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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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十章 三話 碧い眼の女

 十章 三話 碧い眼の女



 イブラムは目に圧を込めて店主に返した。

「ほう……初耳だな。だが公の記録では、ここの軍は動いていないように書かれているが?」

 これは苦し紛れの嘘など許さないという意図を含んだ眼光であったが、店主は慎重さこそあれ動揺はしていないようだった。

「記録上ではそうなっています……。しかし、それは当時軍が全体の士気を下げないために情報を隠蔽したからです」

「隠蔽だと……?」

「はい。実は当時、私の親父も……この町から臨時徴兵を受けて、モカツ砦の大隊として国境を超えた戦場に向かった一人です。ただ、出陣してから十日目の昼時のことだったそうです。ついにカイトラの軍は、スーガの軍と直接の衝突になったらしいのですが……」

 紹介所の店主は訳知り顔で、まるで当時を振り返るように口を割る。

「約半数が命を落として、早々に撤退しました……。ただし、これがモカツ砦の精鋭軍だったと知れれば、国内には不安が広がり敵国には付け込まれます。だからカイトラの軍部は、一つの大隊が敵の奇襲によって被害を受けたとだけ記録を残して、残った大隊を秘密裏にモカツ砦へと帰還させたんです……」

 そう語る店主の言葉は、滑らかでどこかに真実味を感じさせた。

 しかし、公になっている軍の記録が事実から塗り替えられれいること自体は珍しくはないのだが、それを鵜呑みにするほどイブラムも素直ではない。

「だとすれば……今回の内戦にも、モカツ砦の軍は場合によっては参戦もあり得ると?」

「ええ……、恐らくは。そうなれば貴方たちと戦うことになってしまいそうですが」

「それは仕方のないことだ。主の向かう先で戦うのが軍人というものさ」

「はあ……。同じ国の人間なのに……そういうものですか」

「そういうものだ」

 イブラムは淡と言って、軍の記録の本をぱたりと閉じた。

 誠司に目配せをして、もうこれ以上ここで聞けることがないことを確認する。

 所々に興味深い話は出て来たが、どうにも情報は点々としたまま、線として繋がっていかない現状で、ここでも店を後にすることになってしまった。

 このままなんの手土産もなく、ノエルの待つ村へと合流することになるのだろうか。

 誠司は口から漏れる溜息を掻き消してくれることを願うかのように、騒がしい市場の中へと戻っていくのだった。

 今日も市場は、商人たちの客引きの声が飛び交っている。

イブラムと二人、横長の椅子に腰を掛けて息をついた。どこに視線を定めるわけでもなく、ぼうっと市場を眺めていた。

「結局……なにも進展はありませんでしたね」

「そんなことはない。ただ、こういったことは一歩ずつ進むしかないのさ」

「当たり前ですけど……聞けば答えを教えてくれるような人はいませんもんね」

「はっはっは! 居れば楽だろうな」

「居れば楽ですね……」

 人間疲れて来たときには、そんな楽な道を探したくなるものだと苦笑する。

 ただし、歳を重ねてくればそんなものが易々とは見つからないことも理解していて、結局は己の現実逃避を嘲りたくなるものだったが、

「あれ……あの人……」

「ん、どうした? 好みの女でも見つけたか?」

「違いますよ! そうじゃなくて、前にも見たんです。この市場で」

「そりゃあ、そんなこともあるだろうさ。この町に住んでいるんじゃないか」

「そうかもしれないですけど、そうじゃないんですよ!」

 誠司は運命的な衝動に駆られて走り出していた。

 彼の向かう先に、藍色の瞳と美しい白銀の髪を靡かせた女性が市場を横切っていた。

 たくさん人々が行き交う中で、彼女の存在感は昼間に輝く月のようである。

 あちらも誠司に気がついたようだった。にっこりとした、柔和な笑みで会釈してきた。

「あら、この前もここでお会いしましたね」

「こんにちは! えっと……今日はお店はやっていないんですか?」

「お店……? ああ、言葉売りですね。今日は場所が空いてませんでしたので。何かお困りごとですか?」

「困りごとと言いますか……」

 誠司は首を擦りながら、ゆるりと追いついて来たイブラムに女性を紹介した。

「ザタンさん……。あの、この方はですね……」

 しかし、誠司のぎこちない紹介を遮るように先に女性が自ら前に出た。

「こんにちは、ザタン・イブラムさん」

女性は、イブラムの不意を打つように彼の名前を呼ぶ。

イブラムは以前に女性と会った記憶はなかった。もし彼女がコルドー家の領地に足を踏み入れた者であれば、ザタン・イブラムの名前くらいは知っていてもおかしくはないだろうが、

「どこかで、お会いしたでしょうか? たとえば……フィジーの町とか」

「いいえ。お互い初めてのはずですよ」

「はは……。でしたら、情報通ですね。名前くらいは知られていたかな」

 イブラムは訝しむように口元だけで愛想笑いをすると、誠司にこの女性を引き留めた理由を求めるように目で訴えかけた。

 誠司は言い出しにくそうにしながらも、イブラムに女性の職業を告げる。

「先日、この市場で“言葉”を売っていた女の人です」

「言葉を売っていた……?」

 首を傾げるイブラムに、女性は自らの職業を説明する。

「そのままの意味ですよ。私はその人の知りたいことを、言葉にして教えるのが生業なんです」

 互いに向ける笑顔とは裏腹に、内心に渦巻く感情は穏やかではなさそうだった。

「ようは……占い師ってところかな。で、クロノ……。慌てて声を掛けたってことは、なにかこの女性に、占ってほしいことがあったのか?」

 まさかルティンの追跡に行き詰まりを感じたからといって、この占い師に賭けてみようなどということは言ってくれるなよ。

 イブラムの皮肉めいた口調は、誠司にそう告げているようだった。

 たしかにこの時、このタイミングでは正気でないと思われても仕方がない。ましてや、占いという手段が一層そう思わせていることだろう。

 だからこそ、イブラムが心配そうにこちらを見つめるのも無理はなかったが、それでも誠司は目の前の女性に今一度訊ねた。

「もしも、……今1000セリエお渡しすれば、この場で言葉を売ってくれますか」

「かまいませんが……」

 真剣な表情で問われて、女性は誠司とイブラムを交互に見やりながら返したが、

「では言葉を売るに当たって、少々のルールをお伝えさせて頂きます」

「ルール、ですか?」

「はい。とある理由から、私は一人の人間に何度も言葉を売るようなことはしていません。また貴方に言葉を売った場合には、少なくとも本日は他の方には売ることができなくなります」

 つまり女性のルールとは、誠司を相手にする場合には、今日連れのイブラムには言葉を売ることができなくなるという意味を示していた。

 イブラムも即座に意味を解し、女性に返答する。

「俺は大丈夫だ。クロノに売ってやってくれ」

 誠司とは短い付き合いだが、イブラムも誠司が底抜けの馬鹿ではないことは知っているつもりである。何か意味のあることをしているはずだと、どっしりと見守るつもりであったが、

「あの……お金……貸してもらえませんか……」

 誠司が弱々しい声でそう願い出て来ると、少し心配にはなった。

だが、誠司からしても実に気まずい願い出であったが、イブラムからしても半ば怪しい商売に釣られそうな友人に金を貸すような気分である。

「……ああ、そうだよな。1000セリエと言っていたか?」

 互いに変な気まずさを感じるという独特な空気を味わいながら、情けなくイブラムに代金を肩代わりしてもらう。

三人は元居た長椅子に戻って、女性は誠司と二人腰を掛けた。

 イブラムはそれを腕を組みながら見下ろしていた。

「私の準備はできました。それで……貴方がお訊ねしたいことというのは?」

 いよいよである。誠司は率直に自分の求める言葉を訊ねるのだった。

「俺が最近会ったことのある、フェミマール・ルティンという男のことです。彼の行方を……もし可能なら、彼が学術所から魔術を持ち出して逃亡した目的も知りたいんですが……」

「行方と目的……どちらかになりますね」

「どちらかですか」

「どちらかです」

 誠司は言い切られて、イブラムを見上げた。

 イブラムは首を捻る。彼は占い師など信用していなかったが、もしこの二択でどちらかを選ばなければいけないのだとすれば、難しい問いであった。

 ルティンの行方をつかんで目的を吐かせるべきか。目的を知って行方をつかむべきか。

 どちらにも成否はあるだろうし、どちらを選んでも上手くいくとは限らない。だが、イブラムが強いて選ぶのであれば目的だろう。

 たとえ次にルティンに逃げられても、彼の目的が分かればいずれ追い詰めることも可能だろう。

「目的を教えてやってくれないか……」

「目的ですね……」

 女性は確認するように呟くと、子供の熱を測るように誠司の額に己の掌を当てた。

 まるで誠司の心の中を読み取るように、彼女の視線が誠司を貫いた。

 彼女の顔が眼前まで近づいて来て、特徴的な藍色の瞳が鈍く光り始めた。

そうして市場の喧騒が反って二人を集中させると、しばしの沈黙が流れた。彼女は時折目を細めたり、眉間に皺を寄せたりしながら、やがて誠司の額から手を離すのだった。

 手を離した彼女は、困ったように眉根を寄せて誠司に問い掛ける。

「訊きたいことは……フェミマール・ルティンの目的と言いましたか」

「はい……」

 改めての口頭確認かと思いきや、彼女は慮外のことを口にした。

「本当にそれでいいのですか?」

「はい……? どういうことですか」

「貴方の目的はフェミマール・ルティンを捕まえることではなく、彼の過ちによって呼び出されてしまった自分が、元にいた故郷に戻ることではないのですか」 

 誠司は息を呑んで彼女の瞳を覗いた。

「そんな……、あなたは、そんなことまで……」

「私自身も驚いています……。貴方は……約束の一族ですね」

 約束の一族――。

 どこかのアホ面をした鳥が、そんなことを言っていた気がした。


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