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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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九章 三話 捕らわれたイブラム

  九章 三話 捕らわれたイブラム



 モカツ砦へと向かう途中、ノエルにも神域の一族のことを語った。

 しかし、ノエルは興味を示しつつも、やはりルティンへの手掛かりが思いのほかつかめなかったことに対する落胆が大きかったようである。

 たしかにルティンを捕まえるという目的に限れば、大きな進捗はなかったかもしれない。だが、すべてが無駄であったとも思えない。

少なからず、まったく未知であった神域について知ることはできた。

 神域でさえ、この世界の一部に過ぎないということは誰にとっても大きいことである。どんな出来事一つとっても、必ず何かが介在しているのだと考えられる。

 誠司はいち早く、知り得た情報をイブラムにも共有したい気持ちで一杯だった。

 自然とモカツ砦までの足は速くなっていたが、山の陰が伸びて来た道の上で、ノエルが素早く誠司の腕を取って、山道の脇にある林へと引き込んだ。

「なっ、どうした……?」

 木々の根本に身を伏せつつ、ノエルは人差し指を口元に当てて声を殺していた。

草葉の隙間から山道を窺う。誰かが山道の上を歩いてこちらに近づいて来ていた。かちゃかちゃと金属の擦れる音が聞こえる。鎧を纏った二人の兵士のようであった。

「あいつら……モカツ砦の連中か?」

 ひそひそとノエルに問い掛ける。

「そうでしょうね。見回りかしら」

 ノエルは目を鋭くさせて地面に転がっていた石ころを握ると、それをやや離れた枝葉に向かって投げつけた。

 不審な音を嗅ぎつけた兵士が、石の投げられた林の中へ足を踏み入れて草を掻き分ける。

『なにか音がしたぞ!』

『気を付けろよ! まだどこかにイブラムの家来がいるかもしれない』

 イブラムの家来とは、恐らく誠司たちのことを言っているのだろう。

 ノエルがさらに覆いかぶさるように、誠司の上に体重を掛けて身体を重ねて来た。誠司は邪な気持ちと戦いながら、必死に兵士たちの会話に耳を傾ける。

『どうだ……誰かいるか!?』

『いいや、鳥や小動物と勘違いしたのかもしれない』

『イブラムとかいうやつは大人しく捕まったが、家来の方は行方を暗ましたらしいからな』

『そういえば将軍はイブラムを捕まえたはいいが……どうなされるつもりなのだ』

『俺が小耳に挟んだところによると、もうじきに処刑されるらしいぞ』

 思わず叫んでやりたい衝動を堪えて、誠司はわずかにノエルを押し退けた。

 そんな誠司の葛藤も知るはずもなく、兵士たちは会話を続ける。

『処刑……? そりゃ大丈夫なのか。イブラムと言えば余所者とはいえ、フィジーの町の領主である、コルドー公の家臣なんだろう? 領主同士の争いの引金になるじゃないか』

『さあな。ただコルドー公も最近、国外の余所者を雇っては怪しい動きをしていると聞く。シウバ将軍にもお考えがあるのだろう。それに公に処刑というわけにはいかないが、生憎ここは神域の近くになる。丁度半神の襲撃もあったことだ。事故ということで片付けるつもりだろう』

『コルドー公が、事故で納得するとは思えないがな。何故に将軍は、そんな危険な橋を渡ろうとしているのだ……』

 しばらく二人の兵士は周囲を探っていたが、やがて自分たちの勘違いだという結論に至ると、警戒を解いて、また山道に戻ってから神域の方へと歩いていってしまった。

 二人の兵士の背中が見えなくなった頃、誠司たちも山林の草陰から這い出る。

 とても好ましくない話を聞いてしまった。

 もし今の兵士たちの話が本当であれば、イブラムは現在モカツ砦に捕らわれていて、誠司は自分だけ町に戻るわけにはいかなくなった。

「近く処刑だって言ってたよな……。近くっていつだろう」

 誠司は焦燥を露わにして、答えを知るはずもないノエルに問い掛けるが、

「さあ、すでにあの世にいなきゃいいけど……」

 ノエルは冗談のつもりなのか、笑えないことをさらりと返して来た。

「お前なぁ!」

「その可能性だってあるでしょ?」

「あってたまるか! たとえそんな話を聞いたとしても、俺はザタンさんが生きていることを信じて一人でも助けに行くつもりだからな!」

「バカね。一人で行っても処刑される人間が一人増えるだけよ。ちなみに二人で行っても結果は変わらないでしょうけど」

「見捨てろって言ってるのか!」 

「そうは言ってないでしょ。でもね、勝算もなしに敵の懐に飛び込むなんてのは、見捨てているのと変わらないと思うけど」

 しかし、今の話を聞くに、悠々と策を練っている時間もないだろう。

そんなことはノエルも百も承知だろうが、それでも考えの一つもなしに突き進むのが無責任だというのは、たしかな指摘であった。

 ノエルもこの様子では、イブラムを助けるのに付き合うつもりはなさそうである。

 つまり誠司は一人で敵中に乗り込み、イブラムを助け出さねばならない。

 一人で――。

 誠司はひっそりと胸中に不安を抱えていたが、

「そうだっ! 俺一人で助けに行けば上手くいくかもしれない!」

 ふと閃きが走り、妙案を思いついた。

「はん……? 気でも狂ったの?」

 ノエルには哀れみを含んだ眼差しで優しく肩を叩かれたが、誠司は真面目である。

「正気だよ。むしろ力ではどうにもならないなら、それしか手はない」

「それってなによ?」

「交渉の切り札だよ! 要するにだな、たとえシウバが将軍といえども、やっぱり理由もなく俺たちを襲うことは大きなリスクなんだ!」

「そりゃそうでしょ。でも言っていたじゃない。ここは神域のすぐ近くの山の中。シウバも、都合よく半神に襲われたことにして、事故で片付けるだろうって」

「そうだよ。だから一人は無事に町に戻るんだ! そして、もし俺がザタンさんと無事に町に戻れなかったら、シウバにやられたんだと伝える役目になってもらう」

 そうなれば、シウバとの交渉の余地が残される。一人で力任せに突入したところで無謀だと言うならば、こちらは交渉のカードを用意して砦に乗り込むしかないだろう。

 誠司は、即興にしては我ながら智慧を絞り出したかと思ったが、

「良い案じゃない。まあ一つ問題があるとすれば、最悪の結果シウバが交渉に乗らなかったら、あんたとイブラムは予定通りに死ぬってことくらいかしら」

 ノエルはしっかりと現実も叩きつけてくれる。

「……さ、最悪の結果はな」

「むしろ、その可能性が大きそうだけど。考え直したほうがいいんじゃないの?」

「他に良い案があるってのかよ」

「いや……、助けること自体をね」

「アホなこと抜かすな」

誠司が強い口調で断言すると、ノエルはこれ以上に言い返すことはなかった。

ノエルも口では損得を語っているものの、イブラムを助けに行くことが本当に愚かな行為だとは思っていないのだろう。

「……いいよ。それくらいの役目なら、わたしも手伝ってあげる」

 深く息を吐き出して、ノエルは町へと続く一本の山道を見つめていた。誠司の肩に腕を乗せて、軽く寄り掛かるように体重を預けて来る。

 その気兼ねない仕草には、誠司もこれから向かう先が命懸けであるということを、多少なりとも忘れさせてくれた。

「私は無事に町へと抜けて、安全なところであんた達を待てばいいのね?」

「……ああ。やれるか? お前が捕まったら困るんだぞ」

「誰に物を言ってんのよ? 私の方は何も難しくないわ。問題は……」

「わかってるよ。俺たちのほうだろ」

 誠司は真っ直ぐにノエルの瞳を見つめて、笑みを零した。

「大丈夫だよ……。俺もどちらかと言えば、悪運は強いほうみたいだから」

「そんな心配してないわよ……。ただね……」

「なんだよ?」

「短い付き合いだけど、さすがに二人揃って死なれたら寝覚めが悪いわ。行くってなら、無事に帰って来なさいよ」

 ノエルは憂いを含んだような、物悲しい眼つきであった。

「お前を泣かせるような真似はしないつもりだ」

 誠司は冗談交じりに本音を呟いて返したが、ノエルの顔は晴れなかった。

「泣きはしないけど……。まあ……ねえ?」

 意味深な間を作ってから、しんみりとした声色で、

「最後になるかもしれないから、一つ聞いておいてもいいかしら」

 柄にもなく、遠慮がちに訊ねて来る。

 誠司は震えそうになる声を抑えつけながら、どうにか平静な振りをした。

「最後になるつもりはねえけど、いいぞ……なんでも聞けよ」

 今ならどんなくさい台詞を吐いても許されそうな気さえしながら、誠司は二人の間に流れる形容しがたい心地の好い沈黙のなかで、彼に出来うる限りの儚げな顔つきを作った。

そして次には、甘くて淡い、二人の関係を根本から変えうる言葉を期待せずにはいられなかったが、

「あんたとイブラムが死んだらさ……二人分の報酬はわたしが貰っていいのよね?」

 上目遣いで照れくさそうに訊ねるノエルの口からは、その表情とは不釣り合いな欲求が漏れ出て来たのだった。

「報酬……?」

「そう、大事でしょ。受け取る資格があると思うのよね……わたし。もし万一のことがあっても、わたしはあんた達の遺志を引き継いで、ルティンを捕まえるつもりだし」

「ああ、報酬ね……。ちなみに今ここで、その話をしないとだめか?」

「これから死ぬかもしれない人間と、他のどこで話せってのよ」

「……まあ、うん。そうだな、俺が死んだら、俺の分はオッドさんに」

「わたしじゃなくて?」

「オッドさんだ!」

 誠司は自分でも恥ずかしいくらいに意地になって声を張り上げた。

 直後にノエルの口から舌打ちが聞こえたような気がしたが、この際気のせいだと思うことにする。

「そう……。約束するわ」

 ノエルは腹立たしいことに首を傾げながら頷いてはいたが、いまいち信用できない態度だった。

 死人に口なし、というのがこの世の常なのかもしれない。

 とにかく虚しいことにも、とてもじゃないが己の人生でこれが女性との最後の会話になることだけは避けるために、誠司は強く生きて帰ろうと思えてしまうのだった。


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