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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第2章 クラーケン
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2-5

 


「おはようございます!ハインリヒ様!」

「······おはよう、今朝はやたら元気だな」


 旅行の日の朝、私はワクワクしすぎていつも以上に早起きしてしまった。支度を整えて、いつも以上に念入りにリボンを選ぶ。


 階下のダイニングに向かうと鼻歌を歌いつつ、食後のハインリヒ様の髪を梳く。


「そんなに楽しみにしてたのか」

「はい!あ、ハインリヒ様のリボンもちゃんと持っていきますからね?!」

「それはどうでもいい」


 今日は夏らしく爽やかな紺と白のストライプのリボンを結んだ。彼の瞳に似て静かな気品がある色だと思う。


 王都からイリスまでは一般人が使える大型の常設転移門と馬車で移動する。王都からいくつかの都市には転移門が常設されているため、お金さえ払えば都市間の移動は簡単なのだ。これも魔法陣を使った魔術によるものである。


 ただ王都転移門は、厳密には王都ではないらしい。王都付近にある小高い丘に設置されている。魔物対策の結界が関係しているせいで結界の外でないと設置出来ないと聞いている。


 王都転移門を潜り、イリス転移門から宿泊場所に移動するため馬車に乗り込んだ。

 馬車は四人乗りのため、師匠組と弟子組で別れた。


「お菓子持ってきたよ、ララは?」

「持ってきた!夜の分もあるよ!」

「マティアスさんも、よかったらどうぞ!」

「······どうも」


 銀縁眼鏡のララの兄弟子はペコリと頭を下げてクッキーをひとつ口に入れた。


 私とララはレナルドに視線を止める。

「で······レナルド。突っ込んでいい?何その服」

「お願いだから見ない振りしてくれ。師匠が買ってくれたものなんだ」


 レナルドは目が覚めるような蛍光イエローのシャツを着ていた。先ほど馬車に乗り込む際には背中にデカデカとレナルドのイニシャルが印字されているのが見えた。


 レナルドに気を遣い、私はお菓子を食べよう!とララに声をかけた。


 私は初めてのイリスが嬉しくてララとお菓子を摘まみながら窓の外を見ていた。


「なんだか人まばらだね、あ!可愛いお店発見」

「海岸の立ち入り制限のせいだろ?クラーケンが昨日も沖合いに姿を見せたらしいぜ」


 ララのお菓子をひょいと口に入れながらレナルドが言った。蛍光イエローが目に痛い。


「そういえば、クラーケンってどうやって倒すの?」


 サクサクとクッキーを食べながら私はみんなに尋ねた。


「俺調べてきたぜ!」


 バッグからいつものように『魔物大図鑑』をガサゴソと出してレナルドは説明し始めた。彼の本は見るたびに付箋が増えている。


「クラーケンはとにかく力が強く、水に獲物を引き摺り込む。大きいものだと20~30メートルはある巨大魔物だ。奴らの弱点は火。だから火炎の魔法陣が有効なはずだ」


「海にいるから火が消えちゃうんじゃない?」


 水筒のアイスティーを飲みながらララは聞いた。


「うん。だから、魔術師は普通クラーケンを海上にあげるんだ。海岸に引き込んだり、力のある魔術師だと複数の魔法陣を使って宙に浮かべて火炎で焼く。生命力が強いから時間がかかる。銀の剣で切断して焼くこともあるらしい」



「私は銀の剣ぐらいしかお手伝い出来なさそう。魔術は師匠がたに任せる」


 愛剣を撫でながら私は言った。


「実は師匠がどんな方法をとるかまだ聞いてないんだよな」


 唸るレナルドを横目にマティアスさんは腕を組んで、黙って聞いていた。



 ◆◆◆





「なんですの?その服」

「おう!この日の為にわざわざ仕立てたんだぜ!レナルドにも作ってやった」

「お気の毒に······」


 目が覚めるような蛍光ピンクのシャツを着たご機嫌のサミュエルに、馬車の中でアルレットは眉を寄せた。


「さて、せっかくの旅だし、色々と聞いてみようかなあ」

「なにがだ」


 ニヤニヤと笑うサミュエルが俺の顔を覗き込む。


「まあまあ、ハインリヒ。いまこの馬車には俺ら三人しかいないんだ。久しぶりに語ろうじゃないか」

「だから何がだ」


 サミュエルの薄ら笑いに嫌な予感がした。


 四人乗り馬車に俺と、サミュエル、アルレットが乗り、弟子たちはまとめて後発の馬車に乗るようにサミュエルが指示をしていた。


「ティアナちゃんは本当に弟子?」

「弟子だ」

「女に興味が無いお前が、ティアナちゃんには随分親しく接するよな」

「わたくしも食堂でじゃれ合うのを見ましたわ」


 窓の外を見たままのアルレットがチラリと視線を寄越した。口端だけが少しあがっている。


「弟子だからだ。毎日接すれば親しくもなる」


 軽いため息が出た。

 サミュエルは昔から色恋沙汰が大好きなのだ。何度街に連れていかれ、女を捕まえる餌にされたかわからない。挙げ句俺の恋愛事情をやたら聞きたがる。


「『ヴァンゲンハイム家は引退直前まで弟子は取らない』っていうのは魔術師界隈では有名な話だ。しかもヴァンゲンハイムの当主はみんな男で独り者。弟子にするならお前がジジイになってから頭がキレる若い男をとるのがセオリーだろ?」

「まあな」

「歴代の当主の中で結婚したやつなんかいないって俺は師匠から聞いていたからな。心配してたんだぜ?」

「何故、お前が心配する」

「お前が初恋もまだだからだよ」


 弟子会時代にうっかり漏らした俺の話を、奴はきっちりと覚えていたようだ。


「お(いえ)事情については突っ込まないさ。魔術師の古い家系だ。独自の魔法陣やらしきたりやら、相応のものを抱えているのは想像がつく。だがな、恋愛については別だ。吐いてもらおう」

「だから何を?」

「ティアナちゃんは、弟子にするために手元に置いているんじゃないだろ?」

「いや、だからな······」

「お前、まさか気づいてないのか?」

「······意味がわからん。何が言いたい」


 サミュエルとアルレットが意味ありげに目配せし、笑った。


 アルレットは自分の顎に手をあて人差し指だけトントン、と頬を叩いた。


「ハインリヒのティアナを見る目ですわ。あの娘を見る瞬間だけあなたの目に優しさが宿るのよ。かつてあんな視線を送った女性がいて?わたくし達はこれでも三年あなたと弟子会で時間を共にした友人ですのよ?」


「それに家を継がせる為の弟子なら、あんな自由な子取らないよな」


「自由に······見えるか?」


「見える。魔力は高そうだし頭も悪くなさそうなのに、おそらく魔術師には向かない。魔術師の持つ固さが無いんだ。彼女はもっと柔軟。魔術師の枠には嵌まらないし、嵌めてもするりと抜けて自由に動き回っていくように見えたね。かと言って無知な幼子って感じでもない。話した数は少ないけど、年相応の子供らしさもあるのに、物事を俯瞰して見るような、大人びた割りきった話し方をする時がある。何だかチグハグで不思議な子だなと思ったよ」


 流石はサミュエルだ。馬鹿みたいに見えて、こいつはインスピレーションで人間性を見抜く。


「まあ、当たらずとも遠からず、だな。確かにあいつは魔術師に向かない。おそらく魔術師になることもない」

「なら、やっぱり······」

「ただ、自由な精神を持ってるだけであいつ自身が自由な訳じゃない。わかっていて俺はあいつを利用しているだけだよ」

「ハインリヒ、お前······」

「もう着くんじゃないか?あのコテージか?」


 窓の外に大きな二階建てのコテージが見えたのをきっかけに話を切り上げ、俺はホッとした。サミュエルの目を欺くのは容易じゃない。


 馬車が止まり俺たちが降りると、後続の馬車が二台、弟子たちの馬車と荷物用の馬車が後から到着をした。


「ハインリヒ様!」


 馬車を降りた彼女は笑顔で俺を見た。口の周りに何やら菓子がついている。


「ティアナ、荷物を持とう」

「駄目ですよ。私が持つんです、弟子ですから!」

「口の周りが食べかすだらけだぞ?何やってたんだ」

「みんなとお菓子を食べてクラーケンの討伐方法を······あ、ハインリヒ様!」


 ティアナの小さな手が俺の髪に触れる。


「リボンが曲がってました。せっかく綺麗に結んだのに!」

「ああ、すまないな。それより口周りを拭け。ほらハンカチ」

「はーい」


 ハンカチでティアナの口元を拭ってやると、小動物のようにフガフガと鼻を鳴らして目をぎゅっと瞑った。


「へんな顔」

「ハインリヒ様が綺麗すぎるんですよ」


 笑うティアナに俺もつられて笑ってしまった。



「あれ、どう見ても恋してるだろ?そう思わない?アルレット」

「ハインリヒは真面目すぎるのですわ。まだ恋かどうかも自分で気づいてないのよ。あなたとは違うの、サミュエル」

「この旅で少しぐらい気づいてくれると面白いんだけどなあ」


 サミュエル達の会話は俺の耳には届かなかった。



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