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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第4章 師匠の師匠
45/139

4-8

 


 馬車の中でハインリヒ様は私の泣きっ面を酷く気にし、ひたすらオロオロとしていた。


「大人気なく怒って悪かった······」

「うう~、わたひが悪いでひゅ~······」


 彼は小さく溢したけど、私はまたボロボロと顔を崩して泣いてしまった。困り顔のハインリヒ様が私の隣に座り直し、静かに片腕を背に回して、もう片方の手でゆっくりと頭を撫でてくれたらやっと少しずつ涙が引いていった。


 すんすんと、鼻水を啜りながら、一緒にハインリヒ様の匂いを嗅ぐ。わたしの大好きな匂いにだんだんと落ち着くと、ゆっくりとハインリヒ様は私の顔に触れ涙を指で拭う。


「師匠と、何話していたんだ?」

「ヴァンゲンハイム家に弟子として来た時の話を······後悔してないかとか、聞かれました」

「あとは?」

「んと、小型転移門があるって話と······あと、エレオノーラだった頃の記憶があるのかと聞かれて」

「あるの?」

「え、無いですよ。無いんですけど、昨日アレクシス様と戦っていた時に、知らない映像が見えて。それを伝えたら、アレクシス様泣いてしまって」

「あの師匠が?」

「エレオノーラって、アレクシス様のこと好きだったみたいなんですよ~。恋人だったみたいですね」

「何を他人事みたいに······」

「急に抱きしめられてビックリしちゃいました」

「は····?ティアナ、師匠に触られたのか····?」

「触られたって······やだな、ハインリヒ様。親子程離れてるんですよ?きっと懐かしさとか、寂しさによるスキンシップだったと·····え?!」


 ハインリヒ様の目が座っている。

 こ····怖い····。


 私は硬直し、彼と視線が合ったまま青ざめた。


「······チッ·····やっぱりか。どうりで、ティアナばかり見ていると······。いいか、ティアナ」

「え?は、はい」

「二度と師匠と二人きりになるな。俺がいるところ以外で会うな」

「は···はい。なんかハインリヒ様、いつもとキャラが違う····うわっ、どうしたんですか?!」


 突然ハインリヒ様がガッチリと私の背を髪の毛ごとホールドした。


「一応。消毒しておこう」

「消毒·····??」


 馬車はそのまま魔術庁へと進んで行った。


 まだ目が赤い私は、以前レナルドからもらった黄色と黒と赤のストライプ柄で花型のフレームのサングラスを、鼻を啜りながら掛けた。どこかで使うかも知れないと皮の腰バックにいれておいたがやっと使用機会に恵まれた。


「······なんだその眼鏡」

「以前、レナルドから貰ったんです。サミュエル様が使っていたもののお古だそうで、貰ったけどどうしても使う気になれないからと」



 庁舎の廊下の鏡をチラリと見ると、サングラスのファンキーさと衝撃さが際立って、とても泣いていた人間には見えなかった。


 そのまま執務室で、事務仕事を真面目にこなすハインリヒ様はいつもと変わらなかった。


 ランチも食堂で二人でとった。ちゃんとデザートのライチもいつも通り私のトレイに置いてくれる。


 すれ違った魔術庁の職員が私の眼鏡姿を見てはひそひそと薄ら笑いをしているのが聞こえたが、どうでも良かった。


 ハインリヒ様がいつも通りに接してくれることが、とても嬉しかった。


 いつも通り私の入れた自称美味しい紅茶を飲み、報告書を書き、事務官と打ち合わせを行った。事務官がハインリヒ様の背後に控えた珍妙な外見の私を一瞬見て顔を背け、目を合わせないようにしていたのが分かったけど、私は何だか心がポカポカしていたから、眼鏡の下はずっと笑顔でいた。



 夕方、魔術庁に持ち込まれた『呪いの鏡』なるものの魂抜きをしていると、サングラスをかけた鏡の中の私が、これまた鏡の中のハインリヒ様を小馬鹿にしながらダンスをしていて思わず吹いてしまったら、頭をガッと掴まれて締め上げられた。


 いつもと同じなだけなのに、どうしてこんなに嬉しいのだろう。





 最初はただ就職口を求めて彼に接触を図った。

 ただそれだけだった。


 取り柄も無い私が魔力を使って現世を生きていくために、たいした熱意も無く彼の弟子になった。


 それなのに


 今は彼に突き放されるのが辛い

 無くしてしまうことが余りにも怖い


 あの冬の日の夜、彼の涙を初めて見たあの時から

 私は決めた。彼の承諾なしに勝手に決めたの


 私が必ず守るのだと


 彼の美しさも、笑顔も、命も


 彼がくれた、幸せな日常も

 彼が許してくれた私の居場所も


 全てはハインリヒ様がいてこそだから


 彼を傷つけるものから命を賭して守ってみせる


 どんなにこの手が汚れようとも



『お前を好きな人間なんて、居やしないよ、贄の魔女』



 どこかで誰かの声が脳裏を掠める。



 私は何も聞こえない振りをした。



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