五章 二話 ルティンの思惑
五章 二話 ルティンの狙い
――どれくらいの時間が経ったのか。
何かに呼び起こされるかのように、誠司は瞼を開いた。
未だ薄暗い部屋の中で横たわっているのがわかる。目覚めは春の朝のように心地よかった。
身体を起こした。どうやら二人掛けのソファの上で寝かされていたようだ。
「起きたか……調子はどうだ?」
ルベダと名乗った男が、机でなにか物を書きながら誠司の目覚めに気がついた。
「えっと……コルドーさん?」
「コルドーはやめてくれ。それは特別な名前なんだ。ルベダでいい」
「ルベダさん……。俺は、どれくらい寝ていたんですか?」
「たかだか四五時間ほどだ。ザタンはノエルという女を呼びに出かけた」
「そうですか」
すると誠司は、また留守番ということになるのだろうか。自由に動ける二人が羨ましい。
ルベダも真剣な目つきで机に向かっているので、する事もなく退屈になるかと思ったが、
「フェンとは、知り合いでもなんでもないらしいな……」
こちらに振り返って、誠司に訊ねた。
「フェン……。ルティンですか? 違いますよ。友人のハドリアさん曰く、偶然らしいです」
「偶然か……。俺は政治になど興味がないが、今回に限っては別だ。フェンの身になにが起こっているのかを知りたくなってな……」
ルベダは忙しく動いていた手を止めて、つらつらと語り出す。
「ルティンがリスクを冒してまで、魔術にこだわった理由を考えていた」
「魔術にこだわった……理由?」
「この際、王を亡き者にする目的は置いておこう。その前に、魔術を選んだ理由だ」
ぽかんと口を開けて呆然としている誠司に、ルベダは協力を求むように説明する。
「まずルティンの思惑通りに魔術が成功していた場合、どうなっていたか。簡単だ。王が死に、いよいよルティン捜索に国境を越えた精鋭部隊が送られるだろう」
「各国の精鋭部隊ですか。それほど大事なんですね……」
「当然だ、魔術の術式を持ち出しただけでも国家反逆の罪なんだ。もしそれを使おうものなら、大陸にルティンの居場所はなくなる。今はまだ魔術の研究員が行方を暗ましたという、カイトラ国内の問題として判断されているが、使用したとなれば他国も明日は我が身かもしれない」
「周りの国は安心して眠れない」
「そういうことになるな」
「……えっ?」
誠司は自分の何気ない言葉を、自分で訊ねるように問い掛けてしまった。
「なんだ? そういうことになると言ったんだ。周りの国は安心して――」
ルベダは繰り返し言いかけてから、すぐに彼の脳裏にもはっと閃きが走ったようである。
「なるほど。君は賢いな……」
「ルティンは、自分を抑止力にしようとしている……?」
「ふむ。私の考えていた仮説より、現実的かもしれない」
「ルベダさんの考えていた仮説っていうのは……」
「いや、狂気の沙汰だ。私がルティンであったならば……必ず“魔術”というものを試してみたくなるだろうという研究者としての性だ。平民に生まれ、衰退していくカイトラに生まれ、たまたま魔法術式の天才として生まれてしまったのだ。私なら、大陸中に誇示してやりたい。神のような気分だろう。権力に胡坐をかく馬鹿共に、鉄槌を降すための力を手に入れてしまえばな……」
ただし、ルティンに限ってそれはないだろうとルベダは付け加えたが、
「あっ……、ああっ!」
誠司の頭に、恐ろしい可能性が思い浮かんでしまった。
考えてみれば、容易に起こりうる出来事だった。誰もがルティンに釘付けになって視野が狭くなっているが、歴史的にも技術というものが長期に独占された試しはない。
ルティンが禁忌を冒してまで抑止力を求めるとするならば、それは目には目を、歯には歯を備えなければいけない状況に迫られたからではないだろうか。
「なんだ、さっきから!」
誠司は半ば否定して欲しくて、ルベダの肩を揺らした。
「本当にルティンだけですか!?」
「なにがだ!」
「決まっているじゃないですか! 魔術という力を使える人間ですよ!」
「なっ……!? 魔術を使える人間、だと?」
そんなものルティン以外に存在するはずがない。
ルベダは即座に否定してやりたかったが、ルベダ自身もつい先日までルティンが魔術を扱えることなど知る由もなかった。どこの国でも魔術に関しての情報は伏せられている。自国でもよく知らないとなれば、他国ならば誰が研究しているのかさえわからない。
「以前に俺は、魔術について聞きかじりました。魔術の抑止力として、今も魔術を研究する人間がいると。だからルティンは使命を果たそうとしているんじゃないかと思うんです。そしてルティンが使命を果たすということは、他に魔術を使える人間がいるということじゃないですか」
「ちょっと待て、待ってくれ……!」
ルベダは状況の整理が追いつかないという風に、頭を抱えながら、
「ならば、なぜ王を殺そうとする必要がある?」
ひとまずは置いておくとした、王を殺める理由が、ここに来て突き止める必要に駆られた。
「それは俺に訊かれても……」
「そうだな……。ただ、やはり重要に違いない。君は聡いようだから、ぜひ一緒に考えてくれ」
「そんな、俺にはなにも……」
誠司は謙遜したが、ルベダのような本当に賢い人間にそう言われるのは嬉しかった。
どうにかして、頭の中の引き出しを片っ端から開いてでも、役に立ちたかった。
――ヒデ、俺に力を貸してくれ。
誠司は遠い友人に祈りを捧げる。失敗を重ねてきた人生に意味を見出すなら、その日々を糧にする以外に方法があるだろうか。
目を瞑って、自分の唯一の取柄となっているヒデとの歴史談話を思い返していた。
ルティンが王様を裏切ったとする――裏切りといえば、戦国時代でいうと明智光秀か、小早川秀秋が有名だろうか。主君を裏切るという意味では明智光秀だが、どちらにせよピンとこない。ルティンは天下を狙うつもりなど更々ないだろうし、利害で動いているとも思えない。
どちらかといえば、利害で動いているのはカイトラ三騎と言われる面々ではないだろうか。
重臣が主君を裏切ることは往々にして起こることだが、不思議なのはルティンの狙いが裏切った重臣ではなく王様だったことだろう。そうなるとルティンはカイトラ三騎側の人間のように思えても来るが、重臣たちは王を軟禁しているのだ。わざわざルティンが手を汚さずとも、すでに王様を手中に収めていると言ってもいい。
だが、そうなるとルティンは誰が敵で、誰が味方なのか。まるで関ケ原ではないか。
ルティンからすれば、カイトラ三騎のうちの裏切った二つの家は、小早川秀家と吉川広家のようなものだろう。
戦国時代の後期。天下分け目の決戦といわれた関ヶ原の戦いは、開戦前に圧倒的有利な布陣を敷いていた実質石田三成率いる西軍に対し、後から西軍に囲まれるように布陣した、徳川家康率いる東軍が圧勝したことで有名な戦いである。
この戦の勝敗を分けたのは、一般的には東西の軍を率いた二人の開戦前の根回しの差だとされる。
西軍は重要な場所に布陣していた主戦力の小早川秀秋と吉川広家の二将が、すでに裏では東軍と密約を交わしていたことで開戦後に総崩れとなったと一説では語られている。
この二人が裏切ると決まっていた時点で、勝負は始まる前に決していたということである。
「外交と調略に長けた、家康の作戦勝ち……。三成は、見事に釣り出されたんだ……」
誠司は昔にヒデから聞かされた語り口を呟きながら、ふと気になってルベダに訊ねた。
戦争とは自発的な侵略に加えて、挑発や計略的な釣り出しから勃発するものも多い。後者であれば、いつも得をするのは黒幕なのが歴史の常だ。ようするに裏を返せば、戦争が終わった後に得をした人物や国が、黒幕ということである。
「ルベダさん……、カイトラは一昔前に戦があったそうですね。その戦の結果で、得をした国や人物がいませんでしたか?」
これがルティンの私怨ではなく、王様をも関係する事態だとするならば、この国の斜陽の始まりに答えが眠っているはずである。
「一昔っていうと、カイトラとスーガの国の戦か? あれは両国に大きな爪痕を残したが、強いて得をした国を挙げるとするなら、ウェンスギーの国だな。ウェンスギーは敗北寸前だったカイトラに援軍を送ることで、両国の間に停戦協定を結ぶところまで盛り返した。その後も傷跡の激しいカイトラを軍事的に保護するという盟約のもと、今もカイトラ領地からの徴税権がウェンスギーに認められている」
ルベダは積み上がった本の中から一冊を取り出すと、机に広げて誠司に見せた。広げた頁は、カイトラ周辺を望む地図のようで、ルベダが順に説明する。
「カイトラ、スーガ、ウェンスギー、シエドの四大国が昔から東国の歴史の中心だ。四角形に十字線を引いた図を思い浮かべてほしい。右上がウェンスギーの国。右下がシエド。左下がスーガで、左上が神域の地だ。カイトラはその四つに挟まれた、十字線の交点にある」
誠司は開かれた頁に目を落としながら、一つの国を指差した。
「ウェンスギー……。恐らくですが、このウェンスギーという国に、ルティンの敵がいます……」
根拠の薄い誠司の推論だったが、ルベダはその可能性を煮詰めていく。
盲信するには馬鹿げたストーリーであったが、それがルティンの犯した大罪の背景とするならば、馬鹿げているくらいに慮外な脚本が裏に潜んでいるほうが納得できるというものだった。
「ウェンスギーに仕組まれていたというのか……? いったいいつからだ?」
自分たちが仕掛けたと思っていた侵略戦争が、他国に唆されていたとすれば驚愕である。
「わかりませんが、仕組まれたならば長期的な計画だと思います」
「もしそれが本当ならば、ルティンは一人で自国と他国を相手に……」
誠司も頷いて、なぜだか拳を強く握り込んだ。
途方もない迷惑を掛けられたが、ルティンが追い詰められた末に偶然誠司を巻き込んでしまったのであれば、許してやりたいような気がした。
――きっと、間違っただけなんだ。誰にだって間違えはあるんだ。ただ、世の中には取り返しのつかないこともあるけれど、腐らない限りは取り返せることもあるはずだ。
誠司はまるで自分に重ねるように、ルティンへの嫌悪を霧散させていく。
「なんにせよ、憶測です。やっぱりルティンを捕まえないことには……」
「情けない……。俺はコルドーの家に生まれて、こんな地下でなにをしているんだ!」
ルベダは机に拳を叩きつけると、その勢いのまま立ち上がった。
「行こう……。友のために恥をかけないのならば、そんな自尊心は俺の劣等感が育ててしまった過ちそのものだ。捨て去ろう。今日にも、今にもな」
ルベダは誠司の首根っこをつかむと、狭苦しい地下の部屋から飛び出そうとする。
「行くって、どこに!?」
誠司が四五時間ほど寝ていたなら、地上はもう日が沈んでいる頃のはずだったが、ルベダの力強い歩調はその意思を反映するように明確な行き先を持っているようだった。
「久方ぶりに、城へ戻る……。弟と会って……救うのだ! 国ではない、フェミマールを!」
ルベダの突き刺すような声が地下道に響いた。
誠司は首根っこをつかまれて後ろ姿しか窺えなかったが、ルベダがまるで別人のようである。
身なりは人を表すというが、もしボロを着て一般人に溶け込める王様がいるならば、それは本物の王様ではないのかもしれない。
真に高貴な人間というのは、頭のてっぺんから指先から魂までを、高潔に着飾っているのではないか。
誠司がそんな風に思うくらいには、今のルベダは領主の家に生まれ育った、ルベダ・コルドーの名に相応しい風格を取り戻していたのだった。




