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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第1章 師匠と弟子
12/139

1-12

 


 ヴァンゲンハイム邸に戻った私はシャワーで体を清めた。


 悲しい記憶がひとつ増えてしまった。ハインリヒ様はまたきっと悩むだろう。神様なんていない。私が知っているのは悲しい程純粋な悪魔だけだ。


 シャワーを終え、少し心配になりハインリヒ様の部屋へ向かった。ノックをすると、ドアがひとりでに開いた。


 部屋に入ると、彼は着替えたシャツのボタンも閉めもせずにソファに仰向け寝転んでいた。ローテーブルには、なみなみと注がれた跡のあるワイングラスがおかれていた。


 シャワーで濡れたままの長いアイスブルーの髪をそっと撫でると閉じていた瞼が半分だけ開いた。


「明日は公休だから別に構いませんが、らしくないですね。髪も······ちゃんと乾かさないと。そんな姿見たら、魔術庁の女性がみんな卒倒しますよ?」

「お前もか?」

「私なら倒れる前にあなたの絵姿描かせて売りさばきます。飛ぶように売れますよきっと」

「ふ······お前らしい。なあ、ティアナ」

「何ですか」

「俺は本当に正しいことをしているのか?」

「何を言ってるんですか」


 私はソファの膝掛けに腰かけた。


「普通の人間が罪を犯したら裁判で裁かれるのに、魔術師だけを王家の血筋の者が裁くなんて、おかしいと思わないか?」

「おかしいんですか?」

「魔術師に裁かせたいのなら魔術師専用の裁判をすればいい。対魔術拘束具もあるんだ。それなのに、何故裏からこそこそと俺が判じる必要がある?」

「『審判の魔術師』に疲れてしまいましたか?そんなこと言うなんて」

「少し体を貸せ」


 腕を引かれ、前のめりになった私の体を包むように長い腕が抱き止めた。


「はぁ······そうだな。少し疲れた」

「辞めますか?」

「辞めたらこの国を守れない」

「そんなの、貴方が気にする必要あります?」

「仕方ない。臣籍降下した俺の唯一の役割だ」

「バカですね。そんな役割捨てても、もっと誇れることいくらでもあるでしょうに」

「例えば?」

「髪がサラサラだとか、睫毛が長いとか、めっちゃモテるとか」

「俺は女子か」


 腕の力が強まる。深いため息が聞こえた。


「お前がいればそれでいい」


 肩に乗せられた頭を撫でるとハインリヒ様の匂いがした。



「······ずるい」


 ギィ······と開いたドアの向こうからノエルがじっとこちらを見ていた。


「僕もティアナにすりすりしたい」


 ノエルはリン、と鈴を鳴らして白猫の姿になる。


「ふふ、おいでノエル」

「にゃあ」


 懐に飛び込むなり、私に体を擦り付けるノエルを今度はハインリヒ様がじっと見ていた。


「そろそろ寝ようか、ノエル。ごはん食べないとね」

「にゃあ」

「たくさん食べていいよ。真夜中はたくさん魔力が涌き出てしまうから。ノエルが食べないと魔力過多で具合悪くなっちゃうもん。······じゃあ、お休みなさい、ハインリヒ様。ちゃんと髪は乾かしてくださいね」

「ああ、お休み······俺も猫になりたいよ、まったく」

 

 ドアを閉める直前、ハインリヒ様のため息がまた聞こえた。



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