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翌週の公休日、パパとママのところにイリスのお土産をもっていった。同じ王都内にも関わらず両親のところに行くのは久々だ。
私の両親は昔から私に甘い。優しくおおらかな二人のおかげでのびのびと育った私だが、ヴァンゲンハイム家に弟子に入る前までは、王都以外に遊びに行くことを何故か固く禁じられていた。元々友人のいなかった私なので、両親との約束を破ることは一度もなかったが。
今回イリスに行くと行って快諾したのは、ハインリヒ様がいらっしゃったからだとパパに言われた。パパの言う理屈が未だによくわからない。
相変わらず優しい二人は、私が買ってきたお土産以上にもてなしてくれてごはんやらお菓子やらが次々に出てきた。
「なかなか帰って来られなくてごめんね、パパ、ママ」
と言うと、
「ヴァンゲンハイム家にいるのだもの。心配していないわよ」
とママからにこやかに言われた。ハインリヒ様の人柄のせいだろうか。この絶対的な信頼感はなんだろう。
お昼過ぎに屋敷に戻るとメイドのアンナさんと執事のフォルカーさんが玄関ホールで立ち話をしていた。
「ああ、お帰りなさいティアナさん」
「ただいま!フォルカーさん、アンナさん」
「ティアナちゃん!お土産有り難う!美味しかった」
アンナさんは子供がいて、今年30歳になるの私のお姉さん的存在のメイドさんである。屋敷の主人たるハインリヒ様は勿論全員呼び捨てにしているが、私は自称メイドになる身。いまからみんなと仲良くなっておきたいので、同僚扱いをしてもらっている。
「フォルカーさん、革靴の靴墨がここだけ上手く塗れなくて。なんか上手くなるコツありますか?」
「ああ、それはね······」
フォルカーさんは普段ハインリヒ様の身の回りの世話をしている、こちらは20代後半の執事である。フォルカーさんのお父様はハインリヒ様のお母様の家の家人だそうだ。
彼が義務教育を終えた後、ハインリヒ様付従者として王城に上がり、ヴァンゲンハイム家に入るとともにこちらの家人となった。先代のヴァンゲンハイム当主が退くとともに前執事も一緒に退き、代替わりでフォルカーさんが執事になったらしい。
フォルカーさんも、アンナさんも優しいが、仕事には真面目で厳しい。当主の生真面目さが伝染しているのかもしれない。
あのピカピカのローファーもフォルカーさんの努力の結晶なのだ。あまりの美しさに、私はこの屋敷に越してきてからこっそりフォルカーさんに靴の磨きかたを教わった。
「ティアナさん、革だけじゃなく踵の補修も必要ですよこれ」
私の靴をぐるっと回しながら、フォルカーさんは淡々と言った。一年間毎日履いていたので流石にボロが出始めたようだ。
「う······こっそり靴屋に行ってきます。週明けに間に合うかな」
「おそらくハインリヒ様にお伝え頂ければ靴くらい新調してくださいますよ」
「でも、ここに来てハインリヒ様に初めてもらった物なんです。私の足癖が悪いばっかりにこんなことに······」
「足癖が良くても靴はダメになります。長持ちはしても消耗品ですよ、ティアナさん」
「でも······」
しゅんとしながら自分の靴を手にとって眺めた。まだ穴も開いていない。私は庶民なので、靴は履き潰すまで使用する。ただ、ここは庶民の家ではないのもわかっている。
「ハインリヒ様の仕事用のローファーはあなたの靴の10倍はする最高級品ですが、種類で言うと現在10種程ご用意しているんです。私服や礼服の靴を合わせたらもっとございますよ。一度履いたらメンテナンスをして5日休ませます。そこまで徹底した管理をすれば長持ちしますが、あなたの靴は一足だけ。しかも毎日一年間履き続けていたんです。駄目になって当然ですよ」
「ええ?!ローファーだけでそんなに?!」
「ハインリヒ様はヴァンゲンハイム家の当主ですよ。当たり前です。靴は家の品格がストレートに出ます。爵位が無いとはいえ、主は高貴な方ですから」
流石はフォルカーさんである。靴に対してもハインリヒ様に対しても心構えが違う。
「色は違えどあなたもヴァンゲンハイム家に仕える一人です。靴くらい新調なさい。ハインリヒ様に迷惑がかかりますよ」
「迷惑が·····確かに!小汚ない私がハインリヒ様の周りをうろついていては、またハインリヒ様の婚期が遅れてしまいますよね·····ただでさえ、この家の主は結婚出来ない伝説が蔓延っているのに」
「誰の何が遅れるって?」
聞き覚えのある声にビクンと肩が跳ねた。背中から感じる圧にたらりと汗が出る。
「は、ハインリヒ様?!あ、いや、そのぉ」
ゆっくり振り向くと腕組をした、私服のハインリヒ様が眉間に皺を寄せて私を見下ろしていた。
「何が伝説だ、バカ」
聞かれた上に怒られた。仕方ない。
「ハインリヒ様、ティアナさんの靴ですが、毎日同じ物を履かれてますので摩耗しております。こちらで新しい物をご用意して宜しいでしょうか」
フォルカーさんが、すぐさま助け船を出してくれた。私の靴をじっと見ながらハインリヒ様は不思議そうに聞いてきた。
「靴?お前、これ毎日履いてたのか?」
魔術庁の制服とともに頂いたのだ。普通毎日制服と一緒に履くと思う。
「······買いに行く」
「へ?」
「フォルカー、30分後に正面に馬車を回せ。着替えを終えたらティアナと出かける」
「承知致しました」
「ティアナ、外出するぞ。着替えろ」
「え?私、これが外出着なんですが」
そしていまのいままで外出していた。
ハインリヒ様は目を少し細めて難しい顔しながら首を捻った。
「ああ、······そうなのか?そうか。·····-アンナ、女物の衣服はどこに行けば買える?」
「ドレスなどの貴族の仕立てならばマダムランペルツが宜しいかと思いますが。ティアナちゃんのような若い子ならば、既成服ですよね?なら王都百貨店で大抵は揃います。魔術庁の制服もローファーもそちらで新調できますよ」
「だそうだ。ティアナ、王都百貨店に行くぞ」
「まままま待ってください!何をそんなに買う気ですか?!」
「靴と服」
「この間、水着も服も買って頂いたばかりです!私なんかに浪費しちゃ駄目ですよ」
「お前だって、俺にリボンを買ってるだろ」
「アレは私の趣味です!」
「ならば俺が買うのも趣味だ」
「弟子の服を買う趣味の師匠がどこにいるんですか!」
「お前が着飾る物は俺が買うと言ったはずだ·····とはいえやっぱり女物はどうもわからんな。アンナ、お前もついてこい」
「承知致しました」
私が止めるのも虚しくハインリヒ様は外出着に着替えに自室に向かった。フォルカーさんはアンナさんに指示を出した後、ハインリヒ様の後を追う。アンナさんはそれを見ながらニコニコと笑っていた。
「ねーえ、ティアナちゃん。ヴァンゲンハイムの当主が結婚出来ない伝説は、ハインリヒ様の代で意外と打ち止めになったりして」
「そりゃあ、アレだけのお美しさですもん。ご令嬢方が放っておきませんて」
「そういう意味じゃないよー。······ティアナちゃんもまだまだ子供だなあ」
アンナさんの言った意味はよくわからなかった。
わかったのは私が着ている外出着は、ハインリヒ様的には外出着には見えなかったということだけだった。




