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何もしてないのに神になった俺! ……何でだ?  作者: やまと
ヴァンチトーレ帝国の脅威
43/66

乱心する黒騎士

 時は少々遡り、エナスと黒騎士の追い掛けっこの時間。


「ちぃ、獣の素早さを得る俺より速く動き回るとは、貴様も相当なスキルを備えた魔道具を所持しているな!」

「さてどうかな?貴殿が軟弱なだけかも知れないぞ」

「ほざけ!」


 エナスの指摘に挑発で返すジャック。エナスが跳び付く様に接近するが、そこには既にジャックの姿がなくなっている。

 間を置かずに飛び退くとその場にジャックの一薙ぎが横切っていく。


「ちぃ、埒が明かないな。やはりこれを使わせてもらうか!」


 そう言って動きを止めたエナスが袋から取り出したのは幾つもの黒い球体だった。

 それはビー玉位の大きさの球で、黒色は光の全てを吸収しているかのように立体感がなく、まるで空間に空いた穴の様に見える。


「何だそれは?特にマナも感じられない只の球に見えるが、この期に及んで取り出したのだ、只の球ではないのだろう?」

「当たり前だ!コイツも隣人が作った代物でな。『とても危険、注意されたし』と注意書きがされていた程の兵器よ!こんな見た目でも侮っていては死ぬことになるぞ、ジャック!」


 この黒球の正体は“ナパーム弾”である。

 球の内部には大量のゼリー状のゲル化した燃料が内包されている。

 手元から離れ、あるキーワードを唱えると球の外殻が割れ、中身が勢い良く飛び出し引火、一斉に大炎上するという代物だ。

 その特性は、水では消せない粘着く炎と、大量の酸素を使って燃焼する為に離れていても酸欠に陥ると言うものだ。


「出来れば使いたくはなかったが、致し方なし!————うおおおぉ、それぇぃ喰らえぃ!」


 エナスが黒球ナパーム弾をジャック目掛け、広範囲に行き渡る様に撒き散らしす。

 当然、投げただけではダメージにならない。ジャックは黒く分厚い鎧に護られ、球が中ったくらいでは意味がない。


「『キリエ・エレイソン(主よ、憐れめよ)』!」


 エナスが決められたキーワードを唱えた。途端に黒球の外殻が弾け、内包されていた燃料が姿を見せる。

 黒球の中で待機していたそれは、今か今かと待ち望んでいた解放の瞬間に、溢れんばかりの歓喜と共に放出される。

 解き放たれた燃料は圧し込められていた鬱憤を晴らすように盛大に飛び出し、同時に炎を身に纏い赤く輝くカーテンを一面に広げていった。

 エナスの前方で炎が乱舞する。予想を超える炎の勢いだ。


 エナスは酸欠を防ぐ為、黒球よりも若干大きな白球を取り出し口に含んだ。これは本来は水中用の酸素ボンベだが、酸欠を防ぐ為に使用した。

 酸素を確保したエナスは、ジャックの姿を探す。炎のカーテンの中、蠢く陰が僅かに見えた。ジャックだ。


 元々、このナパーム弾はフヅキが撤退の際に敵の脚を止める為に製作したものであり、人に向けて使用するようには作っていない。

 それ故に威力は凶悪、範囲は広大、並みの魔術では消火出来ず巻き込まれれば死が確約される。 

 そんな狂気の兵器とも呼べる炎の中にジャックの姿。

 ナパーム弾の温度は、900~1300度にもなる高温だ。流石に鎧を溶かす事は出来ないが、中の人物が無事である筈がなかった。


「か、勝った……。勝ったぞ皆!仇を討ったぞぉ————」


 長年追い求めていた仇を討った事に歓喜するエナス。逆に慌てたのはジャックの部下達だ。


「た、隊長!————水、水魔術を放って火を消すんだぁ————!くっ、何だ?上手く動けないぞ」


 ジャックを救出するべき兵士たちが酸欠の為に次々に倒れ伏せていく。辛うじて無事な距離を取っていた者達で水の魔術を放ち炎を消そうとする。


「……だ、駄目だ!かえって勢いが増しているぞ!」

「魔術じゃ駄目だ!誰か、魔法師を呼んで来い!」


 ナパーム弾による火は水では消火できない。何故ならナパーム弾の原料が増粘剤であるナパーム剤と、ナフサと呼ばれる直留ガソリンから成る物だからだ。

 これを消すには界面活性剤入りの水を使うか、油火災用消火器が必要だ。若しくは完全に酸素を遮断する方法もある。そう考えると、使うのは水魔術ではなく地魔術が正解だろう。


「今から呼んでも間に合わん!土だ!土で火を埋めるんだ!」


 漸く土魔術にようる消火作業が行われる。

 次々に大地が抉られ、上空へ舞い上がり、炎の上から降り注いでいく。

 ジャックをも巻き込むが、こればかりは致し方ない。


 暫くの間、土を巻き上げては降らせる行為を続けられた。

 しかし、この好機を見逃す帝国兵ではない。

 サエビジアとアンバーの相手をするティデス以外のイナンナ・ナイツが一斉にブラックナイツを襲う。


「くそぉ、邪魔をするんじゃない!隊長を助けるんだ!」

「一班から三班は迎撃に向かえ!他の者はそのまま消火を続けろ!」

「「「おおおおぉぉ!」」」


 胸に不安を抱えるブラックナイツと、好機とばかりに勢いづくイナンナ・ナイツでは後者が圧倒的に勢いが有り士気も高い。

 次々に倒れるブラックナイツ達だったが、待ち望んでいた瞬間が訪れた。


「よっし!もう十分だろう、消火出来たぞ!隊長を探せっ、掘り起こせぇ!」

「急げ急げ!このままじゃ土葬になっちまうぞ!」

「縁起でもない事言うんじゃねぇよ!燃えてんだから火葬じゃねぇのかっ!」

「だぁー、どっちでもいいわぁ————」


 まだ完全には消火されていない、火があちこちで燻っている中でブラックナイツの面々が土を掘り返していく。

 熱くない筈はなく、手に火傷を負いながらも素手で掘り起こしていく。剣をシャベル替わりには出来ない。それはジャックを傷つけてしまうからだ。

 だが、それでも、一刻も早く掘り起こそうと手を止める者は一人も居なかった。


「居たぞっ!ここだ!手を貸してくれっ!」


 こうなると、迎撃班の勢いも増して来る。面白いように倒せていたブラックナイツが途端に粘り強く、そしてバフでも掛かったかの様に勢いを増して来る。


「ちっ、何だコイツ等はっ、急に強くなったぞ!」

「構うな!押せ押せぇ————!この機を逃すなぁ————!」


 泥沼と化した戦場の一角で、漸く全身を地中から掘り起こされたジャックが姿を現した。

 元々が黒で染められた全身鎧は、煤を全身に帯び光沢のない黒へと変貌していた。


「誰か!回復魔術をぉ、急げ!」


 ピクリとも動かないジャックに部下達が駆け寄り回復魔術を掛けていく。


「させるかっ!」


 エナスが阻止するべき駈け出した時の事だ。


 ————コロセ、コロセ、コロセ!


 何処からともなくドスの効いた声が聞こえてくる。

 その声を聴いたエナスが動きを止めジャックの周りの者達に視線を向ける。

 奴等には聞こえていないのか?と、疑う。誰一人危ぶむ者はおらず、今も懸命にジャックに魔術を施している。

 気のせいか?と考えたところで再び声が聞こえた。


 ————ジャマナアノオトコヲコロセ!


 !!!


 ————アノオトコヲコロセ! ————ジャマナアイツヲコロセ! ————コロセ、コロセ、コロセェ————!


 エナスは周りを見渡すが誰一人として声に反応する者はいない。


 ————チカラヲアタエル

 ————ソノチカラデアノオトコヲコロセ!


 ふと良くない気配を感じ取り、上を見上げるエナス。

 そこには禍々しく邪悪な気配を垂れ流す黒く歪な塊が浮かんでいた。

 その塊は、幾つもの獣の様な顔が浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶを繰り返している。


「な、何だアレは!」


 その塊が凄まじい勢いで降下し、ジャックの胸へと吸い込まれていった。

 ジャックは不気味に脈動するかのように波動を放つ。

 全身鎧には血管の様な、又、神経が全身に行き渡るかの様に気持ちの悪い線が浮き上がっていた。


「た、隊長、どうしたのですか、その姿は?まさか奴の仕業ですかっ!」


 ジャックの近くの一騎士がエナスを憎しみの籠った目で視て言う。

 その騎士の頭の上にジャックの手が乗せられた。


「隊長……?————ぐぁっ、あっ!た、隊長ぉ————!!!」


 ジャックは容赦なく騎士の頭を握り潰した。


「な、何をするのですか!彼は貴方を助けるために————」


 そう声を上げた騎士は両腕を斬り飛ばされ、最後に首をも斬り捨てられた。


「ら、乱心だぁ、隊長が乱心なされたぞぉ!」

「ば、馬鹿野郎!そんな筈ある訳ない。そうでしょう隊ちょ————!」


 その騎士はジャックの放つ炎に一瞬で灰へと変えられた。

 ジャックは敵味方関係なく攻撃を始めた。目に映るもの全てが憎くて堪らない、と言った感じで惨たらしく殺していく。


「貴様ぁ、気でも狂ったかっ!それが貴様を助けるために命を懸けた者に対する仕打ちかっ!」

「……だまれ、貴様も殺してやるから黙っていろ!」

「き、貴様……」


 今までのジャックの気配は無であり、決して感情を表に出さなかった。だが、今、目の前に立つジャックから放たれる気配は憎しみを剝き出しにしている。暗殺王と呼ばれた人物が気配を隠す事もせずに垂れ流しているのだ。


「貴様は本当にジャックなのか?さっきのアレに何をされた!?あの邪悪で禍々しい塊は何だったんだ!」

「黙れと言った筈だ……。貴様から殺されたいのか?」

「な、何だと……!!!」

「皆殺しだ。殺す、殺す、殺す、コロス————!!!」


 隊長の乱心により混乱が広がるブラックナイツは散り散りになり逃げていく中、突如ジャックがエナスの目の前に現れる。

 それなりに距離があった筈だが、刹那の瞬間に間合いを詰められた。


「お前から殺してやろう!」


 ジャックの目にも留まらぬ剣、このまま脳天を斬り裂かれるかとエナスが覚悟した時、エナスの持つ小袋から金色に輝く小さな球が無数に飛び出した。

 その金の球は、球と球を光で結び線と成し、線と線の間を面として結界を瞬時に作り出した。

 結界はエナスをスッポリと覆い護りジャックの剣を弾き返す。

 フヅキが予め仕込んでおいた自動防御の宝玉が作動したのだ。


「な、何だコレは?俺はこんな物が有るとは聞いていないぞ?」

「これは!この力は……、アイツの……あの男の————おおおおおおぉ!!!」


 何かに驚いたジャックが出鱈目に剣を振るう。憎しみの感情が増したようにも感じる攻撃だが、その全てを結界が防ぎきっている。

 弾く、弾く、弾く。それでも構わず剣を振り続けるジャック。その全てを結界が弾く、弾く、弾く!

 時間を忘れ剣を振り続けるジャックの周りに、何時しか無数の闇の槍が出現していた。

 ティデスからの援護射撃、ダークグリファトに由る『ダーク・ジャベリン』だ。

 ジャックを囲う闇の槍が一斉に襲い掛かる。


 しかし、ジャックはその全てを無視。取るに足らない攻撃と見なし、構うことなく結界を攻撃し続ける。


「コイツには痛覚がないのか!」

「いや、攻撃力が足りないのだ!」


 魔馬で駆け寄るティデスにエナスが答える。


「ならば、やれダグト!」


 ティデスがダグトに命を出す。ダグトはそれに応えるように一鳴きして術式を編む。

 放たれた魔術は『ダーク・ランス』。『ダーク・ジャベリン』が複数の槍を創り出すのに対して、これは分散された槍を一つに纏め威力を上げたものだ。

 更にティデス自身も魔術『アース・ランス』を放つ。


 太く長い一本の闇の槍がジャックの顔面を捉える。

 ジャックの足元からは大地の槍が背後から襲う。


 しかし、これもジャックは無視し、結界の破壊に専念している。

 ジャックにはダメージが通っておらず、剣を振るう速度が変わらない。


「なんだと、これでもダメか!ならば直接叩くしかないっ!エナス、少々のダメージは覚悟しろ!」

「構わん、ぶちかませ————!」

「【一刺絶倒】————!」


 ティデスの最大級の攻撃力を誇るユニークスキル。

 『アース・ランス』が通用しない以上【千刺地槍】は効き目がないだろうと判断し、もう一つの攻撃用スキルを使用した。

 極大のマナの柱がエナスを巻き込み一直線にジャックを呑み込んでいく。


「やったか!」

「くっ、いや、まだだ!」


 マナの柱が消えても尚、ジャックは攻撃の手を緩めてはいなかった。当然、エナスも無事である。


「コイツは、何なんだ!攻撃全てが無効化されているのか?」

「いや、只単に防御力が高いんだ。奴の防御を突破出来ていない!」


 それもその筈、今のジャックはテュポーンの欠片を吸収して、曲がりなりにも神の力をその身に宿している。魔術程度では掠り傷一つ負わせることは出来ないだろう。

 現状、ジャックにダメージを負わせたいのであれば、上位に位置する神を経由した魔法が必要になる。


 そもそも、ジャックとは暗殺王であるアンバーが操っている只の鎧、中身は無い、空洞なのだ。

 生き物でさえない鎧に欠片は乗り移ったと言う事だ。欠片にとって不純物が少なく、謂わばこの黒騎士はテュポーンの欠片をそのまま具現化した様な物に出来上がっており、人の手に余る存在になっていた。


「エナス、さっきの炎をもう一度出来ないのか?」

「さっきので打ち止めだ。それにあの塊を吸収する前でも原型を留めていた奴に今更効きはしない」

「塊だと?」


 たかだか1300度程度では今のジャックには何の痛痒も与えられない。神能が使えれば話は別だが、彼等に神能が使える筈もない。


「ちっ、潮時かっ」

「ティデス、仲間を一ヶ所に集めておけ!拠点まで転移で退くぞ!」

「転移だと!魔道具でも持っているのか?国宝級のお宝だぞ!」

「一度きりだがな。それより早くしろ!機会は一度きりだぞ!」

「よし、分かった!後で事情を説明してもらおう」


 ティデスが仲間を集めに離れていく。その間もジャックが結界を攻撃しているが、結界は無事である。

 が、ふとした弾みで剣が金の宝玉に降れた。


 ————パキィーン


 甲高い音を立て一つの宝玉が砕けっ散った。

 並大抵の衝撃では壊れない金の宝玉だが、今のジャックにとっては触れただけでも壊れてしまう脆いものだった。

 砕けたことで線が一つ減り、角を失ったことで内部の領域が狭まった。


「な、何だと!この球は壊れると内部が狭まるのか!……いや、完全に破壊されないだけマシか」


 ほっ、とするのも束の間、ジャックもバカではなかった。面を攻撃するのを止め、宝玉の破壊にシフトしたのだ。

 一つ、また一つと砕かれてゆく宝玉。比例してエナスを護る領域が狭まっていく。


「くっ、急げティデス!間に合わなくなるぞ」

「よし、一ヶ所に集まったぞ!次はどうする?」

「そちらに行く!一瞬でいい、奴の動きを止めてくれ!その隙にそちらに移動する」

「分かった!任せるといい」


 次々に砕け散る宝玉。既に結界はエナスを包む程の面積を持たず、全面のみに展開するに留まっている。

 完全に結界が砕かれる前に転移して逃れなければ全滅すら有り得る状況。

 エナスは一目散に駆け出し、仲間の元へと急いだ。

 エナスを援護するように生き残ったイナンナ・ナイツが魔術を放っているが、ジャックは結界を壊す事に夢中になり魔術の事など眼中になかった。

 これなら援護射撃は必要なかったか?とエナスは思うも足は止めない。

 エナスが仲間と合流し転移の杖を袋から取り出し透かさず内包した術式を開放する。と、同時にエナスとイナンナ・ナイツを光のカーテンが包み込み、一瞬にしてその場から消え去った。


 ジャックは結界を攻撃の手を緩めていなかった。この場に既に敵は居ないというのに……。


「があぁぁぁ!あの男の力は全て滅ぼす————、殺す!殺す!コーロース————!!!」


 ————パキィーン!


 残りの宝玉が二つとなり、結界を維持できなくなる。

 存在するのは、光の線で繋がる二つの宝玉のみ。

 それでもジャックは手を止める事無く剣を振り続ける。


 ————パキィーン!


 最後の一つが虚しく宙に浮かぶ。

 ジャックはそれに噛みつく様に口に銜え、


 ————パキィーン!


 全ての宝玉が砕かれた。

 そう、嚙み砕いたのだ。全身鎧であり、口など存在しない筈の鎧が変形していた。

 ジャックの被る兜には、鋭く開く口が形成され、その口から声が紡ぎ出される。


「フフフフフフッ、ハッハハハハッ————————————!!!」


 その場には、一人高らかに笑うジャックだけがポツンと立っていた。

 コダユーリオンの兵も、ヴァンチトーレの敵兵も一人も居ない。

 ブラックナイツの面々は全てアルカーヌムに避難済みなのだ。

 ジャックは構わず喋り出す。


「奴の痕跡全てを消し去ってやる————!手始めに奴等か!」


 一人吠えるジャックは、そのままあらぬ方向へと向かって走り出したのだった。



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