ミッシーナ海 再び戦禍に……
次々と上陸を果たす帝国兵の数は50万にも届き、ミッシーナ海岸は兵の波が出来上がっていた。
それでも全ての兵が上陸した訳ではなく、続々と押し寄せる船の群れが渋滞を起こし、ミッシーナ海は帝国船で埋め尽くされている有様だ。
ここは総司令部として設置された場所。全兵を纏め上げる総司令、副司令を始め力のある猛者たちが揃っている。
海岸を離れ、広い空き地を確保し仮の拠点を作った帝国兵達は、ガヤガヤと騒がしい中で話し合いが行われている真っ最中だった。
この世界では力ある者は、一人で一騎当千の働きをする。その為、力があれば地位に関係なく発言権が許されている。
だがそれえは、言ってしまえば脳筋共の意見をいちいち聞き入れなければならない、ということ。
そして、脳筋共は更なる強者に意見を委ねたりする。
マーズは辟易とした心境で周りの者達の話を聞かされていた。
「マーズ様、愚かにもディアマンの奴は20万もの兵を勝手に指揮し、イクテュスに攻め入っております。先走った行動をした挙句、下手な行動に出られれば迷惑千万!ここはマーズ様が出向かれ収めた方が良いのではありませんか?」
「マーズ様、此方に10万の敵兵が向かっております。まさか王国はその程度の兵数で我々を抑えられるとでも思っているのでしょうか?身の程を知らしめるべきではないでしょうか」
「マーズ様、北西に敵影を発見!その数10万、動かずに待機しております。こちらから打って出ましょう!私に任して頂ければ、即刻勝利を収めて参りましょう!」
この場に集まる力ある者達は、更なる強者である勇者マーズに全てを委ねている。
マーズは思う、コイツ等は俺が総司令だとでも思っているのか?と。俺は只の一兵士に過ぎないのだと声を大にして言いたい気分だった。
そもそも、総司令官が目の前に居るのに俺に話を振るな。疑問も提案もそっちにしてくれ。
また、ここには居ない団長クラスの顔を思い浮かべて、つくづく上手くやったものだなとも思う。
アポロ曰く、船酔いでだるいからパス。
ディアナ曰く、兄に付き添いたいからパス。
アルテミシア曰く、補給路の警備に忙しいのでパス。
……羨ましい限りだ。
地神騎兵団団長ティデスだけがこの集まりに参加した英雄だ。少々仲間意識が芽生えそうな思いをマーズは抱く。
ティデスは30半ばのオールバックの茶髪に茶色の瞳をしたナイスガイだ。
そもそも仲間なのだが、それ程親しい仲ではなかった。会議で会話を交わすことはあっても、私的な会話は今まで一切なかったほどだ。
マーズは仕方が無く口を開く。
「俺に言わずに総司令官殿の方へ言ってもらえるか。俺はあくまでも只の一兵士に過ぎない」
そこで、当の本人から声が掛けられる。
「何を仰られます?勇者で在られるマーズ殿に仕切って貰えるのなら、兵達も安心できるというもの。ここはマーズ殿にお任せしたく思います」
マーズはイラつく心を鎮める為に瞳を閉じて大きく深呼吸をする。
この総司令官は、マーズに面倒なこと全てを丸投げした形になる。マーズが心穏やかでないのは当たり前だ。
「マーズ殿は私なんかより遥かに優れた人材。貴方が指揮された方が、より良い結果を導くと信じております」
更に追い打ちを掛けマーズに押し付けてくる総司令官。これは責任を取るのが嫌なのだろうとマーズは思う。この男は急遽総司令に任命されただけの能力の乏しい男なのかもしれない。
そこへティデスが口を開く。
「それは陛下の決めた人事に問題があると思っての発言か?貴様は陛下の下した指示に逆らうと言うのだな?」
怒気を込めたティデスの言葉に、総司令官は背中に冷たいもの感じ慌てて言い訳を始める。
「め、滅相もない。私は只、この戦に少しでも有利に働くようにと思い言ったまでです。そのような大それたこと私は考えたことも御座いません————。申し訳ありませんマーズ殿、貴方の苦労も考えずに浅はかな事を言いました!」
「いい、それよりも話を進めよう」
マーズはティデスへ軽く会釈をし、ティデスも返して会釈をしていた。
「では、改めて…………」
と、再開する会議の内容は無いようなものだった。
ディアマンは放置、此方に向かう王国兵は接敵次第迎撃、北西の敵兵は無視する結果となった。つまり、現状維持だ。
マーズなら打って出ただろうと思っている。何故なら我々は英雄級の猛者が数多く居るからだ。
一人の英雄が一師団に匹敵する強さを誇るのは常識、故に英雄には英雄をぶつけなければならない。しかし、王国にはそれ程の英雄が揃ってはいないと聞く。なら早急にこの戦を終結させるためにも英雄級をぶつけて終わらせるのが定石だろう。数の少ない王国はそれだけでで終わる。マーズとティデス、アルテミス、アポロとディアナが出るだけで終わる戦なのだ。更に後にやって来るものもいる。
英雄の数でも兵の数でも帝国が上、尚兵の練度すら相手にならないだろう。それなのに何故マルス王子は帝国に喧嘩を売る様な真似をしたのかマーズには少しも理解できないでいた。
ウェヌス皇女を攫えば帝国との戦は免れない。女一人の為にそこまでする意味が分からず、その為に国が亡びる事を覚悟したマルスの考えがどうにも読めない。
マーズはジュピターに疑問を投げかけたことがある。何故女の為に戦が出来るのかと。
ジュピターは答えた、それが男の性なのだと、そう言い笑っていた。
マルスもジュピターと同じタイプの人間なのだろうか?
使者としてのマルスはマーズから見ても立派な人物だった。とても女に狂う人物ではなかったように思える。
少しは、ほんの少しだけだが分からなくもない部分もある。
マーズにも妻がいる。名をベローナ・グルダンと言う美しい女性だ。マーズとて妻を護る為なら国すら敵に回すことが出来るだろう。
だが、マルスのは意味が違う。皇女は既に婚約していたのだから略奪になる。
もし一緒になる前に、ベローナに他の男の婚約者が居たらマーズは攫ってでも自分のものにしただろうか?……分からない。
ちぃ、と舌打ちが自然となってしまう。
マーズは考えても答えの出ない疑問を放棄し、これからの自分の行動に考えをシフトする。
ディアマンがイクテュスを落とせればよし、無理なようならそれこそ英雄の出番となるだろう。
そのディアマンにはマルスの率いる兵団が向かったと言う。一人の女を取り合う男同士の戦いに少し興味が湧くが所詮は他人事だ。
もし、ディアマンがイクテュスを落とせれば、この溢れかえった兵達を少しは収容できるスペースを確保出来るだろう。イクテュスを拠点にして周りを落として行けば全員が収容可能となる筈だ。
では、自分はどう動くか?いっそのことディアマンと合流してしまおうか?
それともこちらへ向かっていると言う王国兵を討ちに行くか?
いっその事直接王都に攻め込もうか?
ジュピターはこの戦に参戦すると言っていたが姿が見えない、見たと言う兵士もいない。ジュピターの指示を仰ぐことは出来ないのだ。
マーズは考えるのも面倒だと海岸を出るように歩を進める。
マーズの姿が見えなくなって暫く経ってから一人の伝令が慌てて指令室へ入ってきた。
「報告します。北に敵影を確認しました!三㎞先の距離に兵数10万です。指揮官には王国第三兵団団長エペウスと確認出来ました!同時に北西に陣取っていたスクディア率いる第五、第六兵団が動き出しました!」
斥候の報告に総司令官が答える。
「ご苦労、下がって良し」
斥候はそのまま指令室を出て行き総司令官はふぅとため息を吐き指示を出した。
「総員戦闘配置に着かせろ!スクディアの動きに注意を払いつつ出陣する。英雄の皆様を集めておけ。さぁ、いよいよ戦になるぞ、気合を入れろ!」
「「「はッ!!!」」」
慌ただしく動き出し忽ちに陣形が組まれていく。現存する戦力の全てが揃い兵士達の行進が始まった。
「やっと出陣だね。あれ?マーズ君は?」
声を出したのはアポロだ。
アポロは身長が130㎝程の男の子で、金髪のくせ毛に金の瞳と父親の特徴を譲り受けたのだろう。
半袖シャツに短パンとやけにラフな格好の男の子だ。
「居ないね。何処に行ったのかな?」
答えたのはディアナ。
ディアナは身長はアポロより若干低く120㎝、銀のサラサラ髪は長く、金の円らな瞳の女の子である。
コチラも白いワンピースを着ただけのラフな格好をしている。
「もう、勝手だなぁ。一人で行動しちゃ駄目なのにね」
「でも、マーズさんは勇者だから、自由行動が許されてるよお兄ちゃん」
「うん、そうだったね。マーズ君は自由で羨ましいな」
一方、母神騎兵団は遅々として進まない行進に苛立ちを募らせていた。
「ティデス様、我々だけでも先行することは出来ないのでありますか?」
「ああ、総司令官の指示だからな。いっそマーズ殿の様に自由に行動したいものだ」
「その勇者様は何方に……」
「この場には居ないな。恐らく一人で戦地に赴いたのだろう」
「単騎敵陣に挑むとは……、流石であります!」
「ああ、そうだな。我々も負けてはいられないが、先ずは目の前の敵に集中しろ」
そして、海神騎士団のアルテミシアはこの出陣には加わらず、そのまま海上に船を浮かべていた。
「アルテミシア様、我々は参加せずに良いのですか?」
「構わんだろう。此処を放棄する方が問題だ。ん?私は間違っているか?」
「め、滅相も御座いません!」
英雄達は、まるで遊び感覚の者、正義感が強く使命に忠実な者、どこかやる気になれない者とそれぞれの想いを抱いて戦場へと赴く。




