六章 四話 旅立つ朝
六章 四話 旅立つ朝
何にせよ、自分の命は自分で守るに越したことはない。
誠司はノハラの町では節制して奴隷のような服を選んだが、このフィジーの町では頑丈な衣服を選ぼうと心に決めていた。
シエドにいるオッドも、命を守るために金を掛けるなら文句は言うまい。
すでに旅立つ準備に取り掛かっている様子のノエルに声を掛けて、必要なものを揃えていく。
「服もそうだけど、俺も護身に役立つものがあれば何か欲しいんだけど!」
店の奥で服を選んでいたノエルが、両手に提げた衣服の間から顔を覗かせて答えた。
「あんた、そういえば拳銃持ってたわよねぇ!?」
「拳銃……? ああ、あるある!」
誠司は言われて気がついたように、宿から出るとき粗雑に腰に差した拳銃を手で二三度叩いて確かめた。
昨日、事の成り行きから馬宿通りで絡んできた連中から奪った拳銃であったが、相手が相手なので返すことも難しく、誠司の手元に置いてあった。
実際に自分が人に向けて銃を撃つことなど想像もできないが、自分の身を守るという意味では頼もしい存在かもしれない。
見たところ、回転式の拳銃である。昨日幾つか弾が放たれたが、まだ数発分は残っているようだった。装填数は、5発。今後威嚇発砲のためにも予備の弾を持っておくべきか。
誠司が腰からそっと抜いた拳銃を丁寧に観察していると、ノエルから大きな声で驚愕の情報を伝えられた。
「それ違法品だから、国の役人なんかに見つからないようにしてね!」
無邪気な口調で、背筋が凍りつくようなことをさらっと言ってのける。
誠司は肩をびくりと震わせて、手元から落ちそうになった拳銃を途端に隠すように抱えながら、ノエルのもとへと小走りで駆け寄っていった。
店の奥に引っ込んでいる店員に聞こえないよう、ひっそりとした小声で訊ねた。
「い、違法品ってなんだよ? 拳銃を持っていると捕まるのか?」
「ねえ、これどっちが似合うと思う?」
ノエルは呑気に、両手に提げた深緑のガウチョパンツのような服と、茶色いロングスカートを見比べている。
「緑の方! じゃなくてさ、なにが違法なんだよ!」
「緑ねえ、やっぱりそう思う? 違法なのは弾の装填数と……たぶん弾丸の火薬量も多いと思う」
「装填数? 弾の数ってことだよな」
あとは上着か、と呟き歩き回りながら、ノエルは答えた。
「銃はね、普通の平民は単発式しか所持を許されていないの。複数弾を装填できる銃は、国の認可印が装飾されたものだけで、使用できるのは貴族の人間か、その人間の下に徴兵された軍隊の人間だけね」
誠司は説明を受けて、手元の銃を嘗め回すように確認した。
手元の拳銃には、認可印らしき装飾はない。これが違法ということなのだろう。
「だったらさ、どうにか処分するべきじゃないのか? 持っているだけで違法なんだろ」
「バレなければ大丈夫でしょ。それに今から向かうのは、モカツ砦よ? 半神相手にどれだけ武装しても準備のやり過ぎってことはないからさ」
「その前に捕まったら意味ないだろ!」
「捕まりはしないわよ。集団所持でもなければ、多少の罰金で済むんじゃない?」
「ほ……本当だろうな?」
罰金だから良いという訳でもないが、誠司は拳銃をおずおずと腰に戻した。
半神を抜きにしても、この国では危ない目にばかり遭っている。誠司にとっては扱ったこともない拳銃が心の支えになるほどには、ここ数日で色々なことがありすぎた。
今後、その引き金を引かないことに越したことはないが、どうせ危険というものはあちらの方からやって来るのだ。
そんなことを思いながら、ノエルの隣で分厚い生地の丈夫そうな服を選んでいく。
綾織に見える、頑丈そうな黒いシャツとパンツを手に取った。それから、偶然目に入った革の肩当と籠手のセットを見つけると、ノエルにねだってみる。
「なあ、これ買っていいか? 買っていいよな……?」
「いいんじゃない? どうせオッドのお金なんだか、好きにしなさいよ」
「そうか……。そうだよな。こんな危ない目に遭うんだから、必要経費だよな」
誠司はノハラの村の時とは人が変わったように、衣服を選ぶのに金銭面の躊躇がなくなっているようだった。
気がつけば、肩当に加えて何かの大型獣の皮の腰巻と、鹿のような立派な角の生えた兜を被りながら、背には煌びやかな刺繍の入った立派なマントを羽織っていた。
そんな誠司に呆れたように、ついにはノエルが止める始末であった。
「ねえ、そんなに命が大事なら、逃げるときのことを考えたほうか懸命だと思うけど?」
「なっ……なるほど! そいつは目から鱗の助言だぜ」
これから鉄製のブーツを履こうとしていた誠司は、近くにあった全身鏡で自分の姿を見て、少しばかり冷静になるのだった。
結局、ごてごての装備の数々を棚に戻して、防具は首までを覆う肩当と、茶色に染めた革製の脚絆だけを残して衣服を選び終えた。
紹介所というものは、国を跨いでも紹介所同士の繋がりがあるらしく、紙一枚の記入でオッドの店に料金を付ける形で、ノエルが支払いを済ませた。
ノエルにはまたも木の桶を手渡されて、店の奥にある簡易的な浴室に案内される。
「そうねぇ……。どうしてもってんなら覗いてもいいけど、1万セリエね?」
ノエルが個々になっている浴室の扉を開ける前に、そんな戯言を言っていたが、誠司は無視をして自分の個室の扉を固く閉ざした。
「覗きはおめぇだろうが……」
一人文句を垂れながら、個室にあったドラム缶サイズの水溜めから木桶に湯を掬って、頭から浴びせかけた。
寝起きでぼんやりとしていた頭をすっきりとさせつつ、身体を洗いながら今後のことを考える。
ルティンは――時の記憶というものを探せと言った。それがどんなものかは誠司には見当もつかなかったが、ルティンにして具体的な場所などを教えられないのであれば、きっと容易に見つかるものではないのだろう。それに、手掛かりをくれたルティンの行方は、またも一から足跡を探さなくてはならない。
ルティンに遭遇した報告ついでに、シミャマの町へと向かう前に、もう一度ルベダさんに会って意見を貰うべきだろう。
自分の身に起きた唐突な変化についても、訊いておきたいことがある。
「あの地下の部屋にいるのかな……」
誠司は顔から伝う水気を拭い取って、新たな衣服に着替えた。
ノエルの個室からはまだ水の流れる音が聞こえたので、扉に向かって叫びかける。
「おーい! 俺はちょっと用事があって外に出るから、ここで待っててくれないか!」
「えぇ~~!? まあいいけど、1万セリエはそこに置いといてよね」
「1万……? ってアホか! 覗いてねえよ!」
誠司は言い返しながらも、わりと1万というのは良心的な値段なのではないかとバカなことを考えつつ、昨日の記憶を頼りに町へと繰り出した。
もう二度と足を踏み入れたくはなかったが、再び馬宿通りへの入口を訪れる。
とある横道から、馬宿通りに繋がる家屋の裏口の戸を叩いた。昨日と同様に、この家屋には馬宿通りに入ろうとする人間を見定める男がいた。
男は常連客のように誠司を部屋に迎え入れると、友人のように声を掛けて来た。
「こんな朝早くから、昨日の今日でまた用事か?」
「ここからしか行き方を知らないんですよ。俺だって好きで来たわけじゃない」
「そうか……。まあ比較的朝方は安全だ。すぐに用事を済ませれば無事に戻れると思うぜ」
男はわざわざ馬宿通りに繋がる出入り口の扉を開けてくれた。
誠司は促されて、男に礼を言うと、ルベダに出会った地下道を目指した。
昇り始めた太陽が、通りを照らしていた。人影のない朝のこの通りは、人がいなくなって長い廃墟のようである。
誠司は駆け足になって、イブラムに教えてもらった裏道に面した建物の窓から室内に入ると、部屋の白壁を押して、慣れたように地下への階段を下っていく。
ひんやりとした淀んだ空気が鼻腔を抜けた。誠司の足音だけがしんと響く地下道を、ぼんやりとした灯りを頼りにしてルベダの地下室へと辿り着いた。
地下道を強引に区切っている薄い板の壁、建付けの悪い扉の前で、誠司が声を上げる。
「ルベダさん……いますか? クロノです。お伝えしたいことがあって来ました」
誠司が訊ねると同時、扉の向こうが騒がしくなった。色々な物音が聞こえてから、人の声が帰って来た。
「クロノなのか!? 少し待て……。こんな朝早くに人が訪ねて来るとは思わなかった」
返って来た声はたしかに昨日耳にしたルベダの声で、やがて慌ただしく部屋に迎えられた。
「朝早くにすみません。もうすぐ別の町へ出立する予定でしたので」
「いいや、かまわない。ところで別れの挨拶をしに来たわけではあるまい?」
ルベダは散らかった机の上の物を端に押しのける要領で強引に片付けた。齧りかけのパンの乗った皿や、ガラス瓶などが音を立てて山積みになっていく。
「はい、実は……」
誠司はルティンが唐突に自分の前に現れたことから始まり、時の記憶という概念の存在、そしてノハラの村で半神の声が聞こえたような気がしたので、シミャマを目指そうと思っていることなどをつらつらと語った。
ルベダは眉も動かさずに一つ々々の話を噛み砕いていきながら、途中で幾度も本棚から本を出しては、机に広げて知識を振り絞ろうとしていた。
「まさかルティンがこの町に訪れるとはな……。クロノに会いに来たのだろうが、ここで会うことに意味があったと考えるべきか……」
ルベダは本の中に記されたカイトラ国内の地図を指で辿りながら、誠司の次の目的地であるシミャマの町に目を向けていた。
「半神の声が聞こえたというのは……聞いたことのない現象だ。半神はあくまでアトン濃度の高い神域の環境が、生物を強靭な存在へと活性化させたものに過ぎない。今まで数々の半神の出現報告があったが、人語を介する半神の情報はなかったはずだ」
「それじゃあ、やっぱり俺の気のせいだったんでしょうか」
「そうとも言い切れない。神域については知らないことばかりなのが事実だ。それに、時の記憶という存在も初めて耳にしたが、ルティンが言うならば実在する可能性が高いのだろう」
力になれそうにないな、すまない。
ルベダは申し訳なさそうに言ったが、誠司にしてみればルベダですら知り得ないという、明確な指標ができたので、ある意味では聞きに来た甲斐があったというものである。
それに訊ねたいことは他にもあった。
「半神についてはシミャマの町で詳しく調べてみます。それよりルベダさん、俺を強くしてくれるために身体に何かしましたよね? あれって、具体的には何をしたんですか?」
ルベダは虚空の一点を見つめて、ルティンについて考えているようだった。誠司の質問には、心ここに在らずといった風に、機械のような口調で返した。
「ああ……、新たなアトン式を幾つか身体に組み込んだ。クロノはアトン式の扱いに慣れていないと思ったから、組み込んだ式は自動展開のものばかりだな。基本的には、身心に危険が及ばないようにする防衛と修復の式を中心に組んだ。血中の純粋アトン粒子が欠乏状態になるまでは、身体が損傷しても元の状態を維持するように働きかける仕組みだ。加えて筋力の収縮などの信号を感知して、腕なら腕、脚なら脚に、筋力のリミッターを解除する命令を出すようにした。人間の身体は、本来だとリミッターを解除すると筋肉や骨に負担が掛かって身体が損傷してしまうのだが、それを防衛と修復の式で補っている形だ」
ルベダは淡々と語ったが、誠司からの反応がなかったので、かえって考え事に水を差される形となった。ふと誠司の方に目をやると、自分の腕をじっと見つめて固まっていた。
ここで初めてルベダは、自身の会話が通じていないことを察したのか、
「まあ簡単に言えば……、肉体が屈強になって、ある程度は怪我をしても治るということだな」
あまりに端的に要約した説明をするのだった。
しかし誠司にとっては、難しい語句を幾千と並べられるよりも、実践と共に経験した感覚によってその言葉がすんなりと頭に入って来る。
たとえ銃弾で撃たれてもすぐに傷は塞がり、力の限り振り放った脚は、金属製の防具を身に付けた相手でさえ膝から崩れ落ちさせる。
超人ともいえる力を授けられたことが、身を以て実感できる。
「ありがとうございます。これで俺も、危険の一つや二つは乗り越えられそうです」
ルベダは自分の身体に施された変化を喜ぶ誠司に、優しい眼差しを向けて頬を緩めながら、
「まあ、そこらの子悪党に負けるようなことはないだろう。ただこれから相手にするのは、そんなやつばかりじゃない。もし本当に窮地に陥ったときは……この言葉を口にするんだ」
――『終わらない(ノフィニ・シュマイ)』
「終わら(ノフィニ)……ない(シュマイ)……? それを口にすると、何が起きるんですか?」
「フフッ、さあな。それは使ってみないとわからない」
「わからない……?」
「ああ、わらかないさ。だからもうどうしようもないとき以外には使うんじゃないぞ」
ルベダは愉快気ではあったが、決して答えをはぐらかしているわけではなさそうだった。
誠司は教えられた謎の呪文だけを頭の片隅にしまって、ルベダに一時の別れを告げるのであった。




