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「あー!ティアナ、靴ピッカピカだね!買ったの?」
「ハインリヒ様が買ってくれた」
弟子会に行くと、ララが目敏く私のローファーを指差す。
「前のやつよりちょっと高そうだね」
「当たり。なんかハインリヒ様のスイッチが入っちゃって」
公休日に行った王都百貨店ではアンナさんの指示のもと、ハインリヒ様は次々に私の私物を購入していた。魔術庁の制服も新しく買い足され、ローファーも新しくなった。
アンナさんは、制服エリアは早々に切り上げ、私服や細々とした服飾品、基礎化粧品を店員に購入・配送指示をしていた。
ハインリヒ様はその様子を、後ろで呆然と見守っていた。
「女性にはこんなに色々必要なんだな。アルレットからも注意されたのに······いままですまなかった」
とハインリヒ様は何故か落ち込み、
「何を仰ります!こんなの序の口ですよ。ティアナちゃんは平民の若い子ですからこの程度ですが、貴族令嬢はもっと必要なんですよ」
とアンナさんは追い討ちをかけていた。
「私、屋敷では朝晩美味しいごはん頂いているし、ランチはハインリヒ様が必ず払ってくださるし、弟子育成費も一部お小遣いで貰っているのに、魔術庁の制服や靴はさておき、私服まで買って貰うのはなんか申し訳なくて」
「私は師匠から毎月基礎化粧品を貰ってるよ。あと可愛いお菓子とか、髪留めとか。洋服や下着なんかもたまには買ってもらう。師匠の側にいるなら適度に身なりに気を付けろってマティアスさんにも注意されてるし」
「魔術師ってみんなそんなものかなあ」
自習室は模擬試験の勉強をしている人がいるため、私達は体育館まえの休憩スペースのベンチに座った。
「いいな、お前ら」
教本片手に現れたのはレナルドだった。
「なあに?レナルドだってサミュエル様に買って貰うことくらいあるでしょ?」
やたら唇を結んで目を細めたレナルドに、ララは聞いた。
「ある······けど」
「けど?」
「師匠は致命的にセンスが悪いんだ。イリスに行った時のシャツ見ただろ。でも何だかんだで優しいひとだから、気を使って色々買ってくれるんだけど、人に見せられなくて······」
「例えば?」
「この間、その、足元は男の嗜みだかららって3足セットの靴下を買ってきてくれて」
「優しいじゃん」
「でも、色が······ピンクと赤とスカイブルーで」
「ぷっ·······ぷぷ。履けばいいじゃない」
「スカイブルーを?!どこで?私服でか?!魔術庁なんかに履いてきたら俺は只の笑い者だぞ?!」
思わず爆笑してしまう。スカイブルーの靴下を魔術庁の制服の下に着こんだレナルドを想像しただけで口元がにやけた。
「魔術師ってそんなにお給料貰えるんだね」
何気なく言った言葉にララが苦笑いをした。
「国家魔術師の基本給とか、福利厚生とか、ティアナちゃんと調べて弟子になったの?」
「調べてない。魔力を使って稼げる仕事が魔術師しか思い当たらなかっただけ」
「お前、いい加減なのは勉強だけじゃなかったんだな。ハインリヒ様は何故こんなやつを弟子に?」
ムッとしながらレナルドを睨む。
「本人に聞いてよ。ララは調べて弟子になったの?」
「勿論。国家魔術師は月給だけで一般公務員の15倍から20倍は貰える。その他に年2回のボーナスが貰えるよ」
「うそ?!毎月うちのパパの15倍なの?」
私のパパは役所の職員だ。王都内の住民登録の部署にいる。ママは花屋でパートをしているが、私がいたときは我が家三人の家計は基本パパの給料で賄っていた。ハインリヒ様はその15倍以上の金額を毎月稼いでることになる。
「特殊資格だし、生死に関わる仕事も多いしからね。クラーケンに海に引摺り込まれたとか。昔は戦争みたいな有事には兵器代わりに使われてたでしょ」
「ああ、確かに」
魔術が盛んなこの国では戦争があると魔術師が駆り出される。対魔物で培った戦闘能力は伊達じゃない。
「ちなみに国家魔術師の資格を得た時点で王都の国有地が貸与され家を建てる。建設費も魔術庁から出る。その代わり弟子の育成が義務付けられてるんだぜ」
「へえ。でもハインリヒ様はヴァンゲンハイム家代々の屋敷があるよ?アルレット様だってご実家の別邸を使われているんでしょ?」
「お前らの師匠達みたいな名家は別枠。自分達の屋敷にいるから、魔術庁が課した弟子の育成義務はない。でも、大体そういう家は血族を弟子にして家を継がせてる。ヴァンゲンハイム家なんかはその代表格だろ」
「まあ、確かに」
ヴァンゲンハイム家が他の魔術師のように多数の弟子を取らなくても非難されなかったのはそういう理由があったらしい。
レナルドはわざとらしく首を振る。
「なのに、突然ティアナみたいなトンチンカンな弟子をとったりして。ハインリヒ様は何を血迷ったんだ?」
「トンチンカンで悪かったわね。それで、真面目で優秀なスカイブルーの靴下のレナルドさんはお手元の教本の勉強はしなくていの?」
随分と酷い評価を貰ったので、冷たくレナルドに言い返すと、レナルドはまたきゅっと唇を結んでから、教本を持っている自分の片腕をぎゅっと掴んだ。
「だって、出るんだ······」
「何が」
「幽霊······」
私とララは顔を合わせた。
「トンチンカンなのはレナルドじゃない。幽霊なんていないよ?」
「いたんだよ!」
レナルドは私達を見ながらぐっと唇を噛んだ。




