帯に棲息する火属性の魔物だ。普通なら中型犬くらいの大きさのものが一般的だが産卵期のメスは体が2倍に膨れ上がる」


「ふむふむ。サラマンダーの産卵期は冬······もうすぐですね」

「ああ。しかも今年はサラマンダーの数が例年以上に多いんだ。毎年夏の終わりから交代で魔術師が対処に行くんだが、今年は対処してもしてもサラマンダーが減らない。そうこうしているうちに体の大きくなりはじめた凶暴なメスが暴れはじめた」

「ララの敵をうちに行ってやる!打倒サラマンダー!」

「やる気は分かったから、現地に行くまでに対処法を自分で考えてみろ。ちゃんと弱点を自分で調べるんだ。有効な魔法陣の発動練習もな」


「有効な······分かりました!」


 図鑑に目を落としながらぶつぶつと一人で考えているとハインリヒ様は思い出したかのように突然私に聞いた。


「今日は、模擬試験の結果の張り出しが、あったらしいね」

「へっ?!へぇ~······あー、そうでしたっけぇ」


 必死に誤魔化そうと、図鑑を食い入るように見つめ決して視界にハインリヒ様を入れないようにしたが、徐々に近づく彼は私の傍らに立ち上半身を傾けニコニコと笑いながら顔を近づける。


「何位だったの?」

「あ、えと、その······ちょっと覚えてなくて」


 女神のような笑顔のハインリヒ様が視線を合わせない私の両頬を片手でぐっと掴み、無理矢理顔を合わせさせた。


 タコのような口をした私は一瞬、あまりの美しいお顔で笑う彼に背筋が凍る。


「さっき、アルレットが来る前に弟子会講師のグラーツさんがここに来たんだよ。彼は俺の時も講義をしていたベテラン講師なんだよね」

「あ、しょーでふか」


 ぐぐっと頬にかかる手の圧が強くなる。


「グラーツさんは心配しててね、ティアナ。去年は弟子になったばかりだったから様子を見ていたらしいけど、今年も変わらず窓の外をぼーと見てたり、にやにやとノートに何か書き込んだりする君に、何か悩みがあるんじゃないかとね」

「な····悩み······」

「ノートと教本を出せ、ティアナ」


 そろりそろりと、言われたものをデスクの上に出した。ハインリヒ様はパラパラとノートと教本を捲り、またにっこりと私の方を見ながら微笑むので、つられて私もヘラリと笑う。


 そして雷は落とされた。


「教本もノートも落書きだらけじゃないか!なんだこれ!魔物の絵をあちこちに書いて!板書の数より落書きの方が多いじゃないか!」

「魔物の絵じゃありません!ハインリヒ様の絵です!ほら、この辺なんか上手に描けてるでしょ?」

「描けてない!どうしたらこんな怪人を描けるんだよ!左右の目の大きさがだいぶ違うぞ!?俺の口はこんな耳元についてない!」

「似てるのに······」

「似てない!そんなことより、講義中に他のこと考えるな!勉強に集中しろ!」

「だってぇ」

「だってじゃない!お前は魔女だから魔術の実技がやりにくいのは分かる。だけど、筆記は座学だぞ?魔法も魔術も関係ないはすだ。構築式は、そもそも魔法使いが魔法を古語を通して文字に落とし込み文体化したものだし、魔獣や魔物の基礎知識なんかはかつての魔法使い達が調べて本にまとめたものがベースになっているんだ。お前にだって理解できるはずだぞ?」

「うーっ」

「唸るな、睨むな!犬かお前は!」


 唸ることを禁止された私は口を尖らせて下をみた。


「サラマンダーの対処が終わったら、教本の復習やるぞ」

「ええっ?!」

「弟子会に出入りして一年半が過ぎた。教本の6割は終わったはずだ。これからも弟子として魔術庁に出入りしたいんなら、勉強は続けろ。いくら魔術師になる気が無くても、国から育成費が出ている以上、最低限はこなせ。甘ったれるな」

「······はい」


 ぐうの音も出なかった。


 しかし、当たり前といえば当たり前の話だ。


 だらしのない私でも、弟子として背水の陣立たされているいる以上、やらざるを得ない。弟子を辞めたら友達とも会えないし、食い扶持も無くなってしまう。ハインリヒ様は私のメイド就任を未だ認めてくださらないので、完全なる無職になってしまうのだ。


 少しばかりのやる気が出た私は、ハインリヒ様に怒られてしまったモヤモヤを、とりあえずサラマンダーに全力でぶつけようと決めた。




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