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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第4章 師匠の師匠
38/139

4-1

 


「あ、あの······国家魔術師様、もし宜しかったらこの後お食事をご用意したいのですが」

「申し訳ありません、レディ。勤務中ですので」


 濃紺のローブの裾を翻し、アイスブルーの長い髪にチョコレートブラウンのリボンをつけたハインリヒ様は今日も女性に大人気だ。


 今日は王都から離れた都市で、魔物退治を行った。魔物自体は大したことはない小物で、王都ならば結界魔法陣に阻まれて絶対に入ってこれないような魔物だ。


 国家魔術師は基本王都に常駐し、業務の度に転移門から地方に移動する。戦争や伝説級の魔物でもあらわれない限り地方に滞在することはない。


 ただでさえ見慣れない国家魔術師がこんな女神様もびっくりの美形で、しかも困り果てていた魔物を魔法陣でポンポン倒してしまうものだから、魔術庁に依頼をかけたこの子爵家の女性達は一発でハインリヒ様の虜となっていた。


「魔物は倒しました。他に依頼事項が無ければこれで失礼いたしますが······」

「あの、せめてお茶だけでも······」

 食い下がる15才そこそこの子爵令嬢に、ハインリヒ様は目もくれず

「すぐ次の仕事がありますので、失礼」

 と言った彼は、絹のような髪を靡かせ切れ長の目に長い睫毛の影を落としつつスタスタと玄関口に向かった。


 本来ならば貴族への対応が悪いと省庁へのクレームがいくものだが、魔術庁については平民はともかくクレームを入れる貴族はほとんどいない。何故なら、魔術庁の長官はこの国の貴族の筆頭シュトライヒ公爵家が代々担っているからである。


 シュトライヒ公爵家は王室との繋がりも強い。この家に楯突く貴族はよっぽど頭が悪いか、世間知らずだけだ。


「お待ちになって」

 と縋る令嬢に、形ばかりの挨拶もそこそこにハインリヒは馬車に乗り、私も同乗した。


 美形は何処に居ても女性に囲まれる。ウヒヒと笑いながら

「地方にいてもやっぱりモテますね!ハインリヒ様」

 と言うと

「何を言っているんだ」

 と彼は面倒臭そうに答えた。



 軽くため息をつくハインリヒ様は、滑らかな肌が白く今日も見目麗しい。


「そういえば、わざわざ馬車で移動してどこに行くんですか?」

「先代の······俺の師匠のところだ」

「ハインリヒ様の?」


 ヴァンゲンハイム家の先代当主様にお会いするのは私は初めてだ。失礼に当たらぬよう日々フォルカーさんと靴磨きに励んでおいてよかったとこ心から思う。


 馬車を走らせて30分程で繁華街から離れた小さな街に出た。そこから少しくいくと、ヴァンゲンハイム邸よりは小さいが、古くしっかりとした屋敷が見えた。


 馬車を降りてノッカーを鳴らすと、中年の執事がにこやかに対応してくれた。そのままリビングに通されると亜麻色のふんわりと柔らかい髪の紳士がいた。


「やあ、ハインリヒ。久しぶりだ」

「師匠、お久し振りです」


 ハインリヒ様が頭を垂れるのを見て、慌てて私も頭を下げる。


「······で、そちらの可愛らしい子か当代の魔女かな?」

「はい。ティアナ、ご挨拶を」


 下げた頭をさらに深々と下げる。


「お初にお目にかかります。弟子のティアナ・クルルです」

「頭を上げて、可愛いお嬢さん。僕はアレクシス・ヴァンゲンハイム。ハインリヒの師匠にあたるものだ」


 お許しを得て、ゆっくりと顔を上げると先代様は柔らかく笑ってくれた。


 彼は、思ってたよりも小柄だった。細身でスッキリとしたシャツとベストを身に付けていて、小首を傾げる仕草に気品を感じる。さすが王家の血筋の方である。


「会えて嬉しいよ。ずっと君に会いたかったから」

「え、私ですか?えと······有り難うございます」


 なんて物腰柔らかい人なんだろう、と思った。

 笑みも仕草も柔らかい。御年は50手前だと聞いていたが本当だろうか。


 年相応の落ち着きはあるのに、どこか純真な少年にも見える。


 ヴァンゲンハイム家は代々王家の血筋の者の中で王太子以外の者が継ぐとされている。ハインリヒ様は現国王の第5王子だし、先代のアレクシス様は前王弟の末子であると聞いている。代替わりの際に、跡継ぎを指名するのは国王だが、それを知る者は数少ない。



「僕のことはアレクシスと呼んでくれるかな。堅苦しいのは苦手だし、君には名前で呼んでほしいから」

「アレクシス····様」

「うん、それでいい。嬉しいよ。今日はノエルは一緒じゃないのかい?」

「呼べばすぐ来ますが······呼びますか?」

「いや、今は止めておこうかな」


 アレクシス様はまた、にこりと微笑んだ。


「それで······今日はどうしたんだい?わざわざこんな田舎まで」

「少しだけご相談がありまして······」


 ハインリヒ様が珍しく口ごもりソワソワと指を動かし始める。


「実は、師しょ······」


 グゴゴゴ····と地響きが鳴った。


「なんだ?魔物か?」

「·····ティアナの腹の音です、師匠」

「うぅ!ごめんなさい!」


 アレクシス様は一瞬目を剥いたが、顔を手で隠し俯いた。


 しまった。いくらお腹が空いていたとは言え、最悪のタイミングで鳴ってしまった。アレクシス様は、ハインリヒ様と同じ王族の血筋。場も弁えず余りに失礼だった。


 は、恥ずかしい······。


 顔が赤くなるが、反比例するように私のお腹はギュルルルルと絶叫を始めた。必死に歯を食い縛り誤魔化したが、今度はゴゴゴゴと地鳴りのような音が部屋にこだました。


「くくく······っかし····あはは、もうダメ」


 アレクシス様は声を上げて笑い始めた。


 ぽかんと、呆気にとられるハインリヒ様と、顔を赤らめながらお腹を押さえる私を見て、彼は亜麻色の髪を揺らしてまた笑った。



「失礼······せっかく昼時に来てくれたんだ。一緒に昼食をとろうか、くくく····」

「師匠、そんなご迷惑じゃ······」

「ハインリヒ。女性を空腹で待たせてはいけないよ」


 優しく笑うアレクシス様はすぐに執事を呼んで食事の支度をしてくださった。



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