ミッシーナ海岸防衛線
朝日が昇り始めたミッシーナ海岸では、緊張が全てを呑み込んでいた。
グリフォン騎士団に運ばれた兵士達、また近場の領地からの増援によりこの場に集まった人数は3万近くになっていた。
小高い丘の上を陣取り敵を待つ。まだまだ兵力が足りていないが、第一から第四兵団20万が援軍に近付いていると報告を受けている。
静寂が支配する海岸、波の後すら耳には入らず、遠方に見える黒い船の群れが緊張を誘う。
船群の全容は見えず、敵兵の数が予測出来ないなかで、覚悟を決めた者達の指示が飛び交った。
「来るぞ、総員戦闘配置に着け!魔術部隊、大規模魔術準備しておけよ!」「気ぃ抜くんじゃねぇぞぉー、抜剣準備ぃー!」「隊列を崩すな!盾持ちぃ初撃を止め一気に攻めるぞっ!」「火炎投石の準備を急がせろ!」「弓隊、矢を番えよ!」
などの部隊長を務める騎士達の怒号があちこちから飛び交う。
そんな中、一隻の船が突貫してきた。砂浜を突き進み船が停止するまで暫くの時間が掛かった。
その一隻を皮切りにして続々と続くヴァンチトーレ艦隊、停止した船の甲板から雨あられと矢の雨が降る。
「魔力障壁を張れぇ!弓隊放てぇ!」
「火炎投石てぇ————!!!」
障壁を張ると同時に矢を放ち、炎を纏った大岩が空を舞う。投石機は高台の上に設置されており、コレを防ぐには、海の上ではいささか高さが足りない。船を破壊せんと降り注ぐ大岩は見事幾つもの船を撃沈していった。
船から飛び降りてくる帝国兵士たちには躊躇ない矢が浴びせられる。
悲鳴を上げながら倒れる者、悲鳴すら上げられずに死す者、そして、尊い犠牲を踏み台にして突き進む者。その者は敵の歩兵とぶつかり合う事となる。
剣で斬り、盾で防ぎ、槍を突き立て、矢で射止める。それでもお互い怯むことなく挑んでいった。
しかし、この世界は異世界である。剣や槍だけが武器ではないのだ。一発の魔術で形勢逆転も無くはない。
「今だ!大規模魔術、放てぇ————!!!」
号令と同時に放たれた魔術は、海面を唸らせ大渦を数ヶ所に作り、二の足だった艦隊を巻き込んで沈めていった。
まるで呪詛でも掛けるかのような、断末魔の叫び声を上げ沈没していく幾つもの艦隊。
渦は収まらず、後に続く筈の艦は近付くことが出来ず、先行部隊と後続とで二手に別けることに成功した。
「よし、今だ!総員抜剣せよ!突撃ぃ————!!!」
「「「おおおおぉぉぉぉ————————————!!!」」」
気合十分に剣を抜き走り出す兵士達。
そこへ、
「邪魔だぁー!貴様等の相手をしている暇はないわぁー、マルスのコソ泥を出せ————!」
一人の大男が巨大な棍棒を振り回し突進して来た。ディアマンだ。
ディアマンは金属で作られた巨大な棍棒を振り回す。只の一振りで眼前に迫る何人もの兵士を肉塊にして弾き飛ばしながら歩を進める。
海岸の砂浜には力尽くに引き裂かれた夥しい数の肉が赤黒くばら撒かれ、濁った色を吸った砂が兵士達の行進によって踏み均されていく。
「魔術部隊を護りつつ後退しろ!プロペト、奴を止めろ!」
プロペトはディアマンと同じ位の大男で扱う武器も同じだった。
「任せろ!」
プロペトはディアマンの前に出るとお互いの武器を叩き合わせた。
ガギンッと分厚い金属の塊がぶつかり合う音が響き————、
次の瞬間にはプロペトは、砂上に色を添える色水のようにバラけて散っていった。
「ちぃ、化け物が!」
毒づく部隊長。
「火球総連弾!!!」
部隊長の合図を耳に魔術部隊が次々にディアマン目掛けてファイアボールを放ち始める。
ディアマンは連続する火の玉に、軽々と振り回す重いであろう巨大棍棒を叩きつけていく。
棍棒が火球に当たる毎に爆発が起き、ディアマンの姿を覆い隠してしまう。
その間にも雑兵達が次々と押し寄せ防衛線と接触していた。
「何としても持ちこたえろ!直ぐに増援が来るはずだ!」
部隊長は焦っていた。それは、総指揮を執る筈のエナスが不在の為イマイチ統率が取れていないためだった。
「右翼を突出させるな、後退させろ!常に敵を正面に捉えるように動け!」
部隊長に号令が飛ぶが、末端まで指示が届くのが遅い。
この状況であのエナスは何処へ行った、呟くが答えを返す者はいない。
「ぶ、部隊長、そ、総長殿は……、エナス様は何処へ行かれたのですか————!?」
「居ない者を頼るな!俺が知る訳ないだろうがっ、奴は戦う前から何処かへ行ってしまったわ!」
部下の質問に対し、怒りを顕わに返答する部隊長。
事実エナスは戦闘前にグリフォン騎士団副団長ヴァラカスと共に何処ぞへと消えて行ったっきり帰ってこなかった。
総司令を欠いた状態での防衛戦は可成り不利な状況と言えるだろう。
絶望からかカタカタと震えだす部下は一人や二人ではない。
「ええい、じきに援軍が到着する筈だ!それまで何としても生き延びろ!大丈夫だ、時間さえ稼げれば勝てる!」
部隊長自ら生き残ることを諦めているが、この戦に勝つ為には援軍が到着する迄の時間を稼ぐ必要がある。その為には部下の士気を上げる必要があった。
それからも部隊長は、言葉巧みに部下達を励まし、また指示を出すことも忘れずに的確に敵の進行を止めていた。この場に上司が居れば部隊長の優秀さを褒めたことだろう。
部下達はそんな部隊長の姿に励まされ、勇気を振り絞り敵へと向かっていった。
————が、
「小賢しい、雑魚共がぁ!」
爆発に耐え、尚も前進し兵士の波から飛び出して来るディアマンの一撃が全てを粉々に打ち砕いていった。
「うわぁぁぁぁ————!」「もうダメだぁ————」と逃げ惑う雑兵をゴミでも払うかのように蹴散らすディアマンの前に部隊長が立ちはだかる。
「ええい、邪魔なのは貴様の方だ!人が必死に振り絞った勇気をぉ、嘲笑うような真似をするなぁ!!!」
部隊長の怒りを乗せた大上段の剣戟は、いともたやすく受け止められてしまう。
「なっ!」
「邪魔だ!」
それが部隊長の最後だった。
この一撃がインペラートル兵を瓦解させた。
逃げ惑うインペラートル兵を背後から襲う帝国兵達。
インペラートルはこの戦いで敗戦を装いコダユーリオンの地へ逃げ込む作戦だった。が、結果は惨敗、援軍の到着を待たずして一兵の生き残りもなくヴァンチトーレ帝国の勝利に終わった。
帝国の波状攻撃は只の一陣のみで勝利を収めることとなった。




