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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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六章 三話 神域の国

 六章 三話 神域の国



 風もなく穏やかな夜は静かに過ぎた。空の向こう側から、徐々に淡藤の朝焼けが一日の始まりを告げようとしていた。

ここ数日は、毎朝起きる度にここはどこかと呆けてしまう。

 誠司は軋むベッドの上で身体を起こすと、眩暈のするような現実に引き戻されるのだった。

 ふと視線を向けた隣のベッドに、ノエルの姿はなかった。

 あれだけ自由奔放のくせに、朝だけは早いらしい。二度寝も考えてはみたが、せっかくだから彼女を探しに町に出てみようと思った。

 宿の受付の男に別れを述べて、夜とは違った顔を見せる街の中を散策する。

 街に活気はなかった。早朝だからという理由もあるだろうが、この街の人間に活力がないことも関係しているだろう。

 整備の行き届いていないひび割れた石畳の道辺で、石段に座る一人の老人男性に話しかけた。

「おはようございます。ちょっとお訊ねしたいのですが、ここら辺に紹介所はありますか?」

「紹介所? 旅の人間か。そこの突き当りを右に曲がってすぐだ」

「突き当りを右……。ありがとうございます」

 誠司は軽く頭を下げると、言われたままに歩き出そうとする。だが、突如鶏のように叫んだ老人の大きな声に引き止められた。

「こぉ――れぇ! 人に物を教えてもらっておいて、何もせずに立ち去るつもりか!」 

「えっ……? 何もせずにって……」

「ハァ~~ッ! 最近の若造ってやつは……」

 老人は、誠司の察しの悪さに溜息をつきながら指で輪っかを作ってみせた。

「えっ……、えぇっ! お金ですか! 道を訊いただけで!」

「なんだ! その反応は? それじゃあ儂がせがんでいるようじゃろがい! なぜ儂が、お前さんの気が利かないばかりに恥をかかなければならないんだ!」

 こいつはとんだ厄介者に道を訊いてしまったかもしれない。

 誠司は口に出さないものの、分かりやすく顔に出して、また老人に怒られるのだった。

「なんだ、その顔は! 自分は他人に親切にされて当たり前だと思っとるようだな! 他人の知恵を借りるという行いは、すなわちこれ他人から財産を譲ってもらうようなものなのだ!」

「は、はぁ……」

 誠司は眉根を寄せながら、どうにか返事をしてポケットに手を入れた。

 わずかにだが、宿に泊まった釣銭がある。本来ならイブラムに返すべき釣銭だが、これで手を打てるなら安いものだと自分に言い聞かせて、老人にくれてやった。

 しかし老人は、これでは多すぎると手渡された小銭から幾らかを誠司に返した。

 ケチな爺さんかと思いきや、自分の中の金勘定に従って過不足なく受け取る生真面目さはあるようで、なんと形容すればいいのか難しい老人であった。

とにかく誠司はこれ以上絡まれないようにと、とっとと立ち去ってしまおうと片足を浮かせかけたが、すぐに老人特有の世間話の雑談に巻き込まれてしまった。

「ところでお前さんは、見たところ下級のフリーターというところかの……。この街の紹介所に何の用だ」

 無視をするのも心が痛いので、向き直って返事をしてあげた。

「散歩がてら、先に宿を出た連れを探しているところですけど」

「連れをな……。儂はてっきり、バカな夢を見て他国からルティン捜索の情報でも集めているのかと思ったわい」

「は……はは……」

 バカな夢を見ているわけではないが、嫌に鋭い老人の指摘であった。

 引き攣った顔を浮かべる誠司に、老人は呆れたような声で会話を続けた。

「なんじゃい、図星か……? お主、思ったよりもバカじゃのう。国が必死に探している男が、そこらのフリーター風情に捕まえられると思っているのか?」

 誠司は首を竦めつつ、老人の真っ当な指摘に苦笑するしかなかった。

「さあ、どうでしょうね。だけど賢いルティンにだって、誤算は生じていると思いますよ。それにどんな有名な人間だって、最初に名を挙げるまではただの人じゃないですか」

「そうかものぉ。ただし一握りの有名な人間の陰には、幾千もの道半ばで倒れた人間がおる」

「倒れちゃないですよ。生きてるんですから。別の道を歩き出しただけです」

「ほぉ……?」

 老人はいくらか愉快気に目を細めると、意外なことを口にした。

「まあ、人は一人では何もできん。巡り合わせを大切にすることじゃ。ヒントをやろう」

「……ヒント、ですか」

 突然の老人の提案に、誠司は驚き目をぱちぱちと瞬かせる。

 老人は朝方の未だぼんやりとした陽光を背にしながら、西の空を指差した。

「ルティンの狙いを知りたいじゃろう? 彼奴の狙いはなぁ……オスワの国じゃ!」

「オスワの……国?」

 ここまで幾つかの国の名前を耳にしたが、未だ聞いたことのない名前の国であった。

「そう、オスワの国……。今や古の伝説だが、神域にあったとされている国じゃ。オスワの国は四人の魔術師が生まれ、魔術によって滅んでしまったとされる国なのじゃ! その古の魔術の危険性から、大国の王たちは互いに魔術を禁忌とする大陸法を定めたが、そんなものがいつまでも守られるほど人間は賢くない。ルティンはオスワに行くことで、学術所から持ち出した知識と共に魔術を完成させるつもりなのじゃよ」

 老人は喉を鳴らして不敵に笑うと、足元に鋭い視線を向けて割れた石畳の欠片を集めた。

 銅貨ほどの小石三つと、一回り大きい石が足元に並ぶ。小石が三つ、三角形を作るように置かれ、その小石たちを従えるように一回り大きい石が配置されていた。

「……これは?」

「大きな石が、首都アゼリアの町。それを守る小さな石は、カイトラ三騎の領国じゃな」

 今いるフィジーの町はここだと、老人は足先を向けて、

「このコルドー様が治めている、首都の南東にあるフィジーの町は、東のシエドと南のスーガ両方に睨みを利かせる他国への防衛線。一方で首都の北西に位置するニープの町と、首都の南西に位置するシミャマの町は、神域を見張るための砦を管理下に置いている。」

 老人の足先が、現在地のフィジーから、南西のシミャマという町へずるずると引き摺られた。

「だが最近になって、シミャマの町が管轄する砦にて、異常な数の半神の目撃報告が上がっているという。これは間違いなく、神域で何かが起こっている証拠なのじゃ! ルティンの逃走劇が計画的なものだとすれば、神域を荒らしているのはルティンに違いない」

 若人よ、シミャマの町を目指すのじゃ。

「シミャマの町……」

 誠司は教えてもらった町の名前を覚えると、お礼を言って紹介所に向けて歩き出した。

 老人は離れていく誠司の背に、幾度もその町の名を叫び掛けるのだった。

 シミャマの町――たしかに神域と接している地域ならば、なんらかの面白い情報は集められるかもしれない。しかし、それがルティンと直接関係があるのかはまた別の話だ。

 誠司が思案しながら、道の突き当りを右に曲がってみると、老人に教えられたままに、すぐに紹介所と思われる看板が目に入った。

 誠司は出入り口の扉をわずかに開いて、店の中を覗き込んでみた。扉の上部には小さな鐘が付けられていたようで、誠司の頭上でカランカランと鐘の音が鳴った。

 板張りの小さなフロアに、ノエルが椅子に座って一冊の分厚い本を読んでいる姿が見えた。

ノエルが鐘の音に気が付いて、誠司と目が合った。

「外に出るなら一言くらいくれよな……」

 誠司は向かい側の椅子に座ると、本に夢中になっているノエルに話しかけた。

「疲れていると思って。起こすのも悪いでしょ?」

「ああ……。気遣ってくれたのか」

「ううん。今考えた言い訳……」

「……はは、そうですかい」

 誠司は口角をわずかに上げて呆れたように笑うと、世間話でも始めるように今しがた老人に聞いた面白い噂話を伝えてみる。

「ルティンはオスワの国を目指しているかもしれないって……」

 ノエルにとっても聞いたことのない国だったのだろう。本に釘付けになっていた視線を、誠司の瞳に向けて来た。

「……オスワの国? どこの国の話よそれ」

「神域にあったとされる、伝説の国らしい」

「神域の国? ルティンがそこに? 神域を一人で調査だなんて、現実的じゃないと思うけど」

「それについては、俺も懐疑的であるよ。たしかにルティンの目的は魔術を使って王様を亡き者にすることかもしれないけど、本当にあるかもわからない伝説の国なんて探すのかな」

「まあ魔術の手掛かりなんて、伝説の中にしかないかもしれないけどね」

 ノエルは読んでいた本をそっと閉じる。

誠司は閉じられた本の表紙に目を落として、その表題について訊ねた。

「カイトラ史……?」

 カイトラの国の歴史について著された本のようである。

 ノエルは誠司の手元に本を投げ出して、首を傾げて天井を仰ぎながら言った。

「……ん、この本のこと? そうね、なにか参考になることがあると思って。でもルティンの村についてや、首都アゼリアの町、国としての魔術との関わりなんかも調べてみたけど、あんまり参考になりそうなものはなかったかな」

 誠司は投げ出された本の適当な頁を幾つか捲ってみる。

「560年、各国精鋭による第三次大規模神域調査。568年、スーガ戦争。570年、第15代国王アルバー・アレクサンデル・レリベロ王即位。571年、アトン学術所にて各地の優秀な平民の子供の入学を許可。575年、シエド国との間に飢饉に際しての特別貿易条約を締結……」

 ふと目に留まった簡易的な年表を、所々口ずさみながら読み上げてみた。当然のことながらオスワの国についての記述は見つからなかったが、とある項の詳細で誠司の手が止まる。

「560年……各国精鋭による第三次大規模神域調査……。シミャマの町、モカツ砦を調査拠点として約1年の調査活動が行われる。この大規模調査は精鋭隊と近隣の村に大きな被害をもたらしたことで打ち切られることになる」

 ノエルは椅子の背に深く寄り掛かりながら、シミャマの町について触れた。

「シミャマの町にはね、神域から人里に下りて来てしまう半神の対策としてモカツ砦という軍事施設があるの。カイトラの国には神域までの山林を切り開いた大きな山道が2つあるんだけど、そのうちの一つがモカツ砦近くのモカツ山道」

「最近になってシミャマの町の近くで、半神の出没が頻繁にあるらしい。この本によると、過去に大規模調査があった時には近隣の村に被害があったと書いてあるだろ? もしかして、誰かが神域を荒らしているってことはないかな」

 それは老人の話とも合致しそうな情報であったが、ノエルにはあっさりと否定された。

「可能性は低いんじゃない? 神域を刺激するなんて迷惑なこと、モカツ砦の連中が黙って見過ごすはずないもの。まあ、少数で行動すれば監視の目から逃れられるかもしれないけど、少数で神域に入って荒らしまわるなんてことは想像できないわけよ」

「だけど、この色々な事件が起きている最中のことだ。繋がりがあるかもしれないんじゃないか」

「うーん……。でも行ったところで、神域に入るなんて馬鹿なことはできないしねぇ」

 当ての外れた余計な時間を使えば、ルティン捜索は大きな遅れを取ることになってしまう。

 ノエルは気乗りしていない様子だったが、誠司は先程の老人との会話を妄信しているわけでもなく、どうしても一つ気掛かりなことがあった。

 ――神域を侵せば、再び戦は繰り返される……。

 ノハラの村で初めて半神に遭遇した時、追い返した半神の鳴き声がそんな風に聞こえた気がしたのだ。あれは果たして、混乱した脳内が作り出した幻聴だったというのか。

 誠司はもう一度半神という生き物に出会えれば、それを確かめられるような気がしていた。

「でも馬鹿なことの一つでもしないと、ルティンには手が届きそうもないだろ」

 誠司の双眸が、鋭さを増してノエルを見つめていた。

 リスクは承知の上だとでもいう風に、口調には圧がこもっている。誠司にとって不必要な危険かもしれないのにも拘らず、なぜか高揚した胸の内が力強い言葉を発していた。

 その勢いに驚いたのか、ノエルは一瞬ばかり目を丸くしていたが、すぐに姿勢悪く寄り掛かっていた椅子から跳び上がるように立ち上がった。

 額がぶつかりそうなほどに顔を寄せて来たノエルが、にっこりと笑いながら言い放つ。

「へえ……、死ぬ気で星をつかみに行こうってのね? そういうことなら乗ってあげる」

 いかにも機嫌が良さそうに、鼻歌まじりになって紹介所を徘徊し始めた。

「……死ぬ、気で? いや、死ぬ気は……ないんだけどさ」

そこまでは言っていない。死ぬ覚悟とまでは、言った覚えはないはずなのに、

「もちろん! 死ぬ覚悟はあっても、死んだら元も子もないからね!」

 誠司は今更突き出した拳を引っ込めることもできず、とりあえず格好つけて、意味もなく同調するように鼻で笑ってみるのだった。

「フフッ……」

 精一杯作ったクールな顔のつもりだったが、店内の服装を見るための全身鏡に、自分の不器用に固められた笑顔が映っていた。

 気張ってはみても、やはりノエルと組んでいる以上は、自分はアクセルではなくブレーキ役にならなくてはいけないと改めて思い直すのであった。


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