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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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九章 五話 夜の市場

 九章 五話 夜の市場


 どこが転機となったかもわからないまま、シウバは穏やかな口調になってイブラムと会話を交わし始めていた。

「随分と前から、コルドー公はカイトラ三騎のお二人に不信感を抱かれておりました」

「……当然だろう。末端の兵士や家臣ならともかく、カイトラ三騎のうちの長ともなれば他の二つの家に不信感を持つべきだ」

「しかし、コルドー公はそれを公には口にしませんでした。ここ数年、傍目には領地の営利にしか興味のない領主に見えたでしょう」

「それどころか、貴殿のような国外の者や名も知れぬ脛に傷さえあろう者にも手元に置くようになっていたな」

「一応……、あれでも信頼できる者たちを選んではいるんですがね」

 イブラムは自惚れるような言い方になってしまったことを気恥ずかしそうにしながら、

「コルドー公は、自身で作り出した情報網を活用しながら、カイトラ三騎のお二方が誰と繋がっているのか、何を企んでいるのかを調べておりました」

「ほう……それで結果は……?」

「なんと驚くことに……、こちらで調べた限りでは誰とも繋がっておりませんでした」

「不気味だな……」

「全く以て……。傍から見れば、代々忠臣であった二つの家がなんの前触れもなく、ある日突然に反乱の姿勢を見せた」

「単なる調査不足ではないのか。突発的な反乱は成功しないものだ。必ず後ろ盾になる者や、国内の勢力を取り込むような動きがあるはずだ」

「たしかに……外部に漏れない連絡手段というものも幾つか考えられます……。しかし、ここまで尻尾を掴ませない黒幕というのは珍しいでしょう。だからこそコルドー公は、ルティンの動きが気掛かりなのです。彼は何かを知っているのでしょうか。神域と魔術は密接に関係しているとされています。あなたが神域を守る将軍である以上、学術所のルティンと面識がないということは考えられません」

「当然、面識はある……。神域の調査においても、何度か護衛も任されている」

「ならばルティンについて、なにか知っていることがあるのでは?」

「学術所の人間について、多くを語ることはできない。それに貴殿たちの言葉に乗せられて動くほど、将軍の地位は軽くないのだ。しかしながら、コルドー公に対する不信感が和らいだことだけでも、貴殿らの功績は大きい。もしもコルドー公が軍を起こすようなことがあれば、我々は神域の防衛を口実として静観することを約束しよう」

 それは聞こえの好い口約束だったが、言い換えるのであれば協力はしないという宣言でもあった。

 誠司には政治の駆け引きはわからなかったが、イブラムの表情から察するにも、大きな信頼は得られなかったようである。

「ルティンについては秘匿するつもりですか。」

「それについては先に述べた通りだ。語れることはない」

 シウバは頑なに、ルティンについての情報だけには壁を作っているようであった。それは反って彼とルティンの間にある何かを含ませているように感じさせたが、その急所を突かれない限りは黙殺するだけ、ということだろう。

 シウバの急所を探るしかない。

 たいした駆け引きなどしたことのない誠司だが、踏み込むべきだと考えた。

 脅すにも賺すにも――相手が上手だろうが、なにか引き出せるものはないかと口を挟んだ。とにかく話を引き延ばしてでも、取っ掛かりを探そうとしてみたが、

「すみません! 俺は……罪を咎められるのでしょうか」

「コルドー公に免じて許そう。ただしこの処分に関しては口外を禁止の上、所持していた物はこちらで没収させてもらう」

 と、シウバにはあっけらかんと答えられた。

「それだけ……ですか? 嘘だと思っているんですか、オスワの国のこと。他になにも聞くことはないのですか……?」

「罪を咎めない以上、聞かなかったことにする他ない」

「魔術に関して踏み入ることは、大きな罪だと聞いていましたが」

 不自然に食い下がろうとする誠司に、シウバは困ったように眉を顰めた。

「イブラム殿……彼はなにが望みなのだ。お望みなら、彼だけは捕まえてもいいのだが」

 イブラムは困惑した様子で、話を引き延ばそうとする誠司の肩に手を伸ばした。

「やめておけクロノ」

 それでも誠司は、わざわざ自らを危うくするようにシウバに突っかかる。

「本当に国のことを想っているのであれば、ルティンを止めなければならないし、もっと俺のことについても探らないといけないはずじゃないですか!」

「それを判断するのはこの私だ。貴殿がルティンを捕まえるために少しでも情報を欲しているのは理解するが、私には私の立場があるのだ」

 シウバの言うことは真っ当であり、誠司の悪あがきを見抜かれているようでもあった。

「立場というのは、神域を守ることですか?」

「そうだ」

「国よりも神域が大事なんですか」

「意味がわからないな。私が守っているのは――」

「神域ですよね。シミャマの町にも、同じような思想を持った人間を何人か見掛けましたよ。シウバ将軍は神域から町を守っているように見えて、実のところ神域の方が大事なんじゃないですか」

「なにを……。いったい誰に何を吹き込まれたのかは知らないが……。貴殿の言っていることは妄言に近いものだ」

「神域の一族と通じているんじゃないですか!」

 ほとんど狂人のように叫ぶ誠司に、シウバは呆れたように溜息を漏らすだけであった。

「イブラム殿。私の考えが変わらないうちに、彼を連れてこの砦から出て行くのが賢明だ」

「クロノ……、落ち着けよ! なんの証拠も無しに騒ぎ立てることはできない」

 もちろん誠司も、本当に気が狂ったわけではない。

 あくまでシウバの反応を窺い知るための行為であったが、行き過ぎたせいかイブラムに押さえつけられて、部屋から引っ張り出される形となってしまった。

 結果として、二人は無事にモカツ砦を後にすることができたのであったが、誠司は後ろ髪を引かれる想いで町までの山道を下ることになった。

 あらためて見るモカツ砦までの道のりは、山道こそ整備が行き届いていたが、左右には鬱蒼とした山林が広がり、遠く見える峻険な山々は神域を隠す壁のように連なっている。

 モカツ砦という要衝。この山々が半神の行く手を遮るのだとすれば、この山道さえ抑えることが出来れば、町への被害は限りなく少ないのだろう。

 誠司はまだまだ神域に未練を残しながら、やがて町へ近づいて来ると、イブラムに頭を下げた。

「ザタンさん、さっきはすみませんでした」

 イブラムは前に視線を定めたまま、自らの長髪を弄りながら苦笑した。

「いいや、俺の方こそすまない。身勝手な行動でクロノたちに迷惑を掛けた。将軍がルティンと繋がっている可能性を思い出したら、どうしても確かめずにはいられなかったんだ。だから、さっきは役目として止めてはみせたが、クロノのやったことは間違っちゃいないさ。シウバ将軍は、なにかを隠しているんだろう」

「どうにか暴けないでしょうか。シウバ将軍は俺たちを見逃がしてくれましたけど、味方というには怪しいように思えます」

「だが、不用意に将軍を問い詰めるのはまた危険を冒すことになる。しっかりとした裏付けがなければ、白を切られるだろう」

 力が抜けたように言いながら、イブラムはふと辺りをきょろきょろと見回した。

「そういえば、ノエル嬢は?」

「一度、別れましたよ。もし俺がシウバ将軍に危害を加えられたときは……ノエルがコルドーさんにそれを伝えられるように。シウバ将軍との交渉の材料のつもりだったんですけど、思ったようにはいかないですね」

「そうだったのか。いや、予め手立てを考えるのは悪いことじゃない。それでも現実は、いつも予定通りにはいかないってことだ。準備していたものを、あっさりと打ち砕かれてからが本番さ」

「……打ち砕かれてばかりでいいんですかね」

「それでいい。結果、俺はクロノのおかげで無事に砦から出ることが叶ったわけだ」

 イブラムの本意は知れないが、今の誠司には慰めにしか聞こえなかった。

 たしかに元々はイブラムを助け出すことだけが目的であったが、シウバに軽くあしらわれたことに誠司は深い落胆を感じていた。自分ならば上手いこと口を回して、シウバ将軍をやり込められると勘違いしてしまった。ここまで人に恵まれていたのだと痛感する。

 誠司は悔しさで続く言葉が出ないうちに、イブラムと町へと戻って来ていた。

 驚くことに、町と山道を隔てる門番には、すでに誠司たちが自由の身になったことが知らされていた。独自の連絡網があるのかもしれない。

そうして二人は疲れた身体を休ませるために、門前の市場の一角の椅子に座り込んだ。

 すっかり時刻は夜になって、昼間あれだけいた商人たちの多くはどこかへ消えていた。

「ほら、クロノ。受け取ってくれ」

「あっ……、ありがとうございます」

 唐突に、イブラムから一本の酒瓶を投げ渡された。

「なにを言うんだ。命の恩人じゃないか」

「恩人だなんて」

 謙遜しているわけでもなく、誠司は小さく横に首を振った。

 イブラムは近くの店明かりに引き寄せられて、衝動的に酒瓶を買い付けたようだった。それを口にしながら、誠司と合流するまでの出来事を詳しく聞くことにした。

 時間にしては短いようで、濃密な冒険譚である。

 イブラムもすっかり途中で酒瓶に口を付けることを忘れて、夢中で話に聞き入っていた。

「俺がいない間に……、ずいぶんと色々な歴史的大発見があったんだな……」

「とくに有益な情報を得られませんでしたけどね。たしかに神域から、オスワの国と思われる場所へ行ったんだと思います」

「そこで出会った白い猿にも、ルティンを止めろと言われたわけか……」

「びっくりですよ。ザタンさんは、どう思います? 古の魔術師を蘇らせるなんてこと、本当に可能だと思いますか?」

誠司も喉が渇いていたので、横で一緒に酒瓶の蓋を開ける。強いアルコールと、ひんやりとしたハッカのような匂いがした。

「過去の人間をね……。それも遠い過去だ。にわかには信じられないな」

「ですよね」

「それに神域にいた、牙だの、赤眼だのの一族ってのも気になるな。まさかあそこの生き物と意思疎通ができるなんて……誰ひとり考えもしなかった」

「昔、ザタンさんも襲われたんでしたっけ……」

「あれが赤眼の一族と言われる奴らの仕業かはわからないけどな。不気味だったよ」

「シウバ将軍は知っているんでしょうか。神域の一族のこと……」

「神域についての秘密があるなら、俺たちを見逃すのは危険だと思うがな」

「そう……ですね。ただ見逃がしても困らないと思われているうちは、シウバ将軍の核心には迫っていないのかもしれません」

 いつしか市場には、誠司とイブラムの声だけが響いていた。

 燦然と星が瞬く夜の空に見守られながら、くだらない会話を交えつつ話は続いた。

 山から吹き下ろす風が涼しく、やがて暁の澄んだ深い青を望める頃に、二人は椅子の上でぐっすりと眠りにつくのであった。




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