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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第3章 幽霊
35/139

3-9

 


「フン、やな奴。ティアナの友達は僕だけなのに」


 ネーレーイスの見えなくなったイリスの海で、私達三人は来たときのまま海岸の砂浜に立っていた。


 ちらりとノエルを見ると、無表情のままではあるが、明らかに機嫌が悪いのがわかった。彼は昔から、私が人外の『友達』を彼以外に持つことを良しとしない。


 彼等の『友達』とは、人間同士の『友達』関係とは質も意味も異なる。


 ノエルは自分以外にそういった存在を作られるのが嫌らしい。



「ノエル、ネーレーイスは海の妖精かな?」

「······精霊。妖精に近いけど。この辺一帯の主かな。前も眼なくしてた」

「え····精霊なの?すごい」

「そんなのどうでもいいよ。僕より力が弱いし、あいつ海の側じゃなきゃ何にも出来ない。ティアナの友達だなんて烏滸(おこ)がましい」


 無表情にも関わらずノエルは焼きもちをやいているように見えた。喜怒哀楽がいまいち理解できないこの悪魔が、自身がもっている感情に振り回される様が、ちょっぴり可愛いなと思ってしまう。


 手元に視線を落とすと、持っていたはずのはずの玉は無かった。ネーレーイスが来た時点で持っていかれたのだろうか。彼女の目にあったのを確かに見たのだから、おそらくそうなのだろう。


「眼ってアレは一体何だったのかな」

「······宝珠じゃないの。精霊は結構持ってるよ」

「宝珠って?」

「自然の中にある魔力の循環装置みたいなやつ」


 使途は不明だが、何だか凄そうな名前である。きっと大事なものだったのだろう。


「無くしたって言ってたね。両方無くしたらどうなってたの?」

「さあ。あいつがいなくなって、ついでにこの辺一体が無くなるんじゃない」

「そ、そんな大事なもの、ネーレーイスは何度も無くしてるの?!怖っ!」

「あんなやつに僕の魔女はあげない」


 ノエルはそっぽをむいてしまった。


 私がノエルと話をしている傍らで、ハインリヒ様が目が点のまま、呆然としているのに気づいた。


 彼の珍しい姿を見れたのが嬉しくなり、思わず頬をつんつんとつっつくとやっと口を開いた。


「ハインリヒ様?大丈夫ですか?」

「ははは····精霊って本当にいたんだ······」


 カラ笑いのまま呆ける彼に、私も思わずつられて笑ってしまった。


「いましたね······ふふ。ハインリヒ様も魔法、見れましたか?何か頭の中に映像が流れたような感覚はありますか?」

「······いや、目の前に薄暗い海と鉾を持った女性がいただけだ。会話も······やっぱりお前の声以外聞こえなかった」


 妖精は稀に見かけるが、精霊は神に近いとされる存在だ。古い本に書かれているぐらいでもはや伝説上の存在である。


 人間は昔から、精霊や妖精と取引を行い魔法を教えてもらったという。魔法を教えてくれるか否かは彼らの気分と取引材料次第。今回、取引をしたのは私だからハインリヒ様には教えてくれなかったのだろう。


 ノエルが、単発の交渉や取引に私が魔力を対価として渡すことに目をつむってくれてはいるのは、そうしなければ人間(わたし)が魔法を手に入れられないからだ。




「そういえば、教えてもらった魔法。少し試してみようかな······」



 左手を掲げ、体中の魔力に気持ちを集中させた。




 魔法は、魔術とは違う。


 構築式も魔法陣も要らない。魔力を縛る魔術のやり方は魔法とは相対する手法だ。


 魔法とは、世界の魔力の流れを感覚で理解し、周囲の魔力を体に取り入れ、自身の魔力に織り混ぜてまた周囲に放つこと。


 妖精や精霊が見せてくれるのは世界の理。自然であり、生き物であり、過去であり、未来でもある。全ては同じで、繋がって、流れていく。それをイメージとして見せてくれた。


 かつて、受け入れるだけの柔軟性と織り混ぜる高い魔力を保持する人間は『魔法使い』と呼ばれ、この世界に存在する魔力を使い、精霊や妖精達から手法を学び共に存在してきた。


 精霊や妖精達は気まぐれで、自由な存在。魔獣や魔物達よりも高い知性と魔力を持ち、世界の理を受け入れる者達だ。


 彼等は人間の中では魔法使いとしか取引をしない。彼等の存在を肯定する者、視認できる者、そして取引に応じるだけの材料が無ければ彼等は魔法を、世界の理を教えてはくれないのだ。


 その魔法使いの中で、無条件に好かれる彼等好みの魔力の保持者は、人間のごく一部の女性魔法使いにしかいない。


 彼女達のこと、かつて周囲の者はこう呼んだ。


 ────『魔女』と。



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