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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第3章 幽霊
32/139

3-6

 


「レナルド?!無事?!」


「····ああああ····っ」


 レナルドの部屋に鍵は掛かってなかった。ドアを力一杯開けた途端ふっと海の香りが鼻を掠めた。


 ライトの消えた薄暗い部屋の中で、レナルドはベッドの隅に(うずくま)って震えていた。

 視線の先に見えたのは長い髪の女性のようだった。


 体が透け、体の向こうに本棚が見えた。顔を伏せていて表情が見えない。月光を背に、揺らぐウェーブの髪だけが奇妙に彼女の存在感を強めた。


「レナルド!」


 サミュエル様が廊下から走ってきて、一目散にレナルドの側に駆けよった。毎日夜に叫ぶ弟子を、彼はずっと心配していたのだろう。


「レナルド······!どうした?!何が見える?!」

「し、師匠······っ」


 サミュエル様はガタガタと震えるレナルドにかけよるが、幽霊に視線を移さない。


「サミュエル様、今この部屋に私以外の女性は見えますか?」

「いや、見えない······!」

「ハインリヒ様!あなたには見えますよね?姿形が一致しているか確認したいので、見目の特徴をあげてくださいますか?」

「ハインリヒ······?見えるのか?」


 ハインリヒ様は困惑しながらも私と同じ方向をずっと凝視していた。きっと彼にはアレが見えているはずだ。


「ああ、見える。参ったな······透けた体、長いウェーブの髪、全体的に白い。俯いていて表情は見えないが、体のラインから女性と思われる。足は······足は見えない」


 幽霊は髪の毛だけがフワフワと宙を漂い、体は微動だにしない。


 私の人並み以上の高い魔力が彼女の存在が幽霊ではないと告げた。彼女は人ならざる者。私の魔力を欲する者だ。しかしいつものような交渉方法がとれるかがわからない。


 見た目で判別出来るものであれば、いくらレナルドに執着していても自分を餌に場所を変えて説得しようと思っていたが、これは私も初めて見た。いま場所を変えて私についてくる保証が出来ない。


 一呼吸置いてから私は決断した。この場で交渉を行おう。サミュエル様は何か気づくかもしれない。だけどここまで怯えたレナルドをいつまでも放置出来ない。私は銀の剣を構えたまま、目の前の幽霊に声をかけた。


「あなた話せる?どこから来たの?」

「·····ウ···ミ······」

「海?イリスの海から来たの?あなた······本体じゃないわよね?」

「カラダ···ミズのナカ····サガシに·····ウミ····からキタ」


 何だか会話が途切れて聞きとりずらい。遠聴魔法陣で遠くの会話を聞いているみたいだ。


 だがこれではっきりした。彼女は幽霊でもなければ魔獣や魔物でもない。もっと知的で高位の存在だ。その証拠に彼女は魔力を使って会話が出来る分身体を飛ばしている。そんな高等な技術を使いこなせる種族自体、私は初めて見た。


「探しに?何を探しに?」

「『眼』····ナクシタ····クラーケン·····ノミコんデ······」

「クラーケンに?あなたの『眼』はどんなものなの?」

「タマ······魔女······サガシテ·····チカクニ······」

「近く?」


 私はキョロキョロとレナルドの部屋を見渡した。近くにあるということは、この部屋か屋敷か···私はレナルドの机に行き、引き出しをガサガサと漁る。


「レナルド!イリスの海でなんか拾ったでしょ!なんか玉状のもの!」

「た····たま?」


 ガタガタと震えて、涙目のレナルドは私の話を飲み込めてないようだ。


 ふと、この幽霊か向いている方が気になった。

 俯いていているが、体はしっかりとレナルドの方を向いている。


 私と話をしているのに?


 ()()にとって魔女(わたし)の魔力は興味の対象だ。しかも私は贄の魔女。彼等にとっては類い希なる宝石やご馳走に等しい。私の魔力より気になるものがここにあるっていうこと?


 ベッドの上には震えるレナルド。

 じゃあ、その下には?


「レナルド、そこ退いて!」


 私はベッドからレナルドを転げ落とした。ベッドのシーツを剥ぎ、マットを退かす。木の枠の間から箱のようなものが見えた。


「サミュエル様!ベッドの下!何かある!」

「わああ!!師匠!止めて!」


 サミュエル様がベッドの下から取り出したのは大きな箱だった。


「開けるぞ」


 サミュエル様が蓋を掴むがバチンと弾かれた。


「レナルド。鍵の魔法陣か?」

「だって······」


 サミュエル様の後ろで震えるレナルドは半泣きの状態だった。サミュエル様は眉を八の字に崩しフッと微笑み、ゆっくりとレナルドの頭に手を乗せ撫でた。


「いや、いいんだ。誰にでも秘密にしたいものはある。だがここまで皆を巻き込んだんだ。開けてくれるな?」

「······はい」


 レナルドが手を翳し、カチリと音がした。私は鍵の魔法陣をまだ使いこなせない。レナルドは本当に良く勉強しているのだろう。


 サミュエル様が箱を開けると、手紙や本、絵などが入っていた。その中に美しい青と緑のキラキラと光る小さな玉が入っていた。


 そっと手にとり、幽霊の前に差し出した。


「これね?」

「····!アア!ミツケた!ワタシの『眼』·····」

「持っていける?」

「ワタシ····カラダ······ウミのナカ······キテ····魔女······魔法オシエル··カラ···」

「取引ね。いいよ。その代わり、いまは夜だから明日イリス海岸に届ける。それでいい?」

「ワカッタ····魔女、マッテる······」



 幽霊はユラリと形を崩しそのまま見えなくなった。


 私は立ち上がり部屋のライトを点灯した。

 手の中の玉はライトの下だと余計にキラキラと反射し、美しかった。私はしっかりと手で握りしめた。


「もう大丈夫です。明日、後処理をしに行きます。もうこの部屋にあの幽霊が出ることはないと思います」


 レナルドの鍵のかけた箱の中から写実画が何枚も溢れ出ていた。彼が鍵をかけていたのは恐らくこの絵のためだろう。


 サミュエル様が息を吐いて、頭を掻いた。


「さて、レナルド。少し話をしなければならないな。ハインリヒ、ティアナちゃん、俺がレナルドから聞くから二人にしてもらってもいいか?」

「わかった。部屋に戻っているよ」


 私達は銀の剣を携えて部屋を出た。


 床に置かれたままの箱から溢れた写実画をそのままにして、レナルドはサミュエル様の側で泣いているように見えた。


 私は見なかった振りをしながら部屋から出た。


 散らばった紙には艶やかに笑うアルレット様が描かれていた。



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