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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第2章 クラーケン
21/139

2-8

 


「二人とも!早く戻りなさい!」


 ララに絡み付いていた触手は既になかった。

 アルレット様の凛とした声で私とララは立ち上がり、荒い呼吸のまま走り出したが、振り返ると大きなクラーケンが体半分を沖から出しているのが見えた。


 サミュエル様は両手から大きな魔法陣を展開していた。同じようにハインリヒ様も両手を翳し魔法陣を展開すると沖にいたクラーケンの巨体が宙に浮かび、そのままこちらに浮遊しながら移動してきた。


 ウニョウニョと長い触手を揺らすクラーケンに向かってアルレット様が両手を翳し特大の火炎を噴射した。


「燃えなさい!!」


「グモォォー!!!」


 地響きみたいな低いクラーケンの声に体がビリビリと痺れる。


 ゴオォ!!と燃え盛る炎に焼かれ、宙に浮かぶクラーケンは暴れまわっていた。


 こんなに炎に焼かれているにも関わらずクラーケンは動き続けた。強い生命力に私は呆気にとられていた。


「流石は俺たちの師匠だ。大丈夫か?二人とも」


 呆然と立ち竦む私とララにレナルドが声をかけてきた。


「うん。クラーケン、まだ動いてる······なかなか死なないね」

「けほっ。あんな長い触手に掴まれてたんだ。ビックリしたね、ティアナ」

「うん。あんなに長い触手······」


 焼かれ続けてだんだん動きが鈍るクラーケンを見ながら私は思った。

 確かに触手は長い。でも私が見たとき、クラーケンの体は沖にあったはずだ。


 私は視線を沖に向ける。


「あんな遠くから触手を伸ばしたの?海岸まで?」


 さっき私がいたのは波が膝丈だったからあの辺。あの辺には······


 ポコン、ポコンと小さな泡がみえた。私の背丈くらいのクラーケンの白い体がニュッと姿を現した。


 その瞬間、砂浜に上がっていた私の足をグンっと勢いよく掴まれ、わたしはまた海に引きずり込まれた。


「っ!!ハインリヒ様ぁ!」

「ティアナ!!」


 一気に深いところまで引きずり込まれた。

 ガボガボと水と空気が混ざり会う音が聞こえたけど、今は私1人だ。ララはいない。


 微かに目を開けると視界に触手を広げたクラーケンが見えた。


 これはヤバい!と海の中で空気を全部吐き出しノエルを呼んだ。


「やっと呼んだ」


 懐かしい声と鈴の音が聞こえた。

 少しずつ目を開けると、真っ白なフワフワの髪に血のような赤い目のノエルがそこにいた。


「うわああん!ノエルぅ!」

「なんでクラーケンの子供と遊んでるの?」

「遊んでないよー!引きずり込まれたんだよ!」


 ノエルは私を抱えたまま、海の中で私より大きな空気の球体を作り出してくれていた。


「呼ぶまで待ってとか、なるべく人型見られるなって言うから黙って見てたけど、ティアナの生命が危なければ有無を言わさず僕は必ず動くからね」

「あ、ごめん。怒ってる?」

「怒るって何?わかんないよ」


 ノエルはいつもの無表情のまま私の匂いをクンクンと嗅いだ。


「ほら、ティアナの魔力の匂いがしたから、こいつ珍しく親子でごはん食べにきたって。幼体は普通海中から出て来ないに······」

「あ、幼体が現れたのって私のせいだったんだね」

「殺して、さっさとここから出るよ」

「待って!!海岸に人がいるの。今ノエルを見られるのはまずいよ。ハインリヒ様どの辺にいるかわかる?」

「······泳いでる」

「え?!助けなきゃ!」

「海の中を移動するのはいい?人には見られない」


 ノエルは空気の球体のままユルユルと移動すると、あとから幼体のクラーケンが私達の後を追いかけてきていた。


 ノエルは目も鼻もいい。近くにいる見知った魂の在りかを探すのは得意なのだ。少し移動するとハインリヒ様の姿を発見し、手を伸ばして空気の球体に引っ張りこんだ。


 急に空気の在るところに引き込まれて、ハインリヒ様はゲホゲホとむせる。


「おま······ゲホッ!なんで······!」

「わあ、ハインリヒ様。水も滴る王子様ですねー♡」


 ガッと頭を掴また。


「ティ~ア~ナ~!」

「わあああ!すみません!調子にのりました!」

「心配しただろ?!俺の目の前から消えるなよ!」

「すみません······」


 長い腕が私の背に回った。海水で濡れたハインリヒ様の髪と肌は冷たかった。


「泳いで、助けにきてくれたんですか?」

「当たり前だろ?!」


 嬉しさで目頭が熱くなる。私の師匠は真面目で優しい。


「すまない。海割りの魔法陣が間に合わなくて、見失った」

「うー······来て下さって有り難うございます~······」


「ちょっと。抱き合ってる場合じゃないよ。どうするの?」


 ノエルの突っ込みにハッとした。


「早くしてね。もう少しでここの空気も切れるよ」


 そうだ。とにかく脱出しなくてはならない。


「ハインリヒ様、私とあなたを魔術で上に飛ばせますか?海岸まで行かなくてもいいです。とりあえず空気の有るところに一度出ましょう」

「ああ」


 私は取り急ぎ思い付いたプランを説明した。


「とりあえず、この辺に居そうなクラーケンはこの幼体だけだよね?ノエル」

「うん」

「わかった。じゃあ、幼体のクラーケン始末して」

「いいよ」


 ノエルが口端を上げた。

 彼の暗い笑みを、見た瞬間にパン!!とクラーケンの幼体は弾け、塵になり海流とともに消えた。


「ハインリヒ様!お願いします!!」


 私は彼の胸にぎゅっと掴まった。



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