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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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八章 二話 警報

 八章 二話 警報



 何かが視界を覆って、轟音が響いたかと思うと、それから反対に音がなくなった。

 身動きも取れずに、呼吸もままならない状態が訪れた。

 ――ノエルは、ザタンさんは無事なのだろうか。

 そうして息苦しい時間が続いて、誠司の意識が途切れてしまいそうになったときである。

「クロノ! どこだ! クロノォ!」

 天からイブラムの声がして、その声に導かれるように身体が浮かび上がるような感覚に包まれた。誠司の視界が晴れて、陽光の下に再び照らされる。

「クロノォ! 生きているか!」

「ザ、ザタン……さん!?」

 ゆっくりと目を開くと、イブラムが心配そうに誠司の顔を覗き込んでいた。

 誠司はまだ夢の中にいるような面持ちで、イブラムに物を訊ねる。

「ザタンさん……いったい何が……?」

 そう訊ねた先でのイブラムは、いつもの十倍ほどに顔が膨れ上がっていた。

 いや、顔だけではない。頭部から手足に至るまで、イブラムはまさしく巨人の名に相応しい巨躯を手に入れて誠司を両掌で土の中から掬い上げたところであった。

「突然身体が大きくなったかと思えば、モカツ砦をぶち抜いて崩壊させちまっていたよ」

「砦を……?」

 誠司は聞かされるままに、イブラムの掌の上から地上の様子を覗き見ると、たしかに辺りの草木は薙ぎ倒されて、土砂が入り混じり崩れた砦が眼下に広がっていた。

 砦の入り口だった部分からは十数人の兵士が蟻のように這い出て来て、巨大になったイブラムを見上げながら、

「お前たちの仕業かぁ!」

 激昂しながらこちらを非難していたが、すぐに生き埋めになっている仲間を探すべく、ばらばらに動き始めた。

 誠司もその様子を見て、慌ててイブラムに問い掛ける。

「ノエル……! ノエルはまだ埋まっているんですか!」

「それが……ノエル嬢は……」

 顔を曇らせて、気まずそうに答えを濁らすイブラムに、誠司は顔を真っ青にして急ぎ掌の上から飛び降りた。

 倒木と土砂が入り混じる砦の上に降り立ち、必死に土を掻き分けて彼女を探し始めるが、

「ノエル! いるなら返事をしてくれ! ノエル!」

「わたしならここだけど。なに呆けたことしてんの?」

「ノエル……?」

 あっさりと見つかった。

 誠司は真っ青だった頬を朱に染めて、頭上のイブラムを睨みつける。

 イブラムはいつもと変わらない目が笑っていないのに口元だけを緩ませたような惚けた表情を浮かべていた。

 彼は意地の悪いことに、ノエルが無事なことを知っていたに違いなかった。

 そうして誠司が腹いせに届きそうもない胸に代わり、イブラムの踝を軽く小突くと、彼の背が徐々に縮んで普通の背丈に戻っていた。

「おおっ! 元に戻ったぜ!」

 イブラムは両手を広げて、調子良く誠司に抱き着いてきた。

「戻ったぜ、じゃないですよ! ノエル、無事じゃないですか!」

「うん? 俺が無事を伝えようとしたら、クロノが手から飛び降りてしまったんじゃないか」

「あれが……、無事を伝えようとしていた人の顔だったんですか?」

「他にどんな顔に見えたっていうんだ?」

 イブラムは誠司の背中を陽気に叩いて、モカツ砦の兵士たちの元に駆け寄っていった。

 誠司も混乱した周囲の状況を目の当たりにして、自らも救助の輪に加わろうとしたが、すぐ背後で土が噴水のように飛び散って足を止めた。

 降り注ぐ土を手で払いながら、土が噴き上がった地面へと振り向くと、そこには土に塗れたシウバが立っていた。

「……敵であれ、生きていたようでなによりです」

 シウバは未だ静かな闘気纏いながら、じっと誠司を見つめていた。

「何者だ……。砦を崩壊させる直前、聞き覚えのない言葉を口走ったな……」

 あのとき誠司の唱えた呪文が、シウバには聞こえていたようである。

「俺にも、あれがどんな言葉か知りません。ある人から教えて貰った言葉ですから」

「ある人だと? 誰に教えて貰ったというんだ」

「ルベダさんです。フィジーの町の領主である、コルドーさんのお兄さんだと聞きました」

「ルベダ……? それはルベダ・コルドー公のことを言っているのか?」

「恐らくは、その人だと思いますが……」

「――公は、――のはずだが――」

 シウバは眉を顰めて、誠司にも聞こえないような小声でなにかを呟いてかと思うと、再度懲りずにも戦闘を継続しようと構えたが、

「将軍! シウバ将軍! 警鐘です! 警鐘が鳴っております!」

 突如大きな鐘の音が、山を揺らすように響いた。

 一人の兵士が駆け寄って来て、シウバの前に膝をついて報告を上げる。

「聞こえている! どこからの鐘だ!」

「正面山道の物見小屋になります!」

「正面……近いな。他に情報はないのか」

「いえ! しかし五度の鐘でしたので危急の鐘になります! すでに交戦中かもしれません!」

「くそっ……よりにもよって……」

 シウバは複雑な感情を押し殺したような眼差しを誠司に向けつつ、気持ちを切り替えるように兵士たちに檄を飛ばした。

「救助を急ぎ隊列を揃えよ! 崩れた施設を確認次第、残存するものには隊員を配置して迎撃態勢を取っておけ!」

 無造作に地面に転がっていた金砕棒を手に取り、どこかへ足を急がせていた。

 一転して誠司たちにとっては自由に動ける好都合な状況になったが、かと言って好き勝手にするわけにもいかないという状況になってしまう。

 誠司も兵士の救助を手伝うべく、イブラムに見習って崩れた砦の上で必死に倒れた木々を取り除いた。

 さすがに兵士の面々も、そんな誠司たちを邪険にはしなかった。

 互いに声を掛けながら、しばらく兵士たちの救助活動は続いて、やがて誠司の耳にも直接兵士からの朗報が届いた。

「お客人……ご苦労であった。ひとまず砦の崩落も一部だけで済み、不明であった兵士の姿も確認された。我々はこれから半神への迎撃態勢に入る。逃げるのであれば今……とだけ助言しておこう。ただしここでのことは口外しないことだ。本当に国のことを思うのであればな」

 高圧的な口振りは変わらなかった。

 聞く限りでは、あまりに一方的な兵士の言い分に、ノエルが先に口を挟んだ。

「ずいぶんと都合が良いのね。領主の使いの命を狙ったことを隠したいだけじゃないの?」

「口を慎め。シウバ将軍が背負うものに比べれば、お前たちの命など軽いものだ」

「なぁ……っ!」 

 自分たちの命を軽んじられて、ノエルが兵士に殴り掛からんばかりに距離を詰めたところで、誠司が間に割って入ったが、

「事情があることは察しますが、国のためと言うならば協力することはできないのでしょうか」

「笑わせるな。領主でさえ腹の内が分からないこの国で、誰を信頼しろというのだ」

 兵士は冷たく言い放って、すぐにシウバの下へと向かってしまう。

 すでにシウバの近くには瞬く間に鎧を身に付けた数十騎の龍馬(ドラム)が隊列を成しており、先頭に立つシウバの掛け声と共に集まった兵士が順に鞍に足を掛けると、山道の続く先へと統制の取れた素早い進軍を開始した。

 追って、その倍の歩兵がぞろぞろと後に続くのを見送る中で、こちらに戻って来たイブラムが腕を組みながら小声で囁いた。

「幸運なことに逃げるのは容易になったな。とてもじゃないが、俺たちには構っていられないほどの緊急事態のようだ。さて、どうするべきか……」

 イブラムは三本の指を立てながら、砦と目の前の山道と、山林の中を順に指していく。

「危険は承知で噂の半神とやらの様子を見に行くか、もしくは別の道から神域の偵察に行くか。シウバが留守の今なら、少し乱暴な手段に出れば砦の中の情報を得るということもできるな」

「乱暴な手段って……」

 誠司は提示された三つの選択肢から、一つを選ぶことを任されているようだった。

 イブラムとノエルの視線が決断を迫るように集中したが、誠司は悩むことなく答えを出す。

「シウバ将軍のところへ行きましょう。」

「正気なの? 殺されかけた相手のところへ自分からまた行くなんて」

 ノエルには、その選択が意外だったようである。

「物陰からでもいい。戦っている姿を見てみたい。もし本当にシウバ将軍が本心からこの国のために戦っているのであれば、彼の行動原理は重要な情報となり得る」

「だとして、それはルティンを捕まえるのに役に立つわけ? わたしはこの国を助けに来たんじゃないんだけど」

「少なくともルティンはこの国を助けようとしてるはずだ。国を助けたい人たちの思惑が知れれば、ルティンの動向もつかめるかもしれない」

「むぅ……、なるほどね」

 ノエルが息を吐きながら頷くのを見て、イブラムが片目を瞬かせる。

「決まりだな!」

 そうして三人は、行軍していった兵士たちの後をこっそりとつけることにした。

 だが今から追いつこうにも、すでに素早い軍隊を相手には、背中を拝むことができないほどの距離が離れていた。

 ただ山の奥からは、兵士たちの雄々しい声が聞こえて来ていた。そこに銃声と武器を打ちつける音が入り混じると、遠くにありながら戦場の荒々しさが伝わって来るのだった。

 三人はイブラムを先頭にして、木々の陰に隠れながら徐々に軍隊との距離を詰めていくことにした。

 早足になって、軍の足跡を十分ほど辿ったところだろうか。

山道の先に後方に控えた軍の最後尾が見えると、三人は道を外れて山林に紛れながらさらに近づいていった。

 息を潜めつつ、草を掻き分けて一歩ずつ戦場へと迫る。

 徐々に兵士たちの声が鮮明になり、戦いの様々な指示が飛び交っているのがわかった。

「今だ遊軍! 掛かれぇ、掛かれぇ!」

「鉄砲は引き寄せて放て! 常に対象を絞らせないよう駆け引きせよ!」

 兵士たちの怒号の先、誠司の双眸もようやく半神と呼ばれる獣の姿を捉えた。

 誠司が初めて目にした半神は、ノハラの村でのこと。まるで大きな猪のような姿をした半神であったが、今回の相手は巨大な鳥のようだった。

 鳥は見える限りで五羽の群を成し、頭には鶏のような真っ赤な鶏冠を持っていた。

 だが巨大とはいえ、その大きさは鶏冠を合わせても人間ほどの背丈である。

 五羽の大鳥を相手に、軍隊はその十倍、二十倍と編成されていた。このままいけば鎮圧も容易い

はずだと思っていた誠司に、二つの衝撃が訪れた。

 まず一つは、意外にも押されているのは軍隊の方であるということ。

 シウバの指揮下で統制された軍を以てして、五分に張り合っている様子だった。

 地面に倒れる負傷兵の数も一人や二人ではない。シウバは驚くことにあの大きな金砕棒を手に一人で二羽の大鳥を相手にしているが、大鳥も大鳥で互いに連携を取りながらシウバを苦しめているようであった。

 そしてシウバの軍勢が苦戦していることよりも、二つ目の出来事は誠司により大きな衝撃を与えた。

『山々はお怒りだ! 神気が乱れている! これは山神の警告だ!』

 大鳥が喚き散らすように、人間の言葉を吐いているのであった。

「ザタンさん……。あの鳥はなにを言っているんでしょうか?」

 誠司は小さな声で訊ねてみるが、イブラムは苦笑しながら首を横に振っていた。

「鳥……? さあな。話が通じるなら訳ないぜ。虫の居所が悪いんじゃないか?」

「山々の怒りだとか、神気がどうのって……でっかい鶏が叫んでいますけど……」

「山々の怒り? クロノ……お前、正気か? 鳥の声が聞こえるっていうのか?」

「ええっ!? 逆にザタンさんには、あの鳥たちの声が聞こえないんですか!」

「おい、クロノ。一般的には、鳥の声が聞こえる人間の方がおかしいってもんだろ」

「いや……まあ、そうなんですけど」

 そうなのだが、誠司の耳にははっきりと大鳥の甲高い人間の言葉が届くのであった。

『かの一族に伝えよ! 山神はお怒りだ! 邪魔をするな!』

 気が狂いそうになるほどに、鳥の言葉はまるで自らに向けられているかのように、誠司の心を強く惹きつけるのであった。


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