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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第3章 幽霊
31/139

3-5

 


「レナルド、本当に料理上手だねぇ。美味しい!」

「お前もこれくらいやれよ」

「スープもお野菜たっぷりだね!栄養満点。いつでも嫁にいけるじゃん」

「バカティアナ、俺は男だ」


 レナルドが作ってくれたのはトマトソースのパスタと野菜のコンソメスープだった。非常に美味しく味付けされている。流石はサミュエル様宅の料理番である。


「よめ······?」


 ハインリヒ様はなんだかおかしなことになっていた。さっきから怒ったり、暗くなったり感情が安定しない。お酒のせいかもしれない。


「ところでララちゃんには声を掛けなかったの?」


 赤ワインに切り替えたサミュエル様は楽しそうに聞いてきた。


「アルレット様のご実家でなんかパーティーがあるらしくて、ララもマティアスさんもみんなそちらに泊まりで、行かれるそうです」

「あー、そうか。忘れてた。ヘルマン商社の創業パーティーか」


 口の周りをペロリと舐めてから彼は苦笑いをした。


「サミュエル様は行かなくて良かったのですか?遠縁なんですよね?」

「遠すぎて縁者というのも烏滸がましいぜ。むかーし、一度だけ行ったけどさ、周りは大会社の社長やら貴族やらで、農家出身の俺や親父は挨拶だけしてそのまま帰った。完全に場違いだった」


 アルレット様は本物のお嬢様だ。親戚といってもサミュエル様からしたら、個人の付き合いはともかく家格が全く違う家同士となると一線引いてしまう部分はあるのだろう。


 私だって、弟子にならなかったらハインリヒ様みたいな高貴な人の家に出入りなんか出来なかった。


 ちらりとハインリヒ様を伺う。美しい横顔にかかるアイスブルーの髪が少し暗めのライトで影を作り、この人のなんとも言えない色気を醸し出す。魔術庁の女性たちに、金銭と交換に見せて差し上げたいくらいだ。無料(ただ)では公開したくない。


「なんか、悪い顔してないか?」

「いえいえ、お構い無く」


 落ち込んでいたかと思えばいつものハインリヒ様に戻っていた。薄笑いを出さないように口に手を当てる。


「そういえば今日は、客間のベッドを貸して頂けるんですよね?」


 寝床のある部屋を確認するため聞くと、サミュエル様の片眉が上がり、ニッと白い歯を見せて笑った。


「んー。うちはねぇハインリヒの家みたく立派じゃないから客間というより弟子用の空き部屋とベッドを貸すよ。一室だけね」

「一室?私とハインリヒ様は二人ですよ?」

「ははははー!師弟なんだから同室でいいでしょ?」

「······ベッドは2つあるんですか?」

「ないよ。一つだね」

「?!」


 あっけらかん話すサミュエル様に、その場の全員が固まった。


「ごめんねティアナちゃん。うちの家事は通いのバーさん達が数人でやってるからさあ、洗濯も掃除もあんまり増やしたら大変なんだよね」


 レナルドはチラリと私からハインリヒ様、そしてサミュエル様に視線を移す。


「師匠·····?」

「レナルドは黙ってなさいねー」


 ニコニコと笑うサミュエル様に押しきられ、食後私達は師弟で広くもない小部屋に押し込まれた。


 部屋にはシングルベッドと机、椅子、タンスしかない。学生寮のようだった。


 シャワー室を交代でお借りしたあと、部屋に戻ると生乾きの髪のまま椅子に座り腕組みをするハインリヒ様がいた。何故か仏頂面だった。


 今日は幽霊を見るため、夜だがパジャマではなく軽い室内着を着ている。室内着と言っても彼のは一般人からしたら外出着といっても遜色はない。柔らかいシルクのシャツは王族、貴族の優雅な雰囲気を醸し出し、ベージュの夏用のトラウザーズは明らかに仕立てで作った美しさがある。


 一方の私は着古した学生時代の、体育で使用していた太もも丸出しの短パンと半袖体育服を着てていた。


 屋敷内はヴァンゲンハイム邸と同じく魔物や魔獣から獲れる魔石を使った魔具で空調・室温管理がされているので決して暑い訳ではない。ただ、実家では夏場はだいたいこのスタイルで家にいたので今でも継続しているだけだ。


 同じ室内着のはずが格差が有りすぎて私が見劣りするどころの話ではない。しかし、だいたい庶民は私みたいな感じのはずだ。


「足······出しすぎじゃないか?」


 ハインリヒ様の眉間に皺が寄る。よほど下品に見えるのだろう。


「あの、でも庶民の学校ではこのスタイルで体育の授業をしています。服が勿体ないので、卒業後も私は夏の家着はだいたいコレです。しかも体育用なので、跳んでもはねても転んでも破けません」

「そうなのか」


 納得したのかわからないがハインリヒ様は黙り込んだ。


 せっかくなので夜の髪のお手入れをそのままさせて貰う。綺麗に梳いてから、風の魔法陣で乾かし再度梳いて、ハインリヒ様専用のオイルを軽く毛先に塗る。柑橘のいい香りのオイルで、朝も同じものを使用している。


 髪のお手入れに満足した私は、ハインリヒ様にベッドで休んで頂くように促したが、彼は腕組みをしたまま微動だにしない。


「お前がベッドに寝ろ」

「だめです。私はあなたの弟子なんです。私は椅子に座り、一晩護衛を務めますから。どのみち幽霊に会うまで起きてなきゃいけないので」

「年下の女の子に守られる程弱くないぞ」

「あなたは元々守られる側の高貴な人間ですよ。それに今日は無理を言ってついてきて頂いたんです。ハインリヒがお休みください。明日も仕事なんですから」

「お前だって弟子会があるだろ」


 二人でベッドを譲り合い、一向に寝る気配がない。ならば仕方ないので私はハインリヒ様のシャツの腕部分を軽く摘まんで引っ張った。


「じゃあ·····一緒に寝てください」

「一緒······は?一緒に?!」

「だって私がベッドに行かないとハインリヒ様も寝ないし、私はハインリヒ様だけ椅子に座らせたままにするなんて嫌です。だから、妥協案です」


 ハインリヒ様の瞳がわずかに揺れた。


「大丈夫です。何もしませんから」

「そういうのは男のセリフだぞ」


 未だ椅子に座ったまま、動かないハインリヒ様に私は腕をぐっと両手で引っ張りベッドに無理やり連れていく。


「はい。早く入ってください」


 ぐいぐいと無理やりハインリヒ様の背中を押してベッドに倒した。ライトを消して、月明かりが入るようにカーテンは開けたままにして、狭いベッドにモソモソと私も潜り込む。


 シングルベットに成人の男女が二人。明らかに狭い。身長の高いハインリヒ様はもっと狭いだろうと思い、横に寝返りを打つと、ハインリヒ様のお顔が間近にあった。


「綺麗なお顔ですね」


 私が小さく呟くと、長い睫毛が揺れ、切れ長の目が一度私を捉えてから、ハインリヒ様も寝返りを打った。何故か私に背を向けて。


「なんでそっち向くんですか」

「顔が近い」

「いいじゃないですか。間近であなたの綺麗な顔見る機会は意外と無いんですから。目に焼き付けていざと言うとき、自慢のネタにするんです」

「どういう自慢だ」

「私の師匠は世界遺産級の美形ってことです。ハインリヒ様ー、こっち見てくださいよ。どうせまだ寝ないんですからお話しましょう?」

「······」

「無視しないでください!」


 勢い任せに背中からぎゅっとへばりついた。片腕をハインリヒ様の脇の下から胸へ延ばし、片手を背にあて、ポカスカと叩いた。


「眠いんですか?まだ幽霊出てないですよ?」

「······っ」

「もしかして幽霊怖いですか?いざとなったら私が守ってあげますから大丈夫ですよぉ」


 背を向けるハインリヒ様の長い髪をここぞとばかりに頭から何度も撫でた。サラサラと指をすり抜ける髪は絹のようで触り心地がいい。


 背に顔をつけると、温かさを感じた。ふわりとハインリヒ様の匂いがして、私は背中にグッと顔を押し付けてクンクンと匂いを嗅いだ。


「前から思ってたんですけど、ハインリヒ様っていい匂いですよねー。ふんふん、クンクン·····」

「······」

「こうして触れるのは、久しぶりですね。初めてあなたに触ったのはあの冬の日だったな。覚えていますか?」

「······」

「あの時のあなたは酷く泣いて眠ってしまったから覚えて無いかもしれませんね」

「······」

「ハインリヒ様?······本当に寝ちゃったの?あの時ね······あなたは悲しさと辛さに支配されていたから、何も言わなかったんですけどね」


 ハインリヒ様の広くて温かい背に額をつけて目を閉じた。


「私ね、なんとなく思ったんです。過去の『贄の魔女』達がどうしてヴァンゲンハイム家によばれる度に手を貸していたのか。多分ですけど······彼女達は皆自分の為に手を貸したんです。だから、あなたが責任や後悔を感じる必要なんて全くないと思うの。だって、あなた達に同情して手を貸した訳じゃない」


「······ならばどういう理由だったんだ?」


 反応があって目を開けると、ハインリヒ様は私の方に体を向けていた。


「え?!ズルイ!寝てたんじゃないんですか?!」

「寝たなんて、誰も言ってないぞ」

「わー!ごめんなさい!ただの独り言なんです!何でもありません!」


 慌ててバタバタと起き上がろうとして肩を押され深くベッドに沈み込んだ。


「何故、手を貸していたと思う?」

「わ、私は自分から志願した身ですから!ほんとのところは分かりませんよ!その、想像というか、あくまで推測であって······」

「聞かせろ」


 肩を掴まれたままで起き上がれない。

 真上から見下ろすハインリヒ様の瞳はが月明かりに照らされて揺らめいていた。


 ああ、しまった。安易に口にすべきではなかったかもしれない。彼は誰にも言えないあの裏家業に心を痛めていたのを見てきたはずなのに。


 無言のまま、困り果てていた時だった。


「うわあああああ!!!」


 レナルドの声が響いた。


 弾かれるように、私とハインリヒ様は体を起こした。銀の剣片手に部屋を出て、二階の奥のレナルドの部屋まで急いだ。



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