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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第1章 師匠と弟子
1/139

1-1

 


「覚悟!ハインリヒ様!」


 広い屋敷のダイニングで、強くフローリングを蹴って私は飛び上がった。左手をかざし、展開した魔法陣から勢いよく火炎を噴射する。が、目の前の男も即座に魔法陣を展開し、片手で火炎をいとも簡単にボヒュンと打ち消して、私の頭を指で弾いた。


「おはようティアナ。相変わらずちゃちな魔術だな······ふわぁ」

「ちゃち······」


 私は唇を尖らせた。


 ハインリヒ様は、アイスブルーの絹のような長い髪をおろしたまま、執事から出された挽きたてのコーヒーを新聞を見ながら飲んでいた。


 メイドは、飛んだり跳ねたり炎を出したり明らかに奇天烈な行動をする私をニコニコと見守っている。


 ヴァンゲンハイム邸では、弟子が師匠に歯向かうのも、師匠が弟子に雷を落とすのも日常茶飯事だ。


 優雅に朝食をとる彼を見ながら、私は『今日のお(ぐし)セット』を揃える。事前に揃えた幾つかのリボンを並べて

「どれにしようかな」

 と独り言を呟き彼の髪に櫛を通した。


「相変わらず艶々で綺麗な髪。·······えい!今日は赤いリボンつけちゃえ」

「また変なイタズラをする」


 そう言いながらもハインリヒ様は赤いリボンを取らなかった。


「そろそろお時間です。ハインリヒ様」


 懐中時計を手にした執事が時間を知らせ、私は一度私室に戻り荷物を持って玄関に向かった。


「いくぞティアナ」

「はーい、ハインリヒ様」


 二人で濃紺のローブを纏い家を出る。

 ハインリヒ様の胸には国家魔術師の金のエンブレムが丁寧に縫われている。私のエンブレムは弟子の証である白だ。

 私は腰に愛剣をさし、ピカピカのローファーを履いて馬車に乗り込む。


「今日も楽しく生きたいですね!」

「お前はいつだって楽しそうだがな」


 笑うハインリヒ様と一緒に私達は魔術庁へ向かった。




「おはようございます、ハインリヒ・ヴァンゲンハイム様ぁ!」

「まぁ!ヴァンゲンハイム様。本日もご機嫌麗く」

「ヴァンゲンハイム様、今週もし宜しかったらディナーでもいかが?」


 馬車を降りて魔術庁のゲートをくぐるなり、朝から女性達がハインリヒ様に群がった。


 彼、ハインリヒ・ヴァンゲンハイムは、女性魔術師や女性事務員から絶大な人気を誇る庁内では有名人だ。


 アイスブルーの長く美しい髪をゆったりと肩で結わえ、切れ長の目には濃紺の知的な瞳が鎮座している。髪色と同じ睫毛は雪のようにかかり、赤い形の良い唇だけが白い肌の中で美しく主張していた。


 高身長の彼は手足も長く、またそれがお顔の小ささを強調している要因でもある。大きく長い指先で繰り広げられる魔術はまさに芸術だと、彼女たちは色めきたった。


 ハインリヒ様が少し眉をひそめてハア······とため息をつくと

「きゃあああ!!憂いを帯びていらっしゃるわ!」

 と悲鳴が聞こえた。


「今日もモテモテですねー、師匠」

 半笑いをしながら褒めると、ハインリヒ様の眉間に皺が寄り

「うるさいな。昨日与えた課題全部終わったの?」

 と話を私の勉強にすり替えた。


 彼は自分がモテる男だということが何故か嫌らしく、毎朝投げ掛けられる女性達のラブコールも頑なにはね除けていた。


 執務室のデスクにつくと、私は鞄とローブを置いてから紅茶の支度を始め、機嫌を損ねて頬杖をつく彼にティーカップをお出しし、ティーポットから紅茶をゆっくり淹れる。


「上手になったと思いません?ね?ね?」

「わかったわかった。上手い上手い」


 魔術で褒められることはないので、紅茶の淹れ方で褒めてもらおうとしたら、ひどく投げやりな褒め方をされてしまった。


 鞄を再度抱えて移動の準備をする。

「私は弟子会の方で剣の稽古と講義を受けてきますね。お昼には戻ります」

「ああ」


 既に書類に目を落とし、真面目にお仕事をするハインリヒ様を確認して私は体育館に向かった。



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