ヴァンチトーレでの一幕
「陛下ぁ!ウェヌス殿下が攫われたとはどういう事ですか!」
ヴァンチトーレ帝国皇帝ジュピターの前に現れたのは一人の大男だった。
この男の名はディアマンという名前で、嘗て帝国に呑み込まれた一国の王である。
筋骨隆々で至る所に傷のある歴戦の戦士然たる風貌の2mを超える大男、年は60を過ぎた初老の男で、ウェヌスの婚約者。
この世界ではマナの含有量により老化が遅れる傾向にある、実年齢と見た目の違いが力を持つ者の証明にもなるのだ。
この男は見た目と実年齢が合っており魔力含有量は並みだと分かる。だが、その戦闘力は侮れず、ランクはBである。
「うるせぇなディアマン、騒ぐんじゃねぇよ。そんなに俺の娘が奪われたのが癪に障るのか?」
ジュピター・シエロ・ヴァンチトーレ、この帝国の皇帝は気だるそうに玉座に座っている。
何もかもが金ぴかな男、髪も眼も金ならその身に纏うもの全てが金に彩られている趣味の悪い男だ。
年齢は不明、極めて短い期間であらゆる民族を纏め上げ、国家を樹立させた。更に周辺諸国をも呑み込んで帝国にまで拡大させた帝王は、その頃から姿形が変わってはいないという。
「そりゃそうですよ、ウェヌス殿下はこの帝国でも一番の美女だ、見す見す他所にくれてやる気はない!」
怒りを露わに詰め寄るディアマンを片手で追い払う様にしっしっと動作をし動きを止める。
「暑苦しい、近寄るな。そんなに心配なら自分で取り戻してくりゃいいだろが。お前も出兵しな」
「勿論俺が取り戻す。だが、陛下も力を貸してくれるんでしょうね。俺の嫁が攫われたのは陛下の失策のせいでしょう」
「ふっ、異な事言うじゃねぇか。俺のせいだと言うが、その根拠はなんだよ」
半分笑いながら面白そうにジュピターは問い詰める。
「陛下がウェヌス殿下をマルスなんぞ小国の王子如きに会わせたことが原因ではないですか!」
「ちげぇーよ。アイツらは勝手に密会してただけで、俺は関係ねぇよ。まぁ、知ってて放っておいたのは認めるがな。攫ってくことも予想してたしな」
「陛下!なら止めて下さいよ!」
「まぁ、そ~怒んじゃねぇよ。取り返しに行ってやるからよ。だが、アイツが欲しいなら自ら取り戻せ、お前には先陣をきって貰おうじゃねぇか」
「おう、お任せください!奴等の雁首揃えて差し出して見せますとも!」
「おう、期待してるぞ。じゃあ、さっさと準備に取り掛かれよ。出発は明日の夜明けと同時だ、遅れれば置いてくぞ。行け!」
「はっ!」
ディアマンは一度大きく頷くと大股で玉座の間を出て行くのであった。
「はぁ~、面白く面倒な奴だな。計画通り進んでるんだから騒ぐんじゃねーっての。アイツはそんな計画の事は知らんだろうが、ああもデカい声を出されると鬱陶しくなるな」
「まあ、そう言ってやるな。お前が原因なのは事実だからな」
部屋の陰からスゥーと姿を現したのはこの国唯一の勇者マーズである。
長身の男で銀髪に翠の瞳、浅黒い肌に纏う鎧は黒く体格は細身で筋肉質だ。その背に長身の身長とほぼ同じ位の大剣を背負っている。
「マーズか、お前はインペラートルをどう思うよ?」
「しらん、少なくともディアマン如きに打ち取れる相手ではあるまい。あそこにはミネルヴァ率いる古竜騎士団がいるからな」
「は~ん、随分と買ってるじゃねぇか。あの嬢ちゃんがそこまでやるもんかね?」
ジュピターは己の力に絶対の自信を持っている。その為に他者を下に見る傾向があった。
逆にマーズはミネルヴァの事を買っている。何故ならミネルヴァがこの国を訪れる度に手ほどきを乞い、その実力を良く知っているからだ。
「少なくとも嘗ての俺では手も足も出なかったな。今は俺が上だろうが俺に戦い方を教えたのはあの女だ」
マーズにとってミネルヴァは己の師と同義となっている。
「何故、お前はこの戦を仕組んだ。あのような国、吸収したところでうま味は少なかろう。まさか娘を思ってとは口が裂けても言えるまい」
マーズの素朴な疑問にジュピターが答える。
「お前は余り乗気じゃないようだな。あの国は俺にとって大事な拠点になるんだよ。森があり資源が豊富ってのもあるが、森ならこのゴンドーナ大陸にも幾つもあるから余り関係ぇねぇな。問題はだな、あの森に封じられている獣さ。勿論娘の事を思っているぞ」
「よく言う。獣とは?」
ジュピターは佇まいを直し真面目な表情を見せて言う。
「ああ、あの森に獣の王が封じられたんだよ。その監視にはあの国が必要なのさ。その為に俺は戦力を増強してきた」
ジュピターの話では、獣の王が強狂怖大森林深くに封印されたという。封印されたばかりで今は問題は無いが、何時までも安全とは限らないらしい。
この皇帝はその封印の監視をしたいらしい。
「ほう、コダユーリオンの鉱山はどうでもいいと?」
「ありゃついでだ、頂くつもりだが無理なようなら要らん」
「ユピテルに話して協力を仰げばいい」
「はん、あの男の妻は美人だと有名だろうが。お前には興味が湧かないのか?ムルサン大陸南部一の美女らしいぞ」
「お前の妻が泣くぞ。俺は興味がない」
「テレイアは出来た女だ。俺の一番はテレイアさ。だが、男ってのは一人じゃ物足りなくなるもんなんだよ」
「言っていろ」
マーズは短く返して王に背を向ける。その王がマーズの背に向けて口を開く。
「俺も明日は出る。お前も準備しておけよ」
マーズは答えず只片手を上げて部屋を出て行った。




