黒騎士の……
「漸く見つけたぞ、暗殺王ジャック!今度こそその首を刎ね飛ばしてくれる!」
「お前は……、インペラートルの、いや、ヴァンチトーレのエナス・ダ・イボコミス!まさか貴様が来ようとはな」
アルカーヌムの城門前に隊列を組む黒騎士団、それらを包囲するようにイナンナ・ナイツが弧を描いて取り囲む。
ブラックナイツは警戒し、死角が生まれないよう立ち位置を微妙に変えていく。
エナス同様に黒騎士の方も相手の事を記憶している様で一目で言い当てていた。
彼にとっては獲物の一人でしかないエナスを、当時はまだ10歳の子供、印象の薄いガキの事を黒騎士はハッキリと覚えていた。
何故あんな成人すらしていない子供を見逃してやったのか?
子供を手に掛ける事など何とも思っていない男が、エナスだけは見逃していた。それは、只の気まぐれだったのかもしれない。
只単に子供過ぎて目に入らなかったのか?将又、将来の良き獲物として敢て見逃したのか?当の本人である黒騎士もハッキリとした答えを出せないでいた。
睨み合う二人の前へ、イナンナ・ナイツが長ティデスが一歩踏み出し声を上げる。
「貴公が暗殺王ジャックか!?」
黒騎士は答えない。只直立して立っているだけだ。
ティデスは返事なく佇む黒騎士を本人と定め話を続ける。
「貴公の我が国での狼藉は許し難く、どの様な謝辞も受け入れられぬ!よって、この場で貴公の処刑を執行する事を宣言する。罪人を庇う者、また異を唱える者も同罪としこの場で斬り伏せる!」
ティデスの上からの物言いに頭にきたのか、サエビジアとアンバーが一歩前へと出る。
「貴様ぁ、我らが国土へ土足で踏み込んでおきながら何だその態度は!閣下が貴様等に何をしたのか知らんが、世迷言は他所で言えぃ!」
声を張り上げ捲くし立てるサエビジア。とは対照的なアンバーが笑いながら声を上げる。
「キヒヒヒッ、お宅等は隣の王子を追って来たんじゃないのかい?スクディア殿下はもうあんなに遠くへと行ってしまわれたよ」
視ればスクディアは北上し、弧を描きながら自国の領土へと向かって遠退いていた。
「ふん、あんな者は直ぐに殺れる。だが、貴公はそうもいかんだろう。国に引き込まれれば厄介だからな。まさか、暗殺王と言われるだけあり陰でコソコソと隠れながらしか戦えない訳ではなかろうな!?」
黒騎士は黙して語らず、代わりにサエビジアが怒鳴り散らす。
「はぁん、随分と大勢を連れて来たようだが、貴様こそ大勢の中に隠れていなければ戦えぬか?」
「はぁ、貴様の大将と一緒にするな」
一歩前へ出ようとしたティデスを押さえてエナスが前へと出て、小声でティデスへと囁きかける。
「奴は俺が殺る。お前達は他の雑魚共を頼む」
「……、奴は強いぞ。大丈夫なのか?王国で腑抜けてはいまいな」
「ふん、大丈夫だ。俺はそれなりに場数を踏んでいる」
「良かろう。奴はお前に任せる。雑魚共は任せろ」
エナスは歩を進め前へと出る。
「貴様に殺された仲間達の仇、今、ここで、討たせてもらうぞ!我が師の剣を存分に、その身に刻れ!」
駈け出すエナス、迎え撃つサエビジアとアンバーだったが、ティデスが飛び出し彼等を抑える。
エナスはフヅキから貰った掌サイズの袋から一振りの剣を取り出す。
何の変哲の無い飾り気のない素朴で名もない剣。だが、この剣にはスキルが宿っていた。
それは、ユニークスキルに匹敵する、破格とも言える二つのスキルだった。
【獅子奮迅】、フヅキがマルスの持つ宝剣サングリエの能力を見て模倣したもの。戦いの際、前進する意思が有る限り、獅子の如き突進力と強靭な肉体、獣の持つ機敏さを使い手に与えるスキル。
【堅塞固塁】、使い手の防御力を爆上げするスキルである。このスキルの前では、攻城兵器並みの破壊力が無くては使い手にダメージを負わす事が出来ない。
驚くべきことに、この何の飾り気のない名もない剣は宝剣と同程度の性能を持っていると言えた。
コダユーリオンは魔道具造りが得意な国である。それは、魔鉱の取れる鉱山を幾つも持ち、高純度の質の良い魔鉱が豊富であるが為だ。故にこの国は、兵器の類も多く隠し持っている。
そんなコダユーリオンですらこれ程のスキルを備えた魔道具は国宝クラスの数種だけしかない。
エナスの言う通り、フヅキは国宝製造機と化していると言えるだろう。
エナスはこの剣を抜いた瞬間からスキルが発動し、内心呆れと同時に恐れを感じていた。
フヅキがインペラートルより先にコダユーリオンへ行かずに本当に良かったと冷汗をかく。もし、この製造技術がコダユーリオンへ渡れば、一国で帝国と渡り合える力を得る事になるだろうと考えたからだ。
サエビジアとアンバーがティデスに抑えられ、残る騎士達も一斉に動き出した。
ブラックナイツの面々もそれに応える様に動き出しアルカーヌムの周囲で戦闘が始まった。
「ジャック、これで邪魔者は居なくなったな。貴様と一騎討が出来る。剣を抜けぇ暗殺王!」
「やれやれ、あの時見逃してやったと言うのに恩を仇で返すとはこのことか?」
剣を抜いた黒騎士にエナスの剣が振り下ろされる。
金属同士が打ち合わされるキーンと甲高い音が響き渡る。
「何が恩だ!貴様は只単に面倒臭かっただけだろうがっ!」
鍔迫り合いから力任せに黒騎士を跳ね飛ばす。
全身鎧を着こむ黒騎士を、軽々と跳ね飛ばせたのは【獅子奮迅】のスキルの恩恵だろう。
「ほう、随分と成長したようだな、見違えたぞ。あの時の騎士達を貴殿は既に超えている。恨みがそこまでの成長を促したのか?」
「黙れぇ、貴様が彼等の事を口にするなぁ!」
エナスの猛攻、剣を縦横無尽に振り回し、同時に自身を上下左右に揺らしながら攻め立てる。
「惜しむらくは、短絡的な、その剣筋か!?力も速度も申し分なし、が、剣術そのものが未熟だ!」
黒騎士の剣は滑らかな動きをしていた。この時点での剣術の技量は黒騎士に軍配が上がったと言えるだろう。黒騎士はエナスの猛攻をいとも容易くいなしていく。
「イボコミス殿、柔なき剣に勝利はないぞ」
【獅子奮迅】の影響でエナスの力も速度も可成り上昇しているが、残念ながら剣技が上達する訳ではない。無茶な動きも可能となるが、元の技術力が上がる訳ではないのだ。その為、エナスの剣技は速度に物を言わせた力任せのモノになっていた。
「おおぉぉぉ、黙れぇジャックぅー!これしきで終わりではないぞぉ!」
「そうこなくては話にならん。そろそろ本気を出したらどうだ?」
「うおぉぉぉぉぉ!」
止まることのないエナスの斬撃だが、黒騎士は最初に跳ね飛ばされた場所から一歩たりとも動いてはいなかった。
「そろそろ俺も動くぞ、ほら、確りと受け止めろ!」
スキルの恩恵を受けているエナスをも上回る速度で剣を打ち出す黒騎士。
エナスは【堅塞固塁】の強度を頼りに、打たせるままに黒騎士の攻撃をその逞しい肉体で受け止めた。
お互いの剣が互いの身体に当たる。……が、双方共にノーダメージ、構わず一心不乱に剣を打ち出し続けていく。エナスはスキルが、黒騎士は全身鎧が全ての攻撃を無効化しているのだ。
黒騎士、いや、ジャックは、エナスが10歳の時に既に成人していた、アレから数十年の時が経ち既に老人と言える年齢の筈だ。だが、その動きは若々しく淀みが無く、流れる流水の如き動きでエナスを翻弄する。
されどエナスとて負けてはいない。
既に50近い年齢だが、その身体からは生気が漲り、活力に溢れ、自在に肉体を動かしていた。
「ぬ、ダメージが通らんとは!貴様の鎧は相当な魔道具と言う事か!」
「そちらも只の剣ではなかろう。まさか護りのスキルが付いていようとはな」
本来、剣とは攻撃の為の道具である。故に内包するのは攻撃に直結するスキルが主だ。が、エナスの扱う剣はその限りではなく護りのスキルが備わっている。
そのことを見抜いたジャックは即座に剣から魔術にシフトした。
「これはどうだ!『フレイムランス』!」
ジャックの放つ炎の槍は至近距離からエナスを捉える。
体を貫こうと炎の槍がエナスの腹部に食い込む。が、エナスが「ふんっ!」と気合を入れると同時に炎の槍は霧散するように消えて行った。
「ぬ、魔術すらも防ぎ切るのか。一体どれ程のスキルが備わっている?」
「はははっ、俺の隣人は魔道具造りの天才のようでな、俺にもどれ程のモノなのか分からん」
「ちっ、これならどうだ?『アシッド・レイン』!」
ジャックはその場から大きく飛び退きざまに魔術を放つ。
エナスの頭上から酸の雨が降り注ぐ。
「はぁぁぁ————!!!」
気合一閃、ビタビタに酸の雨に濡れたエナスの身体から酸の雫が飛び散る。
「ちっ、これもダメか!出鱈目なスキルだな」
「俺も驚いている。只一振りの剣でこれ程の強化がされるとはな。だが、貴様を殺るにはこれだけのスキルが必要だ。遠慮なく使わせてもらう!」
「俺も本気を出さなくてはならないと言う事か……」
エナスがジャックの脳天目掛け大振りに剣を振り上げる。そのまま力任せに振り下ろされた剣はジャックの脳天ではなく、また、剣や鎧で受け止められた訳でもなく、勢いそのままに大地に突き刺さることとなった。
突然のジャックの消失。エナスの眼にはジャックの動きを追う事が出来ず、まるで煙の様に消えてしまったかに見えた。
しかし、ジャックはエナスの真横に居た。自らの気配を完全に断ち、認識されるより速く移動し真横まで移動していたのだ。これは、暗殺者として長年気配を殺し続けた彼が身につけた完全なる気殺の技術。故にジャックには【気殺歩法】なるスキルが発現していた。
ジャックはエナスの振り下ろした剣を握る腕を力強く斬りつけた。
その攻撃は今までのモノとは明らかに違い、速く鋭くエナスの腕を痛打した。エナスに傷を負わせる事は出来なかったが、確かなダメージを与える事が出来たようで「ぐっ」と呻き声を上げさせる。
エナスは剣を取り落とす事はなかったが、斬りつけられた腕に痺れを感じて慌てて飛び退くと同時に剣を遠心力を利用するように振り回す。
ジャックに中てる事は出来なかったが、牽制にはなったようで追撃を免れることが出来た。
「ちぃ、ちょこまかと五月蠅いっ!」
「貴殿がドン臭いだけではないのか?」
こうしてエナスとジャックの壮絶な鬼ごっこが幕を開けたのだった。
一方、サエビジアとアンバーだが、此方もイナンナ・ナイツとの鬼ごっこが行われていた。
「貴様等、仕掛けておいてやる気が有るのかぁ!ちょこまかと逃げおって、我等がそれ程に怖いのか!」
「キヒヒヒッ、これは帝国兵と言えども手応えのない。まさか逃げるだけが能ではないでしょうに?」
追っては逃げられる相手を挑発するサエビジアとアンバー、二人に対してティデスは逆に挑発を仕返す。
「逃げる?違うな、貴様等が遅すぎて遊んでいるだけだ。いやはや、まさか魔道具の名産地であるコダユーリオンの騎士達が、ここまで遅いとは……、思わなかったぞ」
「な————、何だとコノヤロー!貴様等相手に魔道具を使うのが勿体ないだけだっ!」
「フヒョヒョ、相変わらずサエビジア殿は挑発に弱いですなぁ。少しは耐性を付けられると宜しい」
「なっ、貴様まで言うか!」
キヒキヒと笑うアンバーに対し、サエビジアは顔を真っ赤にしてガーガーと怒り散らす。
言い争いを始めた二人の隙を突き、ティデスが攻める。魔馬であるブラックグリファトに由る闇の魔術を二人目掛けて放ったのだ。
魔術の名は『ダーク・ジャベリン』と言う。
標的である二人を中心とした全方位空間に、闇を凝縮させ創られた槍を出現させ一斉に襲わせる。対人用の魔術としては高い殺傷力を持つ魔術である。
似たような魔術に『アース・ジャベリン』がある。これは大地を原料にして槍を創り出す魔術だ。
この二つの魔術は、込められたマナにより槍の強度と数が変わってくる。そして、闇属性のダークグリファトにとっては闇の魔術は扱いやすく、極自然に扱えるものだ。
「仲間割れとは随分と余裕だな、そのまま死ね!」
魔馬の高純度のマナと熟練された術式展開により、鋼を上回る強度を持つ夥しい数の槍が誕生した。
その槍が時を置かずして一斉に二人の騎士に襲い掛かる!
「ぬぉおぉぉ————!」
「ふひょひょひょー!」
慌てて回避しようと行動を起こすサエビジアとアンバーだが、もう遅い!
全方位から迫る槍は躱しようがなく、防ぐ他術がない。
闇の槍が着弾するまでの僅かな時間に、アンバーが魔力障壁を展開させる。障壁は二人を包み込むように生成され、闇と衝突する。
激しい爆発が起こり、巻き上がる砂ぼこりと闇の霧が視界を覆い隠す。
「やったか!?いや、『アース・ジャベリン』!」
視界は未だ晴れないが、念には念を入れ大地の槍を造り二人が立つ足元から襲う。
大地の槍はアンバーが作り出した障壁の内側に生成された。障壁が地中にまで及んでいなかった故に可能な芸当だ。
周りでは他の騎士達が駆け回り、コダユーリオンの兵とやり合っている。その為に更なる追撃は難しい。
ティデスは槍を構え、視界が晴れるのを待った。
「ゴホッゴホッ、ちっ、やってくれる!」
驚くことに二人は無傷だった。どうやって防いだのかは不明だ。
「キヒヒヒッ、今度は此方の番ですねぇ、『エフェクト・アビリティオール』!」
「!!!」
アンバーが使ったエフェクト魔術は、武具の全能力値を上昇させる効果を持つ高難度の魔術。
普通の魔術師が行う強化は肉体に作用するものだ。それも、一度に上昇させられる能力は筋力や肉体強度と言った一種類だけだ。『パワー』で筋力強化、『バウンシング』で細かな跳躍持続力を、『アクセラレート』で速力を強化できる。
無茶な強化を行えば反動で死に至ることもある。
しかし、アンバーが行ったのは武具に施す強化、デメリットである反動がないのだ。更に『アビリティオール』は一度に全能力を上げることの出来る為に隙も少ない。
「ちぃ、無傷だと言う事にも驚きだが、支援魔術師が居ようとはなっ!」
支援魔術師とは支援特化のエキスパートだ。
彼等は戦闘能力自体が乏しい者が多く、それでいて居たら居たで厄介な存在の為に戦場では真っ先に狙われる。その為に誰も専属でやりたがらず、数が少ない珍しい存在なのだ。
回復魔術師の方が狙われそうなものだが、そうではない。何故なら瞬時に回復を施す程高度な回復魔術を使える者は稀で、そうでない者は前線などには出てこないからだ。後方支援に徹している。
軍としても、回復魔術師が殺られると士気が下がるため前線などには出さない。
逆に支援魔術師は前線でこそ意味のある存在だ。効率よく魔術を使う為に必ず前線に出てくる。それ故に一番に狙われるのだ。
「エフェクトとは厄介な魔術を使う」
「キヒヒヒッ、さあサエビジア殿、出番ですよ。存分に暴れると宜しい『アクセラレート』」
「応よ!帝国兵など、全員、須らく叩き斬ってくっれるわぁ!」
アンバーに施された魔術により速力を強化され、勢い良く飛び出すし巨大な戦斧を振り回すサエビジア。戦斧は魔道具の類の様で、振るう度に風の刃を産み出している。
ティデスは風の刃を丁寧に躱しながらサエビジアへと接近し、手に持つ槍で攻撃を仕掛けていく。
サエビジアの持つ戦斧は左右両方に刃を持ち幅が広く、それだけで盾の様に扱う事もできた。
サエビジアは斧の腹でティデスの放つ槍の穂先は悉く防いでいった。
「ふん、漸く追い掛けっこは終いにしたのか?逃げる事しか出来ない腑抜けなのだと思ったぞ!」
「わざわざ貴様等に労力を割くのは勿体ないと思ってな。しかし、そうも言ってられないようだ。【千刺地槍】!」
このままでは埒が明かないと判断したティデスは、強力なスキル【千刺地槍】を放つ。これは槍にマナを纏わせ、無数に刺突を放つスキル。しかし、それだけではない。無論スキルとしての特性を持っている。
一瞬で無数に放たれる槍に由る刺突、サエビジアの視界には、一面を埋め尽くす槍の穂先が見て取れたことだろう。
更に穂先から放たれるマナ。マナは弾丸と化して真直ぐに飛んでいき地面に当たり波紋を残し地中に吸収されていく。
必死で避けきったサエビジアが調子よく吠える。
「はあぁ、何処を狙っている!ヴァンチトーレの英雄と言えどこの程度かっ!所詮は猿山の猿だったかぁ?」
調子に乗ったサエビジアが一歩前へと踏み出す。すると、踏み込んだ足元からマナの高まりを感じ取る。
高まったマナは突如として地面から迫り出す大地の槍となって彼を襲う。
「ぬおぉー」
慌てて避けるが間に合わない。
【千刺地槍】————、無数に放つ刺突からマナを放ち、放たれたマナは地面へと吸収され時間差を以て『アース・ジャベリン』を発動させる。
ティデスが発案し完成させた彼のユニークスキルである。
「ぐぬぅ、これしきぃ、このヤローがぁー!」
串刺しになることは避けれたサエビジアだったが、大地の槍に雁字搦めにされて身動きが取れなくなっていた。必死に藻掻くが、大地の槍はビクともしない。
そこへ、
「終わりだ、【一刺絶倒】!」
続け様に次の一手を放つティデス。
「お、おい、待て、まてぇー!」
先の【千刺地槍】と違い、此方はたったの一刺し。が、その一刺しは凄まじく、如何なる護りも突き抜ける絶対の威力を誇るものだった。
放たれた刺突は、マナが柱の様に太く質量を持って形成され突き進む。
大地の槍を粉砕しながら標的へと進むマナの柱は、サエビジアを呑み込み更に後方で戦闘を繰り広げている兵士達をも巻き込んで消えていった。
「ふん、身の程を知れ!」
ティデスは吐き捨てる様に言う。
「キヒヒヒッ、私の事を忘れていませんかぁ騎士殿?」
「な、なに!」
「そう易々とは殺らせませんよぉ。キヒヒヒッ」
不意に背後から声を掛けられ振り向くティデス。そこにはサエビジアを担いだアンバーの姿があった。
アンバーは華奢な身体でサエビジアを軽々と肩に背負い、不敵な笑みを浮かべている。
サエビジアは深い傷を負ってはいるが、命に別状はなく、衝撃で気を失っているようだった。
「貴様、どうやって……、いや、その前に何時からそこに居た?」
「さぁ、どうなのでしょう?」
惚けるアンバー。ティデスは苛立ちと同時に戦慄を覚える。
ティデスはサエビジアとの戦闘中も常にアンバーの動向には注意を払っていた。注意が逸れたのは一瞬、スキルを放つほんの一瞬だけだ。それなのに、その一瞬でアンバーはサエビジアを救出し尚且つティデスの背後まで移動したことになる。
「ちっ、端から脅威足り得るのは貴様の方だったか!?」
「キヒヒヒッ、私も少しはやる気を見せましょうかね!このままでは舐められますかれね。では行きますよ。踊れ踊れ、存分に踊れ『パペット・ダンサー』!」
アンバーはサエビジアを放り投げると、大きな杖を前に出し魔術を発動させた。
魔術が発動すると、ぐったりと地面に横たわるサエビジアが微妙に振動したようにティデスには見えた。
『パペット・ダンサー』は、意志のないものを強制的に操る魔術だ。
「貴様、仲間を操るつもりか?だが、意識の無い者にしかその魔術は効果がない筈。ソイツが目を覚ませば効果が切れるぞ!そんな曖昧なもので俺の相手が務まると思うなよっ!」
「キヒヒヒッ、ご心配なく。【強制支配】!……キヒヒヒヒヒヒッ、アハハハハハッ。さぁ、これで彼は目覚める事は有りません。思う存分踊って頂きましょうっ!」
「くっ、貴様、このっ、外道が!邪法を、それも仲間に使うかっ!」
【強制支配】は自身より意志の遥かに弱い者しか支配できない。が、意識を失った者は容易く支配出来てしまう。その為に邪法扱いとされ、多くの国で禁止されている部類のスキルだ。
「勝てば良いのです。さあ、行きなさいサエビジア殿!」
横たわっていたサエビジアの姿が突如消える。
————キィ————ン
瞬間的にティデスの目の前で巨斧を振り下ろす。それを槍で受け止めたティデスは、咄嗟に魔術を放ち弾き飛ばす。
「無茶な動きをさせると後で反動が来るぞっ!」
「構いませんよ?どうせ、使い捨ての只の駒でしかないのですよ、彼は」
「とことん見下げた奴だな!貴様は必ずこの場で仕留めなければならない相手のようだ」
「キヒヒヒッ、それは結構。さあ、サエビジア殿、存分に踊りなさい!」
意識の有った頃とは桁違いの速さで猛攻を仕掛けてくるサエビジア。その全てを槍でいなすティデス。
「彼だけに注意を払っていませんか?」
不意に背後から闇の魔術が放たれる。
「これは『ダーク・ジャベリン』!貴様、仲間を巻き込むことにも躊躇無しかっ!」
『ダーク・ジャベリン』は全方位攻撃の為、当然効果範囲内にサエビジアも居る。
「言ったでしょう。彼は使い捨ての駒なのだと!」
「ふん、やれダグト!」
ダグトとはティデスの駆るグリファトの名前だ。ダグトは闇属性故に闇の攻撃には強い。
一鳴きしたダグトが同じ『ダーク・ジャベリン』を放ちアンバーの魔術を相殺する。その間にティデスはサエビジアに強烈な一撃を入れ吹き飛ばし、距離を取っていた。
「キヒヒヒッ、私も見誤っていたようです。あちらの彼より貴方の方が手強そうだ。サエビジア殿だけでは相手にならないようですね。では、彼にも来て————え!!!」
アンバーがエナスの方をチラリと見ると、その動きを止めた。
「な、何ですかアレは!?」
ティデスも不審に思いエナスの居る方角を見ると、そこには何か良くないモノに浸食されている黒騎士の姿があった。
それはまるで鎧に血液が流れているように、血管にも似た何かが黒騎士の全身を覆っていた。そしてそれは波動の様なものを放ち、波動は脈動しているように何度も放たれている。
「な、何なんです、アレは!来い、来なさい黒騎士ぃ!」
「————!?」
アンバーの態度はおかしかった。いくらイレギュラーな出来事が起きていようと、上官である黒騎士に対して呼び捨てや「来い」などと命令系は有り得ない。
「成程な。俺は勿論の事、エナスさえも騙されていた訳か」
考えられるのは、アンバーが黒騎士より上位の存在であること。下手をすれば黒騎士の存在自体が『パペット・ダンサー』で操作されている。恐らくはアンバーこそがブラックナイツの陰のトップなのだろうとティデスは考えた。
事実、エナスを騙しせたのは、実は過去に会ったジャック自体が操作された存在であったからだ。
操作されているが故に動きに特徴が有り、エナスもその特徴故に黒騎士をジャックと確定付けた。
暗殺王は決して正体を明かさない。故に誰にも見つからずに暗殺をやってのけるのだ。
そう、暗殺王の正体は、黒騎士ではなく彼を操るアンバーの方だったのだ。
そして、勘違いされていた暗殺王……黒騎士は、何かに浸食されアンバーには操作出来なくなっていた。
「そんなことを言っている場合ではないですよ!アレは邪悪な何か、私など足元にも及ばない程の悪の塊。私の『パペット・ダンサー』を打ち消し、上書きする様に黒騎士を支配しています。……キヒッ、アレを操れれば、私は…………」
「正気か?貴様。アレは人の手には負えない、どうにもならん存在。忠告だが、命が惜しくばアレには関わらん事だな。————総員撤退ぃ————、撤退だ————!!!」
ティデスはアンバーに向かって無駄と分かっていながらも忠告しておく。そして、撤退命令を出し、アレの近くに居るエナスを救助するためにダグトを走らせた。




