裏切りの裏切り
「ふん、こんなものだろうな」
遠見の魔道具を除き、ボソッと呟くエナス。彼を乗せたグリフォンは、ミッシーナ海の遥か上空をゆったりと旋回していた。
雲より高い高度に位置しミッシーナ海岸での戦いを見物していたエナスだが、一向に助けに向かう素振りも見せずに最後まで観戦しているだけだった。
「へへへっ、エナス様の読み通りになりましたな」
この男はヴァラカス、同じように上空を旋回している。
ヴァラカスの直属の上司はエナスではなくペテスタイである。何故この男がペテスタイではなく、エナスに付き従っているのかは謎だ。
「当たり前だ、あの戦力差で負ける方が難しい。それにしても、あの愚かな国王は実に愉快に作戦を立ててくれたものだ」
愚王と呼ばれたのは、勿論ユピテルのことだ。この男は自国の国王に微塵の敬意も持ってはいなかった。
「へへへっ、内通者が居るとも知らずに呑気なものですなぁ」
ヴァラカスもエナス同様に王を敬ってなどいないようだ。
エナスは帝国と繋がりを持ち、密かに情報をリークしているのだ。ヴァラカスはそのエナスに従って行動している。
「どうします?このまま合流しちゃいますか?」
「いや、グリフォン騎士団と共に行く。まさかグリフォン騎士団如きにアルテミシアが護る補給路を、本気で断てると思っているから愚かだと言うのだ」
「大敗したのにペテスタイは補給を断ちに行くんですか?」
「ああ、行かざるを得ないだろうな。この状況だからこそ補給されては困る、帝国はこれから先、次々と侵攻を進めるだろう。その為の物資は必須である。断たれたところで奪うだけの話ではあるのだがな」
帝国兵は多くの兵を抱え、それに対する必要物資も比例して多くなる。
その補給物資を断たれれば、どうしても動きは鈍り士気は低下する。逆に物資を問題なく受け取れれば余裕が生まれ士気は維持される、また無茶な侵攻も可能となる。
「それにしても、只の先陣部隊すら倒せないとはな。インペラートルとヴァンチトーレとでは、兵の質が明らかに違うな」
「ガハハハッ、確かにそうですな。インペラートルの兵は頭を殺られた時点で敗走を始めましたからな。帝国兵ではそんなことはないでしょう」
「ああ、弱すぎるな我が国の兵力は」
それもその筈、ミッシーナ海に集められたのは、その殆どが一般庶民である。冒険者をはじめ、農夫や鍛冶師、商人や浮浪者まで搔き集めた仮初の兵士たちなのだ。練度が低いのは当たり前の話である。
「そろそろ行くか、ペテスタイが動き出したようだ。気取られぬように後を付けるぞ」
「はっ!」
エナス達は、補給線を断に向かうグリフォン騎士団の後方に付く為に高度を下げ始める。
グリフォン騎士団の見張りにヤーナ副官を付け、魔道具による合図をさせていた為に見誤ることはない。
暫くして、ヤーナと合流を果たしたエナス達は、グリフォン騎士団の後方から一定の距離を保ちつつ後をつけていく。
しばし飛行すると、ヤーナが声を掛けてきた。
「エナス様、もうそろそろグリフォン騎士団が海神騎士団の真上に到着します!」
「分かった。我々はこの辺りで待機する。アルテミシアの邪魔にならぬように高度をあげるぞ」
その場で急上昇するエナスに、ヴァラカスとヤーナは一瞬顔を見合わせ、少し遅れてゆっくりと上昇し始めた。
「ふむ、この辺までで問題ないか。……遅いぞヤーナ、ヴァラカス!」
後に付いてこない二人に怒鳴り声を浴びせ、遥か下で戦闘に入るであろうグリフォン騎士団の方を除き見る。
「エ————ナ————ス————!!!」
雲に隠れて気付かなかったが、エナスの更に上方から一騎のグリフォン騎士が槍を構え急降下してくる。と、同時に放たれる火炎球。海岸で魔術部隊がディアマンに放った火球とは桁違いの大きさだ。
「なっ、貴様はペテスタイ!!!」
慌てて回避行動に移るエナスだが、時すでに遅しと火炎球が着弾する。
「があぁぁぁ————!」
着弾し墜落していくエナスには大した怪我はない、障壁により防いだのだ。しかし、今度はヴァラカスの乗るグリフォンが爪を立てる。
「なっ、き、貴様ぁ————、裏切ったのかヴァラカス!」
何とか体勢を立て直しはしたが、グリフォン同士が爪で交わる。お互いの体に爪を立て離さない様に力を込めている。お互いに動きを封じ合う形になってしまう。
二体のグリフォンから漏れる出る悲鳴と夥しい血液が海面へと落ちていく。その二つは海面に着くころには風により霧散していることだろう。
「裏切ってんのは貴様の方だろうがぁ!俺はなぁー、はなから団長の命で貴様に従ってたんだからな!」
そこへペテスタイの槍の切先がエナスの頭すれすれを掠めていくいく。エナスの頬に一筋の傷が出来る。
「よくやった、ヴァラカス!エナス、貴様の企みはここで潰える!」
「俺は只、勝つ側に付いただけだ!強い方に付いて何が悪い!」
ペテスタイは連続して槍を突き、エナスはそれを剣で弾く、また、雷撃の魔術でエナスを撃てば、障壁と魔道具を用いてこれを防ぐ。
「ヤ、ヤーナ!貴様ぁ何している!俺を助けんか!」
ヤーナは少し離れた場所で戦いの行く末を見守っていた。
「嫌です。私はインペラートルの騎士なんですから!」
「き、貴様もかぁ————!!!」
驚愕の表情を浮かべるエナスに、少ししてやったりとにやけるヤーナ。
ヤーナはエナスが町で拾って来た孤児だった。
ヤーナがまだ幼い頃に、スラムの悪ガキを懲らしめている所にエナスがやって来たのだ。
エナスは使える駒欲しさにヤーナを拾い今まで育ててきた。自分の為だけに動く駒として、手足の如く動かせる副官として教育した。
「ヤーナ、貴様ぁ恩を仇で返すつもりかぁ————!」
「貴方に与えられたものなど何一つありません。貴方は自分自身の為、都合の良い駒を作っていただけではありませんか。私のことを考えたこなんて一度も無いでしょう!」
言い返してやりたいところだが、ペテスタイの猛攻を辛うじて防いでいるエナスには余裕はない。
墜落しそうでしないグリフォンは、ヴァラカスが巧みに操作することで何とか落ちずに済んでいた。
エナスはヤーナの仕置きは一先ず置いてペテスタイに専念する。
「くそがっ、貴様等はどうせヴァンチトーレには勝てない!何故そんな国に仕える必要があるのだ!」
「それは早計だなエナス。俺達が負けると決まった訳ではない!」
「そうです、寧ろだからこそ騎士は国の為に戦うんでしょう!」
ヤーナの言葉に違和感を覚える。
ヤーナはエナスの副官ではあるが、仕官した庶民であって騎士ではない。
「ヤーナ、貴様はいつから騎士になったぁ!お前は只の士官でしかないだろう!」
いくら仕官出来たとしても庶民が何も功績がなく騎士になることは不可能だ。
インペラートルにとって、騎士とは国を護る守護者としての称号なのだから。
「今は違いますよ。私は陛下に貴方の所業を伝える代わりに騎士になったんです!」
見返りが欲しかった訳ではなく、只不正を見逃せなかった故の行為であったが、功績と見なされ、エナスには知られない様に騎士の称号を受勲した。
「ガハハハッ、内通者が居るとも知らずに呑気なものですなぁ、エナス殿ぉ」
「き、貴様等ぁ、ふん、まあ良い。貴様等の敗北に変わりはないわ!ハハハハハッ」
急に笑い出すエナスを訝しがるペテスタイだが、そこにヤーナの声が響く。
「準備出来ました!二人共離れて下さい!」
ヤーナの言葉に反応してペテスタイとヴァラカスが慌ててエナスから離れていく。
「な、なんだ?」
傷ついたグリフォンが必死に空中で姿勢を維持するが、その動きに体勢を崩したエナスにはヤーナの魔術は防げない。
「喰らえぇ!『エクストゥラ・スィック・フォトン!』」
極太な光撃、エナスを乗せたグリフォンをすっぽりと覆う程の極太な光のビームは、エナスを呑み込み遥か彼方まで延びていった。
コレはヤーナのスキル【必中】【魔力強化】【魔術の才】を乗せたヤーナ渾身の一撃である。
しかし、ヤーナ一人で放てる魔術ではなく、ユピテルから預かっている貴重な魔道具を使い捨てた切り札的魔術でる。
光のビームが消え去った跡には何も無く、エナスの姿もそこにはなかった。
「やりました!あの騎士総長を倒しました!」
「ガハハハッ、やるではないか!あのガキンチョがあれ程の魔術を扱えるようになるとは思わんかったぞ」
「いえ、ギリギリまでヴァラカスさんが抑えててくれたお陰です!」
二人は勝利を喜びお互いを褒め合った。
「……」
ヤーナとヴァラカスは二人で盛り上がっているが、ペテスタイはどうも腑に落ちず、不安が拭えなかった。
エナスの気配を探ったところで感じ取ることは出来ず、やはり倒したのかと気を抜いたところ……。
「あがっ!」
何処からか飛来してきた剣が、ヴァラカスの胸に突き刺さった。
「えっ?」
グリフォンから落下するヴァラカスを見てヤーナが間の抜けた声をだす。
主が背から落ちたことに気付いたグリフォンが大急ぎで追いかけていく。
「しまった、まだ終わってはいないぞ!ヤーナ、気を抜くな!」
「は、はい!」
ヴァラカスは何とかグリフォンに助けられふらふらと降下していく。
「ハハハハハッ、間抜けな奴等だ。この程度のことで私を殺せるとでも思ったのか!よく周りを見ろ、これが貴様等にとっての絶望だ!」
エナスの声が響き渡る。エナスの言葉に従い周りの気配を探ると、至る所に殺気が生まれてくる。
「くっ、囲まれているぞ!ヤーナ、急降下して離脱しろ!」
「え、ええぇ?」
「行け!」
ペテスタイの怒鳴り声にもにた叫びの号令にヤーナのグリフォンが反応し、急降下を始める。
「きゃぁぁぁぁ————」
悲鳴を残し姿が見えなくなるヤーナ。
「はん、それで逃がしたつもりか?が、まぁいい。アイツはじわじわと苦しめて殺してやる。この俺を裏切った報いは受けて貰わんとな」
ペテスタイの周りをぐるりと囲むように姿を現したのは、巨大な怪鳥に乗った騎士風の戦士たちだった。
「エナス、貴様!自分の手で育てた娘だろ!」
「娘?違う、アレは只の駒に過ぎない」
怪鳥騎士団の全ての騎士は、ペテスタイに向け魔術の術式を構築していた。
「逃げ場はないぞ。どうするペテスタイ、この状況から逆転の目はあるのか?」
「ふっ、ヴァラカスの奴が言っていたな」
何が?
「お前は随分と呑気なんだな」
「この状況で冗談とは大した奴だ。やれ!お前達、ペテスタイを殺せっ!」
エナスが怪鳥騎士団に命を出すも動く騎士はいなかった。
「何をしている、この愚図共がぁ。早く奴を殺せ!」
怪鳥騎士団の団長思しき一人がエナスに向かって口を開いた。
「お前は何を勘違いしている?怪鳥騎士団はお前の配下ではない」
「な、何だと?」
「お前の指示など受け付けん。俺達は俺達の意志で動く。さっきは助けてやったが次は無いと知れ」
「き、貴様ぁ」
怒りに顔を真っ赤に染めるエナスを無視して団長が短く号令を出す。
「やれ!」
次の瞬間、エナスの視界は極光に輝く光線に目を焼かれ何も分からなくなっていた。




