会議再開
私はフヅキ殿に対する皆の扱いに心底呆れ、また自分自身に許し難い怒りを感じざるを得ません。
彼は恩人であると共に、この戦争を勝ち抜く切り札にもなるお方だというのに。
私自身が軽率な行動を取り、そして誰も私の話を信じてはくれない、いえ、ヴィクトリアは信じてくれましたが、陛下ですら信じては下さりません。
私が燿子殿のことを失念していたのが悪いのですが、元々私よりも強い者が少数過ぎるのです。故により強者に疑念が抱かれることとなる。
彼に対する罵倒は酷いものでした。終いには彼自身が魔物の類だと疑る始末。気付けば彼は牢屋に入れられていました。
何としても釈放して貰わなくてはなりません。その為にもユーノ妃殿下の元へと行かなければ。
ユピテル陛下はユーノ妃殿下には頭が上がらないところがあります。妃殿下に彼のことを頼めば助けてくれるかもしれません。
「待てミネルヴァ、何処へ行く?会議はまだ終わっていないぞ。今は小休止中だが、直ぐにでも始まる」
マルス殿下とその妃候補のウェヌス殿下です。ウェヌス殿下へ「お久しぶりです」と軽く会釈する。
「マルス殿下、急ぎの用で妃殿下の元へ向かいます。会議はその後に顔を出します故お許しを」
「母上の元へ?用とは先程の男のことか、牢に入れられていたな」
「はい、彼は私達の恩人です。牢に入れておくことなど出来ません!」
「お前の話は本当なのか?お前より強そうには見えなかったが……、事実なら大事になりかねない案件ではあるな。我々は恩人を話も聞かずに牢に入れた愚か者となろう」
「はい、恩を仇で返す行為をしてしまいました。一刻も早く釈放しなくてはなりません。彼の力はこの戦を左右する程のものなのです」
両殿下が驚きの顔をする。
「それ程か?成程な、では尚の事会議に出席した方がいい。彼を釈放出来る権限を一番に持つのは父上だ。説得するなら会議で皆を言い負かす必要がある。エナスをはじめ疑念を抱く者は多い、説得させるには根気がいるぞ」
そこで今まで黙っていたウェヌス殿下が口を開きました。
「あの、宜しいでしょうか?何故、皆様は確認なさらないのですか?実際に模擬戦を組めば宜しいのではないでしょうか?」
「理由は、緊急時の今、悠長に模擬戦をしている時間がないことと、彼の連れていた魔物の存在だよ。例え彼が完全に魔物を支配していたとしても、野放しには出来ない。どうしても魔物に対する嫌悪感が拭えないから彼ごと檻の中に入ってもらったんだ」
「……そうですか」
ですが模擬戦は良い考えだと思います。
「……そうですね。私と直接戦う姿を見せれば陛下も納得して下さるかもしれません」
「いや、戦闘云々よりも彼自身の信頼性の問題だよ。彼が何の目的でこの国に来たのか、そこを明確にする必要があるんだ」
「ですから、それは我々を助けようと————」
「出来過ぎた人の優しさは、時として醜悪に映ることもあるんだよ。街中での喧嘩とはわけが違う。力が有るから助けに来ました。では誰だって疑う、利益も無く只々助けに来たでは逆に不審だろ?特に自分では出来ないことをされると、人は妬み疑心の心に苛まれることもある。だから彼は自身の目的を明白にする必要がある。只助けたい、ではなく、どうして助けたいのか?ってね」
マルス殿下は一気に捲し立てると、一呼吸おいて更に続けた。
「ミネルヴァ、君は彼と強狂怖で出会い、彼の本質に触れ彼を信じた。でも、我々は彼のことを良く知らないんだ。確かに碌に調べもせず牢に入れたのはやり過ぎだと私も思う。しかし、危険かもしれない者を放ってはおけないだろ?」
「ですが、……いえ、分かりました、会議に出席します」
「ああ、そうするといい」
そう言い残し二人は会議室へと戻っていった。
確かに只牢から出せと言ったところで出してくれる訳ありません。仕方ありません、会議には出ますか。
会議室に入ると、既に皆揃っているようです。早速再開されるようです。
「よし、では続けるぞ。まず、グリフォン騎士団に出来るだけ多くの兵をミッシーナ海岸まで運ばせ、防衛線を張る、これはエナスに指揮を任せる。但し、グリフォン騎士団は前線を離脱し内陸部で待機。更に北の都市イクテュスから防衛線へ増援を送りこれを強化、イクテュス候どれ程増援できる?」
「は!私兵1万が限界かと」
正直1万の増援では話にならない。ヴァンチトーレは100万の兵を保有する大国なのですから。
グリフォン騎士団が運べる人数には限りがあり、精々数千人規模でしょう。そこに1万足したところで何になるのでしょうか?
この戦に勝つ為には幾つかの条件を満たす必要があります。
一つは地の利です。我々はより良い地を確保し、相手には地の利を与えず、出来れば野戦にて重要拠点から潰していくのが良いでしょう。平地での戦闘は避け、出来るだけ狭い場所で戦うのが望ましい。やむを得ず平地での戦闘になった場合は片翼の薄い場所を見定め抜ける必要があります。ですが、一方が開き逃げ道がある場合、むしろ敵がいる方を攻める必要があります。罠だからです。
一つは兵士の確保、寡戦に於いて兵力差が4倍程度なら工夫次第で何とかなるものですが、100倍以上ともなると不可能です。勝つ為には相手の準備が整う前に打って出る必要があります。
一つは時間です。勝つことの出来る条件が揃うまでの時間を稼ぐ必要があります。これは外交手段を用いるのが常です。時間を稼いでいる間にコダユーリオンとのわだかまりを取り去り力を併せる必要が有ります。
そして情報です。相手の情報をより多く逸早く得る事です。また、相手にこちらの情報を与えない事です。何時、何処、戦闘力の情報は必須ですね。
ですが、一番は戦わない事です。政治的外交で決着をつけるのが望ましい。
「うむ、では急がせよ!第一から第四兵団は即時出兵し出来るだけ早く合流せよ。第五、第六兵団はコダユーリオンとの国境沿いにあるプロトス村付近で待機、戦闘開始後に前進、役目は分かっているな?」
「「はっ!」」
此処からミッシーナ港までの距離を考えると、魔法や魔術を駆使したとしても、騎馬でも数日は掛かります。最北から最南への移動です、間に合うのでしょうか?
相手は船で渡ってきます。本来なら風の向きや強さ、海の状態に大きく左右されることでしょう。ですが、魔法や魔術を上手く使えば遥かに早く到着してもおかしくは有りません。恐らく3日もあれば渡り切るでしょう。近辺の諸侯が私兵を投入し人数を稼ぐのでしょうが、精々が数万が関の山、続々とやってくる敵兵をどう抑えるのでしょうか。
「グリフォン騎士団は戦闘開始直後に上空から補給部隊の撃破に勤めよ。古竜騎士団は遊撃としスリアンヴォス領にて待機、私兵と共に臨機応変に行動せよ。近衛騎士団はこのミーレスの守護だ。何か質問はあるか!」
な、何処に兵を配置するかだけで具体的な作戦を立ててません。会議に参加しろって、既にまとめに入っています。フヅキ殿の事を言い出せる雰囲気ではありません。
言ってることは、グリフォン騎士団に補給部隊を襲わせることと、良く分からない指示の第五、第六兵団です。味方が敗れ後退時の防波堤なら分からなくもありませんが、開戦と同時に前進してどうするのでしょう。伏兵にしては距離が在り過ぎます。
「無いようなら即行動せよ。では、解散!」
「お、お待ちください!彼は、フヅキ殿は————」
「今はそれどころではない!お前も支度を急がせよ!」
陛下はそれだけを言い残し部屋を出て行ってしまわれた。
マ、マルス殿下、説得する暇さえありませんよ。殿下を見ると若干引き攣った顔をしているようです。
どうしましょうか?彼を置いて戦地へ行くなど出来ません。
「すまんミネルヴァ、聞く耳を持たなかったようだ。こうなれば武功を挙げ褒美として解放してもらうしかないかも知れない。恐らく母上の言う事も聞かないだろう。騎士が戦地に赴く今、この城の護りは手薄になるからね」
まさか最初からそれが狙いではないでしょうね殿下。
「困りました。戦地に出れば返ってこれない可能性が高い、彼を釈放してから戦地に赴きたかったのですが……、ヴィクトリアに頼むことにします」
「ああ、そうするといい。私も出来る限り気にするようにするよ。私も戦場に出るだろうから絶対とは言えないけどね」
「マルス、貴方も行かれるのですか!?」
「ああ、私が原因だからね」
話しながら部屋を出て行く二人の殿下の背中を見送ります。
私は慌ててヴィクトリアの姿を捜します。良かった、まだ残っています。
「ヴィクトリア、少しお願いが有ります。話を聞いて貰えませんか?」
「ええ、いいわよ。貴女も大変ね。森へ行ったり戦場に出たりと」
私達は場所を落ち着ける彼女の控室に移し、お茶を啜りながら彼のことを話す。と、彼女は快く快諾してくれました。
「ええ、彼、フヅキ殿の事は私に任せて、貴女は自分の事だけに専念して」
「有難う、感謝しますヴィクトリア」
彼女が任せてと言った以上問題はないでしょう。それだけ彼女は信用に値する女性です。
「ミネルヴァ、それよりも騎士総長には気を付けなさい。彼は何かを企んでいる感じよ、良からぬことを仕出かしそうな、そんな感じがする。目を離さない方が賢明ね」
「ええ、このところ、よくヴァラカス殿と一緒にいる所を見ました。恐らくはヴァラカス殿も一枚かんでくるとみて良さそうね」
「そうね。彼は野心家だから上手い話しに乗る可能性はあるわね。後は副官のヤーナ嬢ね」
「ええ、彼女自身は真面目な性格をしていますが、上司の命令には逆らえない様子ですね」
ヤーナ嬢は元々が庶民の出で、エナスによりその才を見出され、強引に連れてこられた少女です。
彼女は、元が庶民故に上の立場の人間には強く出れない傾向にあります。
「彼女が自発的に大それた事をすることはないでしょう」
「そうね、彼女を動かしているエナスを見張ってれば自ずと制御出来そうではあるわね」
そんな会話の後、私達は他愛のない話を二つ三つして別れました。
フヅキ殿のことはヴィクトリアに任せ、私は戦いに専念することとします。出来れば私の手で開放したくありますが、やむを得ませんね。
私は直ぐに館に戻り待っていた部下達にこれまでの事を話しました。
「な、フヅキ殿は投獄されてしまったのですか!?」「酷いよぉ!私達の恩人なんだよ」「陛下も何考えてんだぁ」「許し難き蛮行です!」
驚き怒る皆の反応は予想されていましたが、意外なのはキララ殿でした。
「主は己の意志で牢に残っているの?」
「はい、自力で抜け出すと言ってました。暫くはのんびりするとも言ってましたね。ので、キララ殿は大人しくしていて欲しいと託かっております」
「ん、分かった」
短く承諾の意を示すキララ殿が返って怪しく見えてしまうのは、私の穿った見方なのでしょうか?
キララ殿は何やら考え込むような仕草で黙ってしまいました。
「私と主は繋がっている、と言うよりも一部同化している様なものなの。だから、主の状態は分かるのよ。彼は今楽しんでるみたい」
楽しむ?
「燿子と遊んでるわね。何気に自由な時間を謳歌してるわ」
「確かにのんびりすると言っては言いはしましたが、牢屋ですよ?」
「彼には余裕があるからね。必要な物は亜空間に確保済みだし、抜け出すなら何時でもできるよ。ただ、何も考えて無いとも言えるけど」
「……」
大した御仁だとだけ言っておきましょう。
「さて皆、急いで準備して下さい。キララ殿はこの館で寛いでいて下さい。彼のことは信用の置ける人物に任せてありますので心配は無用です。我々は自領に戻り待機するように仰せつかっていますの————、」
「ミネルヴァさん、私も力を貸すわ。主が出来るだけ力を貸してやれって」
「宜しいのですか?戦になるのですよ?」
「うん、主の命じゃしょうがないよね?」
「感謝致します。とても心強い味方を得ました」
こうして私達は強力な助っ人を得て、戦場へと赴くことになるのでした。




