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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第4章 師匠の師匠
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4-5 sideハインリヒ



 俺達は立ち寄るだけのはずだった師匠の家に急遽一晩泊まらせてもらうことになった。


 昼間の魔術の稽古以降、師匠はずっとティアナを見ていた。初めのうちは気のせいかと思っていたが、夕飯以降もリビングでティアナの話を聞きたがり、彼女が初めて人間の友達ができたことを話すと、眩しそうに見つめ頷いていた。


 ティアナもティアナで、師匠に対しての警戒心がまるで無い。同じヴァンゲンハイム家の人間だからだろうか。


 いつもは、俺にしか見せない眼差しを当たり前のように師匠に向けているのに心がざわついた。


 師匠は確か今年で48才になる。たかだか17才になったばかりのティアナに対しておかしな感情を持つなんて、普通に考えられない。


 それなのに、時たま彼女を見る視線に、特別な優しさが見え隠れするのが気になって仕方ないのだ。


 ティアナは、先代の『贄の魔女』であるエレオノーラの生まれ変わりでもある。かつて、師匠とエレオノーラは恋仲であったと、シュトライヒ公爵から聞かされた。生まれ変わりの全く別の容姿をしたティアナに、師匠はエレオノーラの面影でも見ているのだろうか。


 笑い合う師匠とティアナを目の前に、フツフツと怒りにも似た焦げた感情がゆっくりと腹の奥に吹き出した。



 夜になり、彼女を先に別室で寝かせると、師匠は自身の書斎で年代物のブランデーをグラスについでくれた。


「さて、待たせてしまったがお前の要件を聞こうか」


 家が変わっても師匠の書斎に置かれているものは本邸にいた頃と変わらない。沢山の古い書物が壁に沿ってぎっしりと並べられていた。


 深くソファに腰掛け、師匠はグラスを揺らした。


「······『鈴蘭』のことです」


 言葉を出すのに少し時間がかかった。


 自分の感情を一度置いて、ヴァンゲンハイム家の当主として思考を巡らせる。


「また出たか」

「春に一度。魔術公安から国王に報告が上がり、黒薔薇として審判を行いました」


 グラスの氷がカランと音を立てた。


「向こうも恐らく魔術師がいます」

「何故そう思った?」

「今回の実行犯は魔法陣の構築式の書き換えを行っていたんです。古語で書かれた構築式を書き換えることが出来るのは、古語を扱えるものだけだ。たかだか弟子に出来るのは、既に出来上がった構築式を書いてある通りに埋め込むぐらいです。絶対後ろには下準備をした魔術師がいるはずです」


 グラスを持つ手に力が入った。


『鈴蘭』とは、反政府組織の通称である。


 見目可憐なこの花で、神殺しを企んだ男の話が聖書に記載されていることから、『神の一族』と謳われた現在の王家に仇なす組織として、彼らは自身でそう呼び、王家へ嫌がらせをしていた。


 近年、黒薔薇(謀反人)のほとんどが『鈴蘭』との繋がりがあったのだ。


 なかなか進まない警察や魔術公安の調査に、俺はずっと怒りを覚えていた。だが仕方ない。師匠の頃から追いかけて捕まらなかった組織だ。そうそう尻尾は見せないだろうことはわかっていた。

 だが実際、『審判の魔術師』として動き回り、ティアナにやらせたくもないことをさせている自分が不甲斐なくもどかしくて、やるせなかった。



「ノエルには、記憶を読ませたんだろう?何か情報はなかったのか」

「フードを被っていて見えない、と言っていました。審判をされたものは完全に蜥蜴の尻尾です。最初から切られてもいいように、使われただけだった」

「魔術師といったな······お前は魔術庁の誰が一番疑わしいと思ったんだ?」

「疑わしい者など言い出したらキリがない。魔術公安、人事部、魔術を使えないが歴史を知りすぎているシュトライヒ公爵様も······自分の同期の友人にさえ、疑いの目を向けなければならない。師匠は······師匠の目から見て怪しいのは誰でしたか?」


 師匠は声を出して笑った。優雅に足を組みブランデーを口に含む。


「私はお前程人間を信用していないからね。『鈴蘭』に限らず、事件が起きれば誰彼構わず疑ったさ。お陰で友人と呼べる人間はゼロだ」

「師匠······」

「私とて躍起になって探したさ。あいつらは嫌がらせばかりで、表だって戦いを挑まないからね。本当に、小心者だよ」

「見つけられるのでしょうか」

「見つけるんだよ。諦めるには早すぎないか?ハインリヒ」

「すみません······」

「まあ······近いうち、私は必ず辿り着いて見せるよ。そのために早々に引退したんだ。こちらが片付かないと、エレオノーラとの約束を果たすための段取りが遅れてしまう·····必ず潰してやるさ」

「約束?」


 イエローグリーンの澄んだ師匠の瞳に強い意思が宿っていた。口角だけが奇妙にあがったのを見て、彼の強さを目の当たりにし、己の弱さを痛感し俺は俯いた。


 師匠は先代の『贄の魔女』が亡くなってから、たった一人で『審判の魔術師』を続けてきた。一介の魔術師が、魔女という支えを無くし、たった一人で、どんな思いであの仮面を被ったのか。自身に置き換えると胸が痛んだ。


 俺はまだ『審判の魔術師』の仕事を一人きりで行ったことは無い。


 弟子時代に師匠の最後の仕事を目の当たりにし、自身の立場と責務に酷く恐れを抱いた。


 引き継いで初めて王命が下った仕事で、弟子に入ったばかりの16才のティアナが俺の前に立ち、震えて何も出来ない俺の代わりに仕事を実行した。


 俺は彼女に『審判の魔術師』の仕事の話も、過去のヴァンゲンハイム家と贄の魔女の関係性も、何も話していなかった。


 怖くて、話すことすら出来ずにいたのだ。


 彼女は全て一人で悟り、何も判断できない俺の手を取り立ちあがってくれた。


 まるで全ての罪を被るように。




「ティアナは······」


 ふと、師匠の声色が変わる。


「あの()は、魔女としての話をどこまでお前に伝えている?」

「そうですね。初代の『贄の魔女』の記憶があると聞きました。それ以降の転生については覚えていないとも。ですが、ヴァンゲンハイム家の裏稼業については、審判の前には知っていました」


「そうか·····エレオノーラの時と同じだ。初代だけか······」

「師匠?」

「今日、あの娘が花の幻影魔法を使ったのを見ただろう?」

「はい。俺も以前違う花を見せてもらいましたが、あれが何か?」


 花の幻影魔法は初代の魔女が使っていた魔法らしい。過去の記憶を思い出した13才には火魔法や水魔法とともに使用出来るようになっていたと彼女は言っていた。


『贄の魔女』はその体質から妖精達との交渉も多く魔法自体は多種多様に知っているらしいが、その魔法自体は強いものではないらしい。


 初代の二つ名に『贄』とついたのも、魔力で人外の種を呼び寄せる以外に特技もなく、魔法技術も力も他の魔法使いから劣っていたことから、馬鹿にされつけられたものだとティアナは笑いながら言っていた。



「あの魔法を繰り出す時、彼女は言ったんだよ。『薔薇は嫌いでしたね、アレクシス様』と。······驚いたよ。今日、初めて合ったはずの彼女がそんなことを言うなんて」

「魔術庁の誰かからたまたま聞いたのでは?」

「私は人間を信用していないと伝えたはずだ。弱点をわざわざ他人に伝える真似なんてしないよ。薔薇が嫌いだなんて、お前も知らなかっただろう?」

「まあ、知りませんでしたが」


 師匠はクックッと喉を鳴らして笑い始めた。話の意図か分からず困惑する俺に亜麻色の髪を揺らしながら突如俺の手を掴み、下から見上げた。


「私が教えたのは二人だけ。私の執事と、一つ前の『贄の魔女』······エレオノーラだけだ」

「ティアナには······エレオノーラとしての記憶があると言いたいんですか?」

「······さあね。お前には、初代の記憶しかないと言ったのだろう?ならば、今はまだそうなんだろうな。歴代の『贄の魔女』はね、みんなそうらしいんだよ。覚えているのは、最初の魔女の記憶だけ。転生した二代目以降の記憶はないらしい。だけど、エレオノーラは私に言い遺していったんだよ。次の魔女には全ての記憶を思い出してもらう、とね」


 掴んだ手は緩められ、師匠はまた微笑んだ。


 優しいようで、何処か冷めている。興味がなさそうで、実は熱い意思を持つ。師匠は外と内の感情が違う人だ。いつもニコニコと優しげに笑っている姿に多くの人が騙されていた。


「あの娘は······とても可愛らしいな。私にとっての魔女は年上だったからね。あんな可愛らしい魔女を見るのは酷く新鮮だよ」

「そうですかね」


 自分では意図せず低い声が出た。

 どうしてだろうか。師匠がティアナを褒めることが癇に触る。


「ハインリヒ。覚えておくがいい」

「何をです?」

「ヴァンゲンハイム家の男が誰も結婚しなかった理由だよ。我々ヴァンゲンハイム家の魔術師はね、必ずと言っていい程、『贄の魔女』に恋をし、彼女を愛するんだ」

「それは師匠も····ですか?なら魔女と······エレオノーラと結婚すれば良かったのでは?」

「出来なかったんだよ。揃いも揃って皆フラれているんだから」

「え······?」

「全く。あれ程優しく情が深い癖に······プロポーズだけは受けてくれなかったよ。彼女の為なら、悪魔にだって命をくれてやったものを」



 師匠は懐かしそうに笑った。視線の先にあったのは恐らく過去の記憶だろう。師匠の初めて見る表情に、少しだけ自分の未来を重ね合わせた。



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