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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第3章 幽霊
30/139

3-4

 


 翌日、私とハインリヒ様はサミュエル様のお屋敷へお邪魔するため、仕事終わりに馬車でそのままみんなで向かうことになった。


 友人宅へ初めてお邪魔するということで、少しドキドキしながらも一泊分の荷物と手土産を持参した。執事のフォルカーさん推薦のコーヒーである。明日朝にすぐ使えるように豆は挽いて保存瓶に入れてきた。ハインリヒ様も朝はコーヒーなので、皆に振る舞うにはちょうどいい。


 せっかくみんなでお泊まりするということで、夕飯はレナルドと私で作ることになり、私は気合いを入れて包丁を握る。

 ダン!とキッチンに異様な音が響いた。


「おっま······危ねぇよ!なんで包丁突き立てるんだよ!」

「だって切るんでしょ?」


 人参を切れと言われ、レナルドがピーラーで剥いてくれた人参を、真っ直ぐまな板に向かって包丁を差し込むと、レナルドは真っ青になって叫んだ。


「包丁の持ち方はこう!小指側に刃が来ることはない!」

「こうでいい?」

「ティアナ、お前まさか料理つくったことないとか言わないよな」

「無いよ。私が扱う刃は銀の剣だけ······」

「格好良く誤魔化してんじゃねーよ!」



 料理戦闘力がゼロどころかマイナスと判断された私はキッチンを追い出され、リビングへ向かうことにした。


 サミュエル様のお宅は、お屋敷というよりは少し広い普通の一軒家だ。


 キッチンはヴァンゲンハイム家のような、調理室では無く普通のファミリータイプのキッチンだったし、リビングには大きな昔ながらの暖炉も重厚な色合いのドアもシャンデリアも無い。


 改めてヴァンゲンハイム家の豪華さを思い知りながら、ソファで白ワインを開け始めたサミュエル様とハインリヒ様の元に向かった。


「チーズとピクルスをお持ちしました。そして私も座って良いでしょうか」


 レナルドに持たされたお皿を持ち、私はお二人の前に佇んだ。


「あれ、料理手伝うって張り切ってたのにどうした?」


 ハインリヒ様はゆったりとソファに腰掛け反対側にいるサミュエル様と談笑していたようだ。笑いながら私に気づいたハインリヒ様に私は首を横に振った。


「追い出されました。私がいると倍の時間がかかると······お話に混ぜてください」


「おいでおいで♡やっぱり家の中に女の子がいるって良いよねぇ」


 お皿をローテーブルに置くと、サミュエル様はニコニコと私の手を引きソファの隣に座らせてくれた


「おい。俺の弟子を何故お前の隣に座らせる」

「いやー、最近ちょっと忙しかったから女の子に触るの久し振りなんだよねぇ。イリスでは結局ナンパも出来なかったし」

「······おい。何故ティアナの腰を抱く」

「え?だってティアナちゃんは俺に聞きたいことあるでしょ?今なら何でも答えてあげるよー♡」


 サミュエル様は酷く楽しそうな反面、ハインリヒ様の表情は段々と険しくなった。私はとりあえず今日来た目的を全うせねばならないので、私の手を擦るサミュエル様に質問をすることにした。


「レナルドから、幽霊は毎日夜に現れると聞いてますが、サミュエル様は一度も見られていないのですか?」

「見てないよ。レナルドは毎日悲鳴をあげるから、その度に部屋に行くんだけど、あの子が指さす場所には何もなかった。だけど彼は『そこに幽霊がいる』と言うんだ」

「幽霊が出たと、レナルドが言い出したのはイリスから帰ってきてからですよね?」

「そうだよ」


 サミュエル様はにこやかに答えた。


「イリスで皆と離れた時間にレナルドが何をしていたか、サミュエル様はご存知ないですか?」

「離れた時間って夜とか早朝ってこと?さぁ。俺はハインリヒと一緒にいたから······でも、寝れなくてマティアスと外に行ったとか言ってたかな」

「どこに?どこに行ってたんですか?」

「んー、海って言ってたな」


 日中私が一緒に海にいた時、アレは現れなかった。となると、マティアスさんと出掛けた夜に何らかの接点を持ったはずだ。だから目をつけられた。


「····レナルドは、海で何をしていたのですか?私には夜にマティアスさんと外出したことすら教えてくれないかったので」


「うーん······夜に出歩いてたのを知ったのもたまたまだから。夜に酒冷ましの水を取りにいったらあいつらが外から玄関に戻ってきて······流石に夜に外に出るなら声くらいかけていけとアイツに言ったんだよな」


「そうでしたか······有り難うございますサミュエル様」


 経過と幽霊の正体はなんとなくわかった。あとは、どうやってレナルドから離れてもらうかだ。幽霊がここに来る目的が何かわかれば話は早い。


「え?ティアナちゃん、もういいの?もっとお話しようよ~」

「いい加減ティアナから手を離せ!何で腰と手を触る必要がある!」


 鬼の形相のハインリヒ様はいまにも魔法陣を展開しそうな勢いで立ち上がりサミュエル様に近づいた。


「あはは!ごめんごめん。いやー、だって面白いじゃんか」


 ハインリヒ様に腕を引っ張られたのでソファから立ち上がり、そのまま勢いで彼にぶつかると二の腕ごと体をぎゅっと引き寄せられた。


「何がだ!発情するなら別の女にしろ。俺の弟子を触るんじゃない!」


 声を荒げるハインリヒ様を見て、サミュエル様はますますニヤニヤと笑い出す。


「聞いた?ティアナちゃん、君の師匠は自分以外に君を触らせたくないんだって」

「そうなんですか?」


 なんだか話がごちゃついてきた。ついでにハインリヒ様はすごく怒っているようで、段々とボルテージが上がっているのがわかった。


「困ったねー。こんなんじゃティアナちゃん、独立してもお嫁にいけないじゃんねー?」

「嫁······?いや、ティアナ······嫁に行くのか?」

「あの、お二人とも、今は嫁の話ではなく、幽霊の話です」

「ティアナが、他の男のところに······?」

「あっはっは!ほんと、ハインリヒのこんな姿他じゃみられねーって。面白すぎるだろ」


 腹を抱えて笑うサミュエル様と、今度は頭を抱えて独り言を呟くハインリヒ様は、おそらく今日お宅訪問した趣旨を、完全に忘れているようだった。




 

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