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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第4章 師匠の師匠
43/139

4-6

 


 翌朝、早起きの私は先代ヴァンゲンハイム家当主アレクシス様のお屋敷でもパッチリと目が覚めた。


 身支度を終えた頃にやっと夜が明け、時計を見たが朝食までまだだいぶ時間がありそうだと気づいた。


 いつもなら、屋敷の庭か魔術練習室で剣を振るったりこっそり魔法を使ったりしながらな賄いご飯の受け取り時間まで屋敷を彷徨(うろつ)いている。


 しかし、ここは王都のヴァンゲンハイム本邸ではない。朝早くから人様の家を彷徨くわけにはいかない。


 時間をもて余した私は取り敢えず外の空気を吸おうと窓を開けた。


 夏より夜明けが遅くなり、太陽は出てはいるが明けてすぐの空はまだ白んでいた。


 深呼吸をしながら空を見ていたら

「おはよう!ティアナ」

 と下から声が聞こえた。


 下には石畳の庭園があった。ニコニコと笑いながら手を振っていたのはアレクシス様だ。


「アレクシス様!おはようございます。早いですね」

「君の方こそ早いな。ちょっと庭に降りて来ないかい?」

「分かりました!」


 予想外に朝から家の主を見つけてしまった。ハインリヒ様も実は早起きだし、ヴァンゲンハイム家の主は早起きが習慣なのかもしれない。ハインリヒ様はいつも主専用の練習室で朝から体を鍛えている。たまに剣の相手役を求めて私のところに来ることもある。


 庭に回ると、アレクシス様が手招きしてくれた。


「昨日はよく眠れたかい?ティアナ」

「お陰さまで!フカフカのベットを貸して頂いて有り難うございました!」

「君は朝から元気だね。早起きなのかい?」

「はい。大体決まった時間に目か覚めてしまいます」


 びしっと敬礼のポーズをとると、アレクシス様は目を細めて笑った。


「昨日はすまなかったね。指導するつもりがつい楽しくなってしまってね」

「いや、こちらこそわざわざお相手頂き有り難うございました。でも私のにわか魔術じゃ歯が立ちません。魔法を使わなかったら完敗でした。あ、勝手に魔法使ってすみません」


 頭を下げると、アレクシス様は笑いながら言った。


「いや、いいんだ。でもせっかくだからもう一度魔法を見たいな」

「使っていいんですか?」

「いいよ。僕が頼んでいるんだから」

「分かりました。······何の魔法がいいですか?」

「僕が好きそうだと君が思う魔法を、見せて欲しいかな」

「む····難しいですね」


 ちょっとした難題を前に頭を捻る。私はアレクシス様をほとんど知らない。『好きそうな』と言われても想像で考えるしかない。


 顎に手をあて考えながらニコニコと笑うアレクシス様を横目で見ながら、彼は何が好きだろうと考えた。


「アレクシス様。私達二人に直接認識阻害の魔法陣をかけられますか?」

「出来るけど······何で?」

「空を飛びます!飛翔魔法で!とりあえず落ちないように、しっかり掴まっててくださいね」


 抱き合うように体を密着させ、そのまま飛翔魔法を発動すると、ふわりと体が宙に浮く。


「もう少し上に行きますよ!」

「うわ······っ」


 びっくりさせないようにゆっくりと上昇し、お屋敷の数メートル上まで来ると、アレクシス様は目を瞬かせて眼下を見ていた。


「浮遊の魔法陣とはちょっと違うでしょう?」

「全然違うよ」


 浮遊の魔法陣も一時的には空を飛べる。連続して使うと空中を走れたりもする。先日クラーケン退治の時に師匠方が使っていたのも浮遊の魔法陣だ。


「飛翔魔法は意思と魔力の出力の大小で好きなように飛べるんですよ、ほら」

「本当に凄いな、飛翔魔法は先代の魔女が使うのを見ていたんだが····自分が飛ぶとは思わなかったよ」


 アレクシス様を抱えたまま、フワリフワリと周囲を飛び回る。


「せっかくだからあちこち行ってみましょう」


 辺りの景色を楽しみながら、大きく旋回して下降し、屋敷を通過し近くの小さな森に行く。

 まだ紅葉前の木々の上を飛び回り、丘の方まで翔んだ。


「楽しいですか?」

「楽しい····!楽しいよ!やはりすごいな魔法は」


 少しだけスピードを上げる。また上昇すると朝日が雲の合間から顔を出す。


「この辺りは美しいところですね、アレクシス様」

「何にもないけどね。自然は美しいよ」

「何にも······お買い物はどうしているのですか?」

「国家魔術師はね、長期で従事したものには退職時に小型の専用転移門を設置する資金をくれるんだよ。ほら、普通の魔術師は国が建ててくれた魔術師の家と土地を明け渡して、次の魔術師のために使わなくちゃいけないから。大体は退職者は田舎に引っ込んで余生を過ごすけど、小型の転移門さえあれば不自由しないんだ」

「便利ですね!」


 私はそう伝えたが、アレクシス様は苦笑いをする。


「んー、でも小型転移門は制限が多くてね。使用人数や転移場所も決まっている。設置期間も僕が生存している期間に限定されているし。それに王都は結界魔法陣が強固だから転移先は魔法陣の外だしね。そこからは普通に馬車を使うんだよ」

「転移門って王都内に直接飛べないんでしたっけ。魔術庁のは飛べますよね?」


 魔術庁の別棟を思い出す。王都のど真ん中から私はハインリヒ様と地方へ飛んで魔物の対処をしている。


「あれは特別。王家が許可する唯一の王都内転移門だ。使用者には魔術庁のエンブレムキーが必要だし、常設転移門以外にも飛ばせる。使っている金も魔術も桁違いだからね」

「ノエルを使えばお金かかりませんよ」

「ノエルを使えるのは世界中で君だけだよ」



 楽しそうに笑うアレクシス様を抱え、またぐるっと旋回しながら小川のある方にいく。水面が朝日でキラキラして美しい。向こう岸には沢山の畑が見え、一度川辺に降り立った。


「聞いてもいいかい、ティアナ」

「何でしょうか」


 私が腰を下ろそうとすると、アレクシス様はハンカチを草むらに敷いてくれた。そのまま二人で川を見ながら座る。


「何故、自分からヴァンゲンハイム家の弟子に入った?」

「魔力を使って生きていく術が魔術師くらいしか思い当たらなかったからです。あの時は就職先に困ってたものですから」

「沢山の魔術師の中からヴァンゲンハイム家を選らんだのは何故?」

「『国家魔術師一覧』を見て、ハインリヒ様の頁の姿絵に目が留まって。『せっかくだから若くて格好いい人のところに志願してみよう』と思い立ちまして。へへへ」


 へらへら笑いながら事実を伝えたが、アレクシス様は笑ってはいなかった。酷く神妙な表情をしながら真っ直ぐに私を見ていた。


「······ヴァンゲンハイム家に来たことを後悔しているか?」

「何故後悔なんてするんです?ハインリヒ様は真面目で優しい師匠ですし、魔女になって初めての人間の友達も出来ました。毎日目まぐるしくて楽しいです。ノエルとも話しましたが今世は今までとちょっと違うみたいなんです」

「違うって、何が?」

「分からないけど。何かが」

「そう······」


 アレクシス様はさわさわと流れる川風に髪を揺らしながら目を伏せた。


 小川は日が少し昇るとさらに光を反射し始める。水音が耳に心地良い。


 しばらく川の流れる音を聴きながら、アレクシス様をちらりと見た。私はこの人の多くは知らないけれど、こういう言い回しをしてくるのであれば、彼の魔女に対する認識は恐らくハインリヒ様と同じなんだと思う。


 言うべきか否か、少し迷ってやはり伝えるべきだと決めた。



「アレクシス様」

「なんだい?」

「もしかして、アレクシス様も歴代の贄の魔女に責任や後ろめたさを感じてるのですか?」

「ハインリヒが言ったのか······?」

「いーえ。見てればわかりますよ。さっきから、まるでヴァンゲンハイム家に私が来たのが悪いことみたいに仰るので」


 アレクシス様の柔らかそうな髪が風で靡き、日の光を受けて輝いた。


「ハインリヒ様にも言ったんですけど。もし······あの、もしもあなたがハインリヒ様と同じように考えていたなら、誤解は解かなきゃいけないと思いまして······」

「誤解?」

「記憶がないのであくまで私の推測ですが、魔女はみんな望んでヴァンゲンハイム家に協力していたと思うんですよ。だからもしあなたが、魔女達を無理矢理利用したとか、そんな風に考えているとしたらそれは違うと思うので······いや、私の考えすぎなら良いんですけど。だから、その······『贄の魔女』がみんな不幸のまま死んだなんて思わないでくださいね」


 アレクシス様の瞳が大きく揺れた。


「······っ」


「私、ヴァンゲンハイム家に来れて幸せなんですよ、アレクシス様。過去にヴァンゲンハイム家に協力したから、こうしてあなたにも会えました。頂いたチョコレートケーキも、とても美味しかったです」

「····──君は、どうして····。エレオノーラだった頃の記憶は本当に無いのか?」

「私の、先代の魔女ですよね。無いです。けど、昨日戦いの最中に、見た覚えの無いあなたの映像を見たんです。あれが記憶なのか、私の妄想なのかわかりませんが、思わず意識をそっちに持っていかれてしまって」

「どんな映像?」

「まだ若いアレクシス様が魔術庁のローブを着て、なんか拗ねてました。『僕は薔薇が世界で一番嫌いなんだ』と言いながら」

「······っ」

「短い映像が断片的に見えて。フラッシュバックしたみたいに。なんか、私若いアレクシス様とキ、キ、キスしてた······やだも~!恥ずかしいです!」


 バタバタと足を踏んで、真っ赤になりながら顔を覆い、照れ隠しにわざとキャーキャー笑って見せた。


「────······」

「前世の私はアレクシス様が好きだったんですねぇ、恋人だったのでしょうか。いやあなんか照れて······」


 言葉を続けようとしたが出なかった。アレクシス様は縋るように私の肩に腕を回した。


 突き放せなかった。


 僅かに震えて、泣いているのがわかったから。


「紛れもなく君だ······っ。エレオノーラ」

「ア、アレクシス様?!」

「約束通り絶対に終わらせてみせるよ、僕の魂にかけて」




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