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アレクシス様のお屋敷に飛翔魔法を使って戻った頃には朝食時間が迫っていて、慌ててハインリヒ様のお部屋に向かった。
今日はいつものお髪セットが無い。携帯用の小さな櫛を用いて髪を梳いていると、ハインリヒ様が櫛を持つ手を掴んだ。
「すみません。予備のリボンを持参すべきでした。くっ····、昨日と同じリボンになってしまうなんて····!」
「それはどうでもいい。······朝から師匠と何処かに行ったの?」
「へ?知ってたんですか?」
「窓から庭が見えるからな。二人で手を繋いで認識阻害の魔法陣かけたところまでは見てた。······抱き合ってたね。何してたの?」
「飛翔魔法で空を飛んでたんですよ」
掴まれた手が少し揺れて、力が強まった。
「······何で?」
「せっかくだから、また魔法が見たいと言われたので」
「ティアナは、見たいと言われたら誰にでも見せるの?」
ハインリヒ様の声がいつもよりワントーン低い。勝手な行動をしたことに怒っているのだろうか。手はゆっくりと離れた。
前を向いたまま動かない彼の髪を結いながら、昨日と同じリボンを結んだ。
「······あの、ごめんなさい」
「答えになってないよ」
椅子から立ち上がり、ハインリヒ様はスタスタとドアから出て言ってしまった。
一言声をかけてから出れば良かった、と後悔をしながら、とぼとぼと私も遅れてダイニングへ向かうと、アレクシス様がにこやかに笑って迎えてくれた。
「たくさんお食べ。食後にチョコレートムースを用意したよ。朝だから小さめのやつだけどね」
「······有り難うございます」
チラリとハインリヒ様を見ると無言で朝食をとっていた。私とは目を合わせる様子もない。
ノロノロとパンを口に入れるが、ハインリヒ様の様子がピリついているのが分かって、舌が味をうまく感じ取ってくれない。
「朝食をとったらすぐ王都に戻るのか?ハインリヒ」
「ええ、魔術庁に。休みは午前だけにしてますから」
「そうか、また時間があったら二人でおいで」
「······有り難うございます」
ハインリヒ様の声には何の感情も無かった。
食後に身支度を整えて魔術庁のローブを着て別室にあるアレクシス様の小型転移門に案内された。
「王都の出口の方は大型の常設転移門と小型転移門でフロアが別れるから迷わないようにな。久しぶりに話せて良かったよ、ハインリヒ」
「お世話になりました、師匠」
「ティアナも。またな」
「あ、はい!お世話になりました、アレクシス様」
深々と頭を下げてから転移門を潜る。アレクシス様が最後まで笑って手を振ってくれたのが嬉しかった。
王都転移門につくと、イリスから戻ってきた時とは別の門に出た。
外への出口を探してキョロキョロしていたら、ハインリヒ様は
「ティアナ、こっち」
とだけ言って一人でドアに向かって行ってしまった。
いつもなら、軽口を言い合いながら、私が来るまで待っていてくれるのに。彼は本当に怒っているんだ。
馬車に乗り込んだが、頬杖をついたまま目を合わせてくれないし、口もきいてくれない。こんなハインリヒ様初めてだった。
私の自分勝手な行動が優しくて真面目な師匠をこうも怒らせてしまったことがだんだんと悲しくなり、目の奥が熱くなり、気がつくとボタボタと涙が零れていた。
ハインリヒ様がぎょっとして、固く閉ざしていた口をやっと開いた。
「な、何で泣いているんだ······」
「ふぎ······だってハインリヒ様を怒らせちゃ·····っ····ひぐっ」
「お前のメンタルは強いんじゃなかったのか」
「ひっく····っ。らっへ、わたひが勝手に出かけたからハインリヒさまがおこって·····ひぐっ」
「·····分かったよ。分かったから、もう泣くな」
ハインリヒ様の大きな手がポンポンと私の頭の上に置かれた。
「ふえ~····っごめんなさい~!」
一度堰を切った涙は次から次へと溢れて止まらない。オロオロと動揺するハインリヒ様を前に自分でもどうしていいか分からなかった。
「じ····女性ってもっと静かに泣くものなんじゃないのか?」
「うわーん!そんなの誰が決めたんですかぁ~っ」
「鼻水出てるぞ、ほら」
ハインリヒ様は私の鼻を拭ってくれた。真っ赤になった鼻を啜り、目を擦った。
「嫌わないでください······」
恥ずかしげもなく、ぐじゃぐじゃの顔面のままだったけど、どこかに離れていってしまいそうなハインリヒ様のローブの裾を握り締め、後から湧いてきた涙をそのまま垂れ流した。
「あなたから離れるのは嫌なんです。だから」
「······ティアナ」
「お願いだから、私を嫌わないで······っ」




