決着
「くっそ――ッ!!!」
アポロとディアナに、スヌレムスが放つ必殺の魔砲が迫る。魔砲は太い光の閃光となって二人に死を運ぶ。
魔法の連続使用による極度の疲労が二人の動きを制限してしまう。逃げるのはおろか、立ち上がる力さえ入らない。
二人はぎゅぅと強く瞼を閉じ、迫る脅威に耐え忍ぶ。
或は二人があと数年の時を生きていれば、もう一度の魔法を行使する体力が付いていたのかもしれない。
しかし今現在、二人に再び魔法を行使するだけの体力は残っていない。正に万事休す、迫る魔砲は目の前まで迫っている。
その時、微かに狐の鳴き声が二人の耳に響いたように感じた。
その直後に轟音が鳴り響く。
自身に襲い来る衝撃に恐怖する二人。互いに大切な兄妹を護る事が出来なかった悔しさと後悔が胸に残る。
………………
しかし、何時まで経っても痛みも衝撃も襲ってはこなかった。
恐る恐る瞳を開くと、辺り一帯を覆う巨大な結界が張り巡らされていた。それは先程二人掛で張った結界よりも遥かに巨大で強力な結界だと一目で分かってしまった。
「な、なんだ? 誰がやった? 誰がこんな強力な結界を張ったんだッ!?」
「た、助かったの、お兄ちゃん?」
疑問が頭に過るが、状況を確認する方が先だ。
辺りに視線を巡らせると、兵士達も困惑気味に辺りを見回している。
そして不意に声を掛けられた。
「怪我はありんしょうか? ありんせんね。では、ヌシさん等は下がりなんし、後はわっちが独りでやりなんす」
突如二人の目の前に現れたのは、一人の見目麗しい女性。
その姿は色っぽく、黒を基調とした打掛を身に纏い、肩を大きく露出させ、はち切れんばかりの胸は谷間が垣間見えている。
白く長い髪は後ろで結われ鼈甲の簪で留められている。
金の瞳は鋭く、反して気配は無し。それ故に一目で強者だと理解できてしまうだろう。
獣の耳が生えており、何よりも目立つモノが臀部あたりから伸びる九つの狐の尻尾だろう。もふっ、とした質感は誰しも一度は触ってみたいと欲求することだろう。
絶世の美女とは彼女のことを指すのだろうと兵士の大半が心に過った。
誰しも美女の色香に言葉を忘れ黙している中、色恋沙汰には歳的に疎いアポロがポツリと呟いた。
「誰だ?」
律儀に女性は答えてくれた。
「わっちは白色九尾の燿子でありんす。ジュピターの旦那がヌシさん等を助けるようにわっちの主に頼みんした。故にわっちが来たでありんすよ」
「ま、魔物ッ! そ、そうかッ、ロックサーナが言ってた天災級の狐はお前だったのか! じゃあ、お前の主って誰だよッ!」
「わっちの主は女神文月でありんす。今は北へと旅立たれんした。わっちはセフィー嬢の元に居なんす」
「フヅキ? 知らない名だな。セフィーはプロセルピナ王女のことだよな?」
「そうだよお兄ちゃん。フヅキさんはマーズさんが言ってた人じゃないかな? ほら、交渉の時に来たってゆう」
「セフィー嬢は主の妻でありんす」
「は、はぁーッ!」
「結婚してたんですかッ!?」
などと悠長に話を続けているアポロ達だが、魔銃騎士団はそうはいかなかった。
「馬鹿なッ、何が起きたッ! 魔法を放てる暇などなかっただろうがッ!」
必殺の確信を持って放った魔砲はいとも容易く防がれ、怒りと焦りがない交ぜとなった心境に陥るスヌレムス。
彼女は今まで指揮に専念しており、力を温存していた。その力の全てを防がれたとあれば、大いに焦ることだろう。
「時間的にも体力的にも魔法は使えなかった筈だッ! 何故……、クソッタレがぁー、まだ魔法の使い手が居たって言うのかよッ!」
「閣下! ここは退きましょう! 消耗しきった我等では魔法師の相手は務まりませんッ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、ここで下がればフロリオ砦が奪い返されるんだぞッ! まだ早いんだよ、まだあそこを落とさせる訳にはいかねぇ! 陛下もそれが分かっていて俺達にこの場を任せたんだッ!」
フロリオ砦には秘密がある。今、その秘密が露見する事はどうあっても避けなければならなかった。
「くそッ! 空挺騎士団が間に合ってくれればいいがッ、相手はあの古竜騎士団だ。そう簡単にはいかねぇ。こうなったら俺も魔法を使うしかねぇが、最後に結界を張った奴の情報が欲しいところだ!」
魔術は術式を構築しマナを消費して決められた効果が発揮するもの。だが、魔法とは神から受け取った力を思うがままに行使する力。魔法は魔術と違い想像力が物を言う力なのだ。
最大限の効果を発揮するには情報があるに越したことはない。
スヌレムスも部下達もマナは全て使い切った。自慢の魔銃は防がれ、残すは魔法の力しかなかった。
しかしスヌレムスは、他者の力を借りる魔法を良しとしない性格の持ち主。
本来信仰心が力となる魔法だが、彼女には信仰心など欠片も無かった。只、利用できるものは利用しようと思っただけのことである。
大抵の神はそのような不遜な者には力を貸さない。しかし、スヌレムスが信仰対象に選んだ神は変わり者だった。
その名をウティホと言い、天空の神だ。天候を操る能力を持つ神で、雷を使い意思疎通をすると言う。
ウティホは気性が荒く、神をも恐れぬスヌレムスの事を気に入り力を貸している。
魔法に対抗できるのは魔法でしかない。
「閣下、敵魔法師を確認しました。敵の最前に立つ亜人らしき人物が、先の魔砲を弾く結界を張ったと思われます!」
情報を探らせていた者からの報告。
亜人はその多くが強狂怖大森林やヴェルエムロードの森などの自然の中で過ごしている。
稀に過酷な強狂怖から逃れて出てくる者もいるが、それは可成りのレアケースであった。
戦場を求める者は森へ、平和を求める者は人里へと降りて来る。つまり、この場に居る亜人とは、平和を好み争いを嫌う性格の者だと言える。
その平和を好む亜人が戦に介入したことに違和感を覚える。
「あぁあ、亜人だと? 亜人が何故人の戦に介入する!?」
「分かりません、が、確かアンバー殿も亜人を飼っていたと聞き及んだことがあります」
「ふん、アイツのは強引に掌握し連れまわす只の操り人形にすぎん。だが、あの亜人はそんな雰囲気じゃねぇな。自らの意志で動いてやがる」
スヌレムスが双眼鏡を覗き込み、燿子を確認しながら言う。
「ちっ、アレは厄介だ、魔法を使う他ねぇか。お前等は少しでも回復しておけよッ!」
部下を下がらせ前へと出るスヌレムス。そして祈りを、信仰してもいない神へと捧げる。
『主の御名において、あのクソッタレな帝国軍に鉄槌を下し給えッ!
主の天を汚す愚か者共に報いをッ!
大地を踏み荒らす荒くれ共に死をッ!
汝が敵に滅びを与えやがれッ!』
部下を下がらせたスヌレムスが、ウティホの力を受け取り魔法を放つ。
神に対する祈りとは思えぬ祈りを捧げ、行使された魔法は雷撃だった。
止まない雷撃の雨が耀子達を容赦なく襲う。
雷撃とて結界に弾かれているが、結界外は酷い有様だ。
「ふむ、相手もやりなんすね」
「悠長なこと言ってる場合か! 僕達も魔法で対抗しないとッ!」
疲労で立つことも出来ないアポロが、よろよろと立ち上がろうとする。が、やはり力が入らず座り込んでしまう。
「お兄ちゃん、まだ無理だよ。わ、私が……」
兄を気遣うディアナだが、彼女とて立ち上がるだけ回復していない。
「あの塩太郎はわっちが相手しなんす故、ヌシさん達はもちっといなんし」
燿子の言葉に兵士達が驚きの声を漏らす。が、アポロ達は燿子の実力を聴いている為に驚きはしなかった。そう、燿子はSランクの天災級の魔物である。
スヌレムスはこの魔法を以て終わらせるきでいる、つまり全力だ。
魔法の雷撃に絶対の自信を持ってスヌレムスは指示を出す。
「結界が解かれ次第、総攻撃を仕掛けるッ! 総員戦闘配備に着け、俺の合図を待てッ!」
魔銃騎士団が魔術騎士団の全面に弧を描く様に配置につく。
雷は綺麗に味方を避けて落ちる。
地面に逃げた電撃も魔銃騎士団を避けるかのように、他所へと流れていく。
そんな中、燿子は余裕の表情で前へと出て行く。
「お、おい。それ以上前に出ると危ないぞッ!」
「結界の外へ出るのは危険です。もう少し下がられた方が」
アポロやディアナ、燿子の実力を知る者以外が彼女を止めようと声を掛ける。
燿子は謂わば命の恩人。その彼女が結界から出ようとしていることに驚き、止めようとする。
彼等から見れば結界の外へと出るのは自殺に近い行為だと認識しているからだ。
「問題ありんせん。ヌシさん等はその場を動きなんすな。後はわっちに任せなんし」
振り向きもせずに燿子は結界の外へと歩を進める。
スヌレムスは好機とばかりに、外へと出た燿子へ雷撃を集中させる。
…………が、燿子にはなんの痛痒も与えられず仕舞いだった。
「な、馬鹿なッ! 魔法の雷撃が効いてねぇてぇーのかッ!」
燿子へ飛来する数多の雷撃、それら全てを無視するかの如く歩き続ける彼女に僅かばかりの恐怖を覚えるスヌレムス。
額から流れる汗を拭いもせず、燿子から眼が離せずに合図を出す。
「ちぃ、総員てぇ――ッ!」
雷撃に加え魔弾が襲う、燿子はその場に立ち止まり、微動だにしない。只、大きく膨らむ九つの狐の尻尾がふよふよと揺れているだけだ。飛来する雷撃も魔弾も全てその身で弾く。
魔法の雷撃を無視できると言う事はつまり、燿子の肉体そのものが魔法によって創られた結界に比肩する強度を持っていることを意味する。今更魔銃など効く訳も無かった。
「無駄でありんすよ。わっちを殺したいのであれば、わっちよりも強力な魔法を使う必要がありなんす」
燿子は徐に持っていた扇子をスゥ―と横に薙ぐ。すると、魔銃騎士団の面々が次々に倒れていく。
バタバタと倒れる者は後を絶たず、終いにはスヌレムスを除くすべての者達が倒れ伏した。
これに肝を冷やしたスヌレムスは、燿子の動き一つで倒れていく部下達の安否を確認せずにはいらずに、近くで倒れた者の脈を取る。
「生きてはいるが……、ちぃ、何だコレは、魔法なのか? 一気に全員を戦闘不能にしただとッ!」
「勝負は着きんした。退くなら追わんでありんすよ」
「ふざけんな! 部下達を置いて逃げれるかよッ!」
そこで、
「「「オオオオッ――ッ!」」」
雷撃魔法の効果が切れ、敵が総崩れしたのを好機と捉えた魔術騎士団が、一斉に結界から外へと出て、倒れる敵に群がり止めを刺していく。
「ヌシさん等は、なんとげびぞうでありんしょうか。いこう哀れ、むごうありんす。……わっちはこれにて失礼しなんす。おさればえ」
燿子は眠る敵兵に剣を突き刺し止めを刺していく魔術騎士団に、見るに堪えないと踵を返す。
まるで空気に溶け込んでいくかのように、燿子の姿が掠れ消えていく。
「や、やめやがれ――ッ!」
無抵抗な部下達が殺されていく様を、まざまざと見せつけられたスヌレムスの慟哭が響き渡る。
怒りに任せ魔砲を構え直す彼女には、マナが枯渇しかかり十全の威力は出ない。
それでも――ッ!
「テメェー等に人の血が流れてんのかよぉ――ッ!」
込められたマナは少なく、放たれた魔砲は先程とは程遠い威力しか出ない。しかし、数人を消し飛ばすだけの威力を絞りせた。しかしそれまで、彼女に次弾は撃てなかった。
マナを完全に消費してしまったスヌレムスはその場に膝を付く。
抵抗できないのを良い事に蹂躙が続いていく。だが、蹂躙を良しとしない者が、この場に二人存在していた。
「やめろッお前達ッ! 帝国騎士としての誇りを忘れたのかッ!」
「やめて下さいッ! これでは帝国騎士の名は地に落ちてしまいますッ!」
アポロとディアナだ。彼等は何とか動けるまで回復し、やって来たのだ。
「その行為を陛下へ報告できると思っているのかッ! お前達が無抵抗の敵騎士を無残に殺めて回ったと陛下に報告しろって言うのかッ!」
「陛下はこの様な事は望んでおりませんッ! あのお優しい陛下は、敵であろうと無抵抗の相手に刃を向ける事は致しませんッ!」
自らの部下達を非難する二人を呆然と見つめるスヌレムス。
果たして彼女がアポロ達と同じ立場なら、部下達を止められただろうか?
この状況は最大の好機であることは間違いない。しかし、帝国の指揮官は「止めよ」と言う。
スヌレムスならば、この好機を見逃す事はしない、自ら進んで敵兵を殺して回るだろう。蛮行と言われようとも後の為に非情になる、なれるのがスヌレムスだった。
本来ならば戦とはそういうものだ。敵を見逃せば次は見逃した敵に味方が殺されるのだから。
非情になってこその指揮官、甘さを見せれば負けるは必定。
しかし、ジュピター自身の視点では違った、甘さではなく余裕を見せつけてきたのだ。
甘さではなく絶対的な力からの余裕がそうさせてきた。
見る者からしたら、それは慈悲として映った事だろう。
「はっはっ…はぁ、ス、スヌレムスさ、ま…、お、お独りで撤退してください……。わ、我々のことは…この場に捨て行って下さ、い……」
「い、今の内なら、気づかれずに撤退出来ましょう。さぁ、……い、急いでください。この戦は、わ…我等の負けでございますッ!」
傷を負わされ、その痛みで目を覚ました部下達が、スヌレムスを逃がすための盾となるべく前へとでる。
「ふざけるな! そんな真似が出来るものかよッ!」
「ここは我等の顔を立てさせて下さい。みすみす上官を死なせたとあらば、あの世で笑われてしまいます!」
「さあ、早くッ!」
くッ! と歯を噛みしめ踵を返し走り出す。自然と涙が出てくるが、拭うこともしない、部下達が命懸けで稼いでくれた時間を無駄には出来ない。
スヌレムスはスキル、魔道具と使える物を全て使い、この場を最速の速さで去っていった。
「うおおおぉぉぉ――――ッ! 魔銃騎士団の意地を見せつけてやれ――――ッ!」
スヌレムスの背後で、部下達の最後の叫びが木霊した。
そのころマルスとスクディアも死闘を繰り広げていた。
「ちぃ、不気味にも程が有る。斬られても食い千切られても、呻き声一つ出さないなど有り得るのか!?」
スクディアがサエビジアを深々と斬り裂き、ブラックとダークにより両腕を噛み千切った。
それでも歩を止めないサエビジアに、底知れない恐怖を覚える。しかし、サエビジアには既に両腕が失われているため攻撃手段は限られる。もう、体当たりか噛みつくぐらいしかないだろう。
黒狼のブラックとダークは周りのゾンビ共の相手に向かった。
それでも、アンバーが健在である以上、操り人形達は止まらない。
いくら人形を倒しても起き上がる。そして、倒された見方は人形として立ちはだかってくる。
「くそっ、急げよマルス! このままだと数に押されかねないぞッ!」
スクディアが人形を片付けている間、マルスはアンバーの相手をしていた。
明らかな実力の差がり、分身を駆使するアンバーにはあらゆる手段が通用しなかった。
数による暴力、致命傷を負わせても本体はノーダメージ、当の本体がどれなのか分からない。これではどう戦えばいいのかすら分からない。
自慢の宝剣サングリエですら不安を抱きながら戦うマルスに力は貸してはくれなかった。
「くッ! 卑怯だぞアンバーとやら! 正々堂々と戦う気はないのかッ!」
「フヒョヒョヒョッ、言ったはずですよ、私は暗殺者なのだと。これこそが我が必勝法なのですよッ!」
今、マルスは6人のアンバーに取り囲まれていた。
その内の一人がマルスにダガーを振りかざし、避けるマルスに別のアンバーが攻め立てる。
マルスは自らに強化スキル、強化魔術を施しているが、それすらアンバーの方が数段上手だった。
今もまだ生き残っているのは、アンバーが相手を見くびり遊んでいるからだ。
アンバーの持つ武器はアサシンダガー、それは【一刺必殺】のスキルの宿るダガーである。
マルスは今までに幾つもの斬り傷を負わされているが、このスキルは深々と刺す必要があり今のところは無事である。しかし、それはあくまでもアンバーが遊んでいるからであった。
アンバーはマルスが早々に死なない様に手を抜いているのだ。
「クフフッ、少し余興としてゲストを呼んでいるのですが、お呼びしても宜しいでしょうか?」
アンバーが不意に攻撃の手を止めそう言った。
「なにッ! ゲストだと?」
「ま、断られても呼びはするんですけどね。来なさいディアマン!」
アンバーが呼ぶと同時に独りの巨漢の男が上空からマルスに向かって降ってきた。
その男はマルス目掛けて巨大な棍棒を振り下ろしなが着地した。
その衝撃は凄まじく、辺りの地面を抉り吹き飛ばし、一つの大きなクレーターを作り上げた。
咄嗟に大きく退いたマルスは土砂を被りはしたが大した怪我はない。
クレーター内にてマルスとディアマンが向かい合う。
「馬鹿なッ、貴様はッ! ア、アンバー、貴様は何処まで死者を愚弄する積もりだ――ッ!」
「クフフッ、妻を奪われ、奪った相手に殺された哀れな男に力を貸してあげたまでですよ。非難される覚えはありませんね、寧ろ復讐の機会を与えたのです、感謝して欲しいぐらいですよ。フヒョヒョッ」
「き、貴様ァー!」
ディアマン、嘗てのウェヌス皇女の婚約者。駆け落ち同然にマルスとインペラートルへとやってきた彼女を追ってやってきた男。
それ故にディアマンは婚約者を奪い去ったマルスに深い恨みを抱いていた。しかし、イクテュスでの戦いでマルスに敗れ命を散らし死んでいる。
ディアマンの持つ魔鉱の棍棒は、破壊力に特化した武器。一振りすれば大地を砕く優れ物であった。
アンバーはこの魔鉱の棍棒を、インペラートルの防壁破りに利用できないかと欲し、戦場跡地から拾って来た。そのついでに、その場に打ち捨てられていた使い手も拾った次第だ。
「さぁ、復讐の時は来ました! 存分にその棍棒を振るうと宜しいッ!」
クレーターの上で両腕を広げ、天を仰ぐアンバー。
「く、アンバー貴様ァ!」
マルスが叫ぶと同時に動く陰が二つ。
一つは言わずもがなディアマン。マルスに真正面から跳び込んでいく。
マルスは辛うじて避けるが、衝撃の強さに吹き飛ばされてしまう。
もう一つは、見物を決め込んでいたアンバーの後ろから、――アンバーを両断した。
「いぎぁ――ッ!」
分身体を両断されたアンバーが悲鳴をあげた。
「ふん、相変わらず腐った奴だな、ジャック」
「お、お前はッ!」
本来、分身を斬られたところで本体に痛みは感じない、それ故に今まで分身を多様してこれた。しかし、両断された分身から本体へ痛みが流れた。それは、迂闊に分身を創り出す訳にはいかなくなったということ。両断した者の能力であろう。
その者、帝国が誇る大英雄、勇者マーズであった。
「ば、馬鹿なッ! 何故私に痛みが流れるのですか!? 何故貴方がこの場に現われるのですかッ!」
「お前が本体か。ジュピターは全て見通している。貴様が愚劣な方法で攻めてくることも見通していた。残念だが、貴様等の企みも知っているぞ」
「は、はぁ、なんの話でしょう? 私には何が何やら、ジュピター皇帝が何を知っていると言うのです?」
「フロリオ砦を真っ先に取り込んだことが確信に繋がった。お前達がアレの所在に気づいていたのは驚きだがなッ!」
アンバーの分身を次々に切り倒していくマーズ。斬られる痛みは全て本体へと流しながら。
アンバーは堪らずに残っていた分身を消し、保身に掛かる。このままではショック死すら有り得るからだ。しかし、それはマーズ相手にサシでの勝負を挑むことになる。
いくらアンバーがマーズと同じ勇者であろうと、ゼウスが直接召喚したマーズの資質には敵わない。
レベル差も相成ってアンバーに勝ち目は無かった。
「ぐぅ、何とも邪魔な勇者様ですね貴方はッ!」
アンバーが影へと潜り込む。嘗てマルスに行ったように影から攻撃を仕掛ける積もりだ。だが、マーズは自らの影に大剣アッティラソードを突き刺すと、「ぎゃぁー」と何処からともなく叫び声が聞こえてきた。
堪らず影から飛び出したアンバーの肩から止めども無く血が流れ出ている。
「クッ、どうして影への攻撃が出来るのです! あれは特殊な魔術が必要なのですよッ!」
「ふん、魔術など魔法の前では無力だ。俺を前に魔術で挑もうなどと悪手だぞ」
「ぐぬぅ、では魔法で勝負するとしましょうかッ!『闇神よ、世界を覆えッ!』」
アンバーが信仰対象たる闇神ベルベヌルに簡単な祈りを捧げ魔法を行使する。
アンバーを中心に闇が広がる。辺り一面を闇で覆い尽くし、全ての気配を消してしまう。
「クフフフッ、この闇の中では如何な勇者とて無力! この闇はですねぇ、内包するモノの力を霧散させ、視覚はおろか五感の全てを鈍らせ、魔法の効力すら鈍らせる私の切り札ッ! この声すら届いてはいないでしょうッ!」
アンバーがマーズに向かってアサシンダガーを突き刺す。しかしそれは、キィーンと甲高い音を立てて防がれてしまう。マーズがアッティラソードの腹で受け止めたのだ。
「なっ、馬鹿なッ! この闇の中で見えている筈がありませんッ!」
「そう思っているのはお前だけだぞ。俺にはお前の姿がよく見える」
「そ、そんなッ、何故ッ!」
「お前の魔法は薄っぺらいッ!」
マーズが大剣を大きく振り被る。
対し、アンバーは全てを諦め逃げに転じる。
「逃がすと思ったか。『軍神よ、裁けッ!』」
アッティラソードが降り抜かれる。
次の瞬間、距離の離れている筈のアンバーの身体が真っ二つに分かれた。
薄れていく闇の中で、醜い声で悲鳴が響き渡った。
同時に、全ての人形達が動きを止め、その場に倒れ込んだ。
今まさに、倒れたマルスに棍棒を振り下ろそうとしていたディアマンも例外ではなかった。




