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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第2章 クラーケン
16/139

2-3

 


 ハインリヒ様の長い足はサミュエル様の腰に見事に命中していた。


「おいサミュエル、俺の弟子から手を離せ」

「わたくしのララからもですよ。相変わらず女とあれば誰にでも声をかけているのね。恥知らず」


「離すも何も蹴り飛ばしているんだからもう離れているじゃないか」


 蹴られた腰を擦りながら、涙目のサミュエル様はそれでもすぐにアルレット様とハインリヒ様の元へニコニコ笑いながら近づいた。


「依頼書読んだでしょ?一緒にいこうよー」

「うるさい!巻き込むな!」


 ハインリヒ様はなんだかえらく怒っていた。


「お願いだよ。アルレット、ハインリヒ!僕は本当は二週間休暇の予定だったんだぜ?しかも行き先はおんなじイリスだ。それを事務方がそっちに行くならちょうどいいからって、勝手に俺が行くって先方に承諾しちゃったんだ。たまんないよ。何のためにイリスへ行こうと春から頑張ってたかわかるか?!」

「何のためだ」


 ハインリヒ様は表情を変えず聞いた。


「女の子だよ!!俺の運命の女神を探す旅さ!しかも夏だよ?海には、ボインボインの子から、スラリ系美人まで皆が水着という薄い布一枚で歩いているんだ。見放題じゃないか!」

「下衆いですわ」


 アルレット様はマニキュアが丁寧に塗られた手で口元を押さえ、虫けらを見るようにサミュエル様を見た。


「それなのに海岸の立ち入り制限だぞ?!可哀想だと思わないか?!」

「思わん。馬鹿かお前」


 ハインリヒ様の目は完全に冷えきっていた。



「あ、あのぅ」


 怒るハインリヒ様を見ながら、私はモジモジと体を揺らして言った。


「ハインリヒ様、クラーケンはともかく、私ララと海行きたいです······」


 ララもほんの少し目線を上げ、アルレット様を見た。


「師匠、私もティアナと海行ってみたいです······」


 ララと私はほんのり顔を染めて、上目遣いで師匠方を見た。なんとなく恥ずかしい。


「師匠、僕も······こいつらと海で遊びたいです。友達なんです。だから、あの······クラーケンはともかくとして······」


 レナルドもポツリポツリと話し始めた。彼の耳が赤い。


 私たち弟子組は顔をほんのり赤く染めたまま、指を動かしたり、脚を動かしたりしながらチラチラと師匠達を見た。


「仕方ないですわね」

 フウ、と軽く息を吐きながらアルレット様は微笑んだ。

「弟子にこう強請られては、叶えてあげるのが師匠の役割でしょう。ハインリヒ?」

「う······しかし······」

「それに、まあ、私達もこの三人で出掛けるのは久しぶりではなくて?それはそれで面白そうですわ」

「まあ······そうだが······」


 ハインリヒ様は眉を下げて私を見た。


「い、行きたいのか······?ティアナ」

「行きたい!海初めてなんです!」


 私が全力で答えたら、ハインリヒ様は顔を手で覆った。


「決まりですわね。そうとなれば馬車と宿の手配ですわ。火をつけた責任としてサミュエル、あなたがすべて手配なさい」

「やったね!それぐらいやるやる!」


 アルレット様の指示を受け、サミュエル様は指をパチンと弾いた。


「ではサミュエルはクラーケン退治、その他メンバーは夏の海でバカンスですわね!少し楽しみになりましたわ」

「え、僕だけクラーケン退治?」

「事務方から依頼を受けたのはあなただけですわよ。私達はカラフルなジュースを飲みながら、見守ってあげますからせいぜい頑張りなさいな」



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