九章 四話 潔白
九章 四話 潔白
ノエルと話し合って、イブラムを救い出した後に落ち合う場所を決めた。
ロフィー家の領からわずかに外れた、フルカンという村にすることにする。フィジーの町からこちらに向かう際に通り抜けた村々のうちの一つであり、山間の静かな村であった。
そこの紹介所で、ノエルは十日ほど誠司たちを待つという。
「ねえ、本当に行くわけ? やっぱりわたしも一緒に殴り込もうかな」
そんな風に迷った素振りを見せるノエルを、誠司は首を横に振ってから、
「じゃあ、またあとでな」
あくまでしばしの別れに過ぎないと、誠司はあっさりと別れてみせた。
「また会えればいいけどね」
ノエルはわざわざ縁起でもないことを口にしてから、誠司にはシミャマの町を二人で歩き回っていたときに見つけた、神域と町とを隔てている長い壁の中で、半神が壊してしまった部分を抜けて町へと戻る予定だと告げた。
山中に紛れて町を目指す彼女を見送ってから、誠司は一人モカツ砦へと足を向ける。
もはや隠れることにも意味はないだろう。
誠司は山道の真ん中を堂々と、一目散に砦への道を駆けて行くのだった。
「せめて俺が行くまでは無事でいてくれよ!」
約束をしたわけでもないが、セリヌンティウスを助けに走るメロスのような気持ちであった。
一方――、モカツ砦の中の一室。
「なんのつもりだ? 大人しく捕まるような男だとは思っていなかったが」
後ろ手に鉄の錠を掛けられたイブラムが、シウバの問いに揚々と答えていた。
「捕らわれているつもりはないのですよ。ただやっぱり、とあることを思い出しましてね……。もう一度話し合う必要があると思ったまでです」
「バカもそこまで来ると褒めるべきだろうか。大人しく逃げていれば、命までは取られなかったものを……」
「いいや、逃げるわけにはいきません。実はですね……俺とここに来た仲間たちは、現在指名手配されているルティンを捕まえようとしているんです」
その言葉に、シウバは目を細めて返した。
「ルティンだと……? この私に、学術所から逃げたルティンのなにが関係あるのだ」
イブラムは途端に姿勢を正して、真剣な顔つきを作っていた。
「現在表向きには、カイトラ王は病床に伏せているとされていますね」
「表向き、とはどういう意味だ? 王が病に伏せていることは公の事実だ」
「フハハッ……。まあ、そこはどうでもいいのですが……。だとすれば、先に発令されたルティンの指名手配は、カイトラ王が自身で行ったものではなく、現在王都で政を任されている人間が行ったということになります。つまりシウバ将軍、それはあなたの仕えているロフィー公に他ならないということですよ」
なにか意味深に話を投げかけるイブラムに、シウバは淡々と答える。
「だからなんだと言うのだ。ルティンは禁忌とされる魔術の知識を持ち出して行方を暗ませたのだ。どんな手を使ってでも捕まえようとするのは当然のことではないか」
「そう……だが現在のロフィー公は、自身の手駒を王都から気軽には動かせない状況でしょう。だからこそ、フリークエストという形でルティンを捕まえることにした。問題はそこです」
イブラムは口早に、捲し立てるようになって続ける。
「俺も一度は思いました。よほど王都では、なりふり構わずルティンを捕まえたいのだろうと。しかし、よくよく考えればおかしな話です。王都はそんな国の一大事を、実績のあるマスタークラスに任せた指名クエストにせず、有象無象の成行きに任せる形のフリークエストにした」
「当然だ。特級のフリークエストともなれば国中で噂が流れる。そうなれば、ルティンに逃げ場はなくなるのだ」
「しかしですね、報酬が早い者勝ちのフリークエストとなれば、常に依頼に困らないマスタークラスたちは手を出したくはないのも事実でしょう。だが、そうなると名乗り出て来るのは、一攫千金を狙った名も無いギルドの連中か、フリーターばかりです。こんな連中では、ルティンを捜索しようにも実力が足りないばかりか、許可が下りない場所さえ幾つもある――。たとえば将軍が管理している、このモカツ砦もその一つではないですか」
「話が見えて来ないな……。今からでもマスタークラスに依頼しろという助言をしたいのか?」
シウバがイブラムに向かって冷笑を浮かべたときだった。
二人の話に割って入るように、部屋の扉が慌ただしく叩かれる音がした。
扉の向こう側から、モカツ砦の衛兵がイブラムの仲間を捕まえたと声を張り上げていた。
シウバが衛兵に部屋の中に入ることを許可すると、そこにはイブラムと同じように手に鉄の錠を掛けられた誠司が引き入れられていた。
誠司はイブラムと共に膝を並べるような形で、シウバの前に突き出される。
「クロノ……来ちまったか。悪いことをしたな」
イブラムが一言漏らす。
その一言には色々な感情が含まれていたが、今はただイブラムの生きた顔を拝むことができたことに誠司は安堵した。
「無事でよかったですよ……」
シウバは怪訝そうな顔で、自ら砦に足を踏み入れた誠司を見下ろしていた。
「貴様も、わざわざ二人仲良く処刑されるために足を運んだというのか?」
「そんなつもりはありません。俺はザタンさんを助けるためにここへ来たんです」
「お前たち二人は、揃ってバカなのか……」
シウバは衛兵に向かって、誠司の手荷物について訊ねる。
「こいつは手ぶらでやって来たのか?」
シウバに問われて、衛兵は否定しながら取り上げた手荷物を受け渡した。
「いいえ。弾は入っていませんが、違法の拳銃を一つ所持していました。あとはよくわからない、恐らく暗号が含まれた本が二つ」
「暗号?」
「見たこともない言語です。仲間内での連絡に利用するものかと」
誠司と衛兵を交互に見ながら、シウバが本を捲って中身を確かめる。
軍人のシウバとしては、のこのこと手ぶら同然でやって来る相手に対しては、何か策の一つでも仕掛けられているのではと思うのが常であったが、
「貴様……っ、これをどこで手に入れた! 神域に入ったのか?」
シウバは衛兵から受け取った本に目を通してすぐ、目の色が変わった。
「それは……」
正直に言うべきか迷う誠司に、シウバは慌ただしく衛兵を部屋から下がらせて追及した。
「どこまで足を踏み入れた……。これは今頃になって砦の付近で見つかるような代物ではないはずだぞ」
シウバも将軍として、長らく神域から続く山道を守っている男である。誠司の持っていた本が、たまたま歩いていたら拾えるようなものではないとわかっているのだろう。
誠司は、ちらりとイブラムを横目に見た。
シウバはおろかイブラムにさえ信じてもらえるかどうかわからない出来事を語るのには躊躇もあったが、下手な嘘は通用しないだろう。
「正直に話してやればいいさ」と、イブラムからも助言を受ける。
誠司は意を決して、口を開いた。
「たしかにその本は……、神域の中の、オスワという国で手に入れたものです。申し訳ありませんが勝手に持ち出してしまいました」
「オスワ……だと」
明らかに動揺しているシウバに、誠司は何か訳知りなのではないかと言葉を続けようとするが、
「そんな馬鹿な話があるかっ! 貴様、この私を謀ろうとしているのか!」
シウバが話を遮って叫んだ。
もちろん誠司にとっては心当たりのない言い掛かりであったが、シウバの反応も真っ当だろう。オスワの国での一時は、自分自身でさえも夢だと疑うような出来事であった。
だが、イブラムは愉快気な口調になって、シウバを煽るように不敵に笑っていた。
「どうしたのですかシウバ将軍……。クロノが嘘をつく理由なんてありません。罪を自白している者がなにを偽ることがあるのです」
まるで自身が問い詰められているかのように、シウバの顔には困惑の色が濃く浮かんでいた。
誠司とイブラムの二人は、目的も知れない狂気を滲ませているようである。
「ならば無断で神域に侵入し、あまつさえ遺物を勝手に持ち出した罪を受けるというのか?」
それでも声色は平然として、あくまで淡々と罪を追及するシウバであったが、
「それは勘弁してください。どうしても俺たちはルティンを捕まえなくてはならない」
イブラムは、弁解にもならない、自分の都合だけを口にした。
本来なら馬鹿々々しくて聞く気にもならないような、あまりに身勝手な罪人の弁論であったが、シウバはその理由を訊かずにはいられない。
「なぜ……そこまでルティンに拘るのだ」
「これは面白いことを仰りますね。この国に生きる者として、魔術の知識を盗み出した男を捕まえようとするのは当然のことではありませんか」
「白々しい嘘はやめろ。余所者の貴様が、そんな殊勝な心掛けで動かぬことは明白だ。後悔したくなければ、本当のことを話せ」
「本当のことね……。たしかに俺は、あんたと違って雇われの兵士長に過ぎないさ。領主に気に入られてはいるが、将軍なんてものには程遠い。だから特級のフリークエストに乗っかって、名前を挙げようという一人のつまらない男に過ぎないわけだ」
しかし、とイブラムは前置きしてから、
「そんなつまらない男でも、大志はある。もし自分の前に一つの国を救う機会が転がって来るならば、手を伸ばてみる程度の勇気もある。このクロノだってそうさ。この国には縁も所縁もない男だが、ルティンを捕らえることが自らの使命だと感じている。なあ、クロノ?」
それは誇張された表現であったが、まったくの嘘とも言い難いイブラムの主張であった。
誠司は唐突に話を振られて、一瞬戸惑った風であったが、
「俺も……最初はただ……、成行きで引き受けたフリークエストの手伝いでした……」
もはや最初に考えていた拙い作戦は、誠司が罪人とされたことで水泡に帰した。こうなれば天に動かされるような衝動だけを、シウバにぶつけるのだった。
「でも今は違います。ルティンを探すうちに彼を取り巻く色々な人に会って、彼を止めることが目的になっています」
「止めるとはなんだ? ルティンを捕まえた先で、なにをしようとしている」
「ルティンを止めるというのは、彼が使おうとしている魔術式の発動を止めることです。これはオスワで出会った白い猿に聞いた話で、俺も本当かどうかはわかりませんが……、その術式は古代の魔術師の魂を蘇らせるものだとか……」
「……フンッ。オスワだの、白い猿だの、古代の魔術師を蘇らせるだの……。貴様は、それらをすべて私に信じろというのか?」
シウバは吐き捨てるように言いながら、部屋の壁に掛けられていた愛用の金砕棒を手に取った。
そのまま金砕棒は床に引きずられて、シウバが誠司とイブラムの背後へと回り込んだのがわかった。
やがてカランコロンという金属の小気味の良い音が止んだせいか、シウバが金砕棒を振り上げたのだろうという緊張感が背に漂って来る。
誠司はいつ振り下ろされるかも知れない凶器を背に、つらつらと言葉を並べたが、
「ルティンはおそらく悪人じゃありません……。ルティンを止めてやらなければ、この国は大きな人材を失うことになります。たった一人の傑物を失うことで、歴史上国が滅んだことは幾つもあるんです……」
風を切って流動した空気が、肌に触れた。
シウバが金砕棒を振り下ろして、勢い余って地面に叩きつけられていた。割れた床の破片が四方に飛び散って転がっていく。
誠司は思わず、呑んだままになってしまった息を吐き出してから、浅い呼吸を繰り返した。
殴られたのは、自分ではないようである。しかし、だとすれば、振り下ろされた金砕棒はイブラムへと向けられたことになる。
「ザタンさん……! 大丈夫……ですか」
誠司は恐る々々、ゆっくりと首を横に向けてイブラムの様子を窺った。
だが、当のイブラムは黙したまま、しばらく目を閉じていたが、
「手荒いな……」と、一言。
「えっ……? と、うわぁっ!」
誠司の手に衝撃が走り、次に遅れて鈍い痛みが訪れた。
イブラムは苦笑を浮かべながら、背後のシウバに言い放つ。
「手首を痛めてしまいましたよ」
己の手首をくるくると捻りながら見つめていた。
そこで誠司はようやく、自らを束縛していた鉄錠が破壊されていることに気がついた。
「不審な動きを見せていたコルドー公は、白か……」
シウバは独り言のように呟いて、改めてイブラムに問い掛けるのだった。
「だとすれば、コルドー公はどこまで調べが付いているのだ」




