四章 二話 馬宿通り
四章 二話 馬宿通り
町の一角に入る。道に敷かれた石畳は、所々がひび割れて悲しげだった。
ノハラの村とは違って、二階建ての建物が多く見えた。ぎっしりと道沿いに並んで、訪れた者を迷わせることなく中心地へと迎える。
ノエルと二人で、街角の紹介所で馬を預ける手続きを行っていた。髭をたくわえた男の店主と世間話をしながら、フィジーの町についてあれこれと聞いていた。
「奇妙な静けさね。町中とは思えない」
ノエルが支払いをしながら呟いて、誠司も同感する。
心なしか町の空気は重く、人々に活気がないように見えた。
「みんな大変なのさ。気力ってもんは、希望がねえと湧かないもんだからな。治安が悪いという噂も広がって、行商の出入りも鈍ってる」
「そういう時こそ、町を挙げて頑張るべきなんじゃないの?」
「そういう時期は過ぎたんだ……。中心になれる人物がいれば、また違うかもしれないけどな」
店主は溜息を吐きながら事務的に会計を済ませた。悪気があってのことではないだろう。これが現状この町に漂う空気であり、日常になってしまっているようだった。
「領主はどうなの? 今はたしか、バセップ・コルドー公……カイトラ三騎の家系じゃない」
「コルドー公か……。元気にしてるんじゃないか? 先祖は代々戦上手で名を馳せたが、今の当主は金勘定に忙しいみたいだけどな。なにせウェンスギーに米を売って、麦を買い付けるだけで大きな差額が入る楽な商売だ。その身にカイトラの魂は宿っていないみたいだが、民衆が不作の年には食料を分け与えたりして、恨みを買わないようにはしているようだな」
「言い方に棘があるのね。良い領主じゃない」
「どうかね? 三騎の家系のなかではマシなほう……くらいだな。そもそも先代の貴族たちが余計な戦争を起こしておいて、あっさり負けちまったのが長く続く苦しみの原因だ」
「国の根幹だった錬金術師が不足し始めたからでしょう? たとえ戦争をしなくたって、いずれは財政が苦しくなったんじゃないの」
「お嬢ちゃん、それは国の身勝手ってもんだ! アトン式の研究は、貴族が知識を独占して行っている学問だ。表向きは名家に受け継がれる血統が必要だとか、危険な運用云々などと言ってるけどなァ、子供だって知ってるぜ? あれは古くから存在する既得権益の固まりだってな! 知識を独占して、貴族が貴族であり続けるためのくだらねえルールだ! 本当は平民も貴族もねえ。ルティンを見てみればわかるだろ? 平民のあいつが、この国で一番のアトンの使い手なんだ!」
そこからは長ったらしい店主の愚痴が続いたので、適当に切り上げて店を後にした。
馬を置いて二人が向かうのは、イブラムがいるはずの兵士が常駐している兵舎街だった。中心街から大路が伸びた先の城下に兵舎は固められている。
今のカイトラは何百人という兵士を食わせることができないため、指揮官も熟せる優秀な兵士だけを十数人ほど住まわせている閑散とした一帯になっていた。
飾り気のない同じような兵舎が並ぶ背後に、小高い山の斜面を切り崩すように、赤茶色の城が建っているのが見えた。
イブラムとはとくに待ち合わせ場所を決めていたわけでもないので、近くを歩いていた兵士に居場所を訊ねる。
イブラムの特徴と名前を告げると、すぐに誰のことだかわかったようだった。
彼は二三日忙しくあちこちを走り回っていたが、恐らくこの時間は馬宿通りという場所にある、寂れた居酒屋の『蹄』という店で安酒を飲んでいるだろうと教えられた。
ただし馬宿通りはフィジーの町のなかでも特に治安が悪く、道行く人はみんな無法者だと思うくらいの心掛けで行くべきだと告げられる。
「もし恐いなら、俺がイブラムを呼んでこようか?」
兵士は眉を顰めた誠司を察して、自らおつかいを頼まれてくれようとしたが、
「あら、いいの?」
「500セリエで請け負うよ。あそこのやり口は慣れているからさ」
「500セリエ……。クロノ、ほら行くよ」
金額を言い渡された途端、ノエルの目の色が変わって通りに歩き出していた。
「おーい! これでも破格の値段なんだぞ~!」
兵士の声を背に受けながら、ノエルはそれを無視して馬宿通りを目指す。
「ぼったくりじゃん! なんなの、500セリエって……」
「それほど危ないところだってことじゃないか? 頼んだほうが良かったのかもしれないぞ」
「あんたね、そのお金は誰が払うの? お金で安全を買っていたらフリーターなんてできないのよ」
「でも、悪い人には見えなかったけどな」
兵士の求めた報酬が正当な額であるならば、それは馬宿通りという場所の危険性を表している。
誠司は嫌な予感がしながらも、いざ兵士に聞いた目的地に近づいて来ると、すぐそこに見えてきた場所が、初めて訪れたにも拘らず馬宿通りであると確信した。
「ここだろうな……」
「ここだろうね……」
ノエルも同じことを思っていたようで、二人して馬宿通りの入り口を見つめていた。
自動車が二台ほどすれ違える道幅だろうか。そこが高く積み上げられた瓦礫やガラクタのバリケードで塞がれていた。
「なによ? どっから入るのこれ!?」
誠司が瓦礫のバリケードをよじ登ろうとするノエルを制していると、その脇に建っている家の窓から、禿頭の強面な男がこちらに叫びかけてきた。
家は古びた板張りのボロ屋で、男が顔を出す窓にはガラスはおろか格子すらもない。
「てめえら、なにしてんだ! ここは余所者の来るところじゃねえぞ!」
男は叫んでから顔を引っ込めたかと思うと、隣家との間にある狭い脇道から姿を現した。
強面で睨みを効かせる男に対して、ノエルはより一層ガラの悪い目つきで開口一番に文句を叩きつけた。
「この道を塞いだのあんた? 邪魔だからどかしなさいよ」
「なっ……アァンッ? だから、てめえはどこの誰だよ!」
ノエルが怯まなかったのが予想外だったのか、やや男のほうが困惑する形になっていた。
「カイトラのフリーター。ここに用があんのよ」
「だったら正規の道から入れ。ここは女子供が間違って入らねえように、こうやって塞いでるんだ。意味がわかるか? 興味本位だろうとなぁ、ここに一歩でも入ったら、女子供はおろか貴族だろうが神子だろうが無事は保証されねえ。ここに法は存在しねえ。強さだけがここでのルール――って、なんだよクソガキッ!」
男が熱く語っているのを遮って、誠司が男の肩を揺らしながらバリケードを指差した。
誠司の指の先で、ノエルがバリケードをよじ登っている。
「おいおい、バカ野郎! やめろぉ! 俺の親切がわからないのか!」
男はお前の連れだろうと言わんばかりに、逆に誠司の肩を揺らしてノエルを指差した。
「どうにかしろぉ! 無法地帯にも無法地帯なりのルールってもんがあるんだ!」
男の額汗が尋常ではないので、誠司は今一度ノエルを引き留めた。
「やめろー、ノエル―! 無駄に問題を起こすなー! 正規の道ってやつから入ろう!」
「ハァ~? どっかのバカが、その正規の道を勝手に塞いでいるんでしょうが!」
「お前の言うことはもっともだー! だけどルールには作られた事情ってもんがある。余所者の俺たちが知りもしないでそれを踏みにじるのはよくないと思うんだ!」
「ここは無法地帯なんでしょう? 強さだけがルールじゃなかったの!」
「なるほど……。お前なりにルールは守ってるってわけだな――」
どうしますか、旦那?
誠司が強面の男に向かって首を横に振ると、男は一瞬白目を剥いたあと、恐らく彼の人生のなかで一番に頭を捻ってから、ノエルに返した。
「待て待てえぇ~い! お前が今いるところはまだ無法地帯じゃねえ! この町のルールが適用されるところだ! 馬宿通りと町の境界線を勝手に犯すことは、一般町民にも迷惑だ!」
悪人面の男に常識を説かれて、ノエルは渋々といった風にバリケードから下りて来た。
「……ったく、なんなのよ! だったら早く正規のルートとやらに案内してくれない?」
「なんて女だよ! こっちに来い」
男は自分が通って来た隣家との間にある小道に入ると、そこの裏口からボロ屋のなかに招いた。
「正面口から出れば、もうそこは馬宿通りだ。行きてえやつを止めるのは俺の仕事じゃねえからな、自由にするといい」
あっさりと正面口を出て、馬宿通りに一歩踏み出した。
町と通りを遮断しているバリケードの壁を背に、真っ直ぐな通りを二人で進んでいく。
一見して、治安が悪いことがわかる光景だった。居並ぶ建物はどこも窓ガラスが割れてなくなっているか、その代用に板を張って釘を打ちつけてある。
店のようなものも何軒か並んではいるものの、もはや営業しているのかしていないのかも知れない薄暗い店内が窺えるだけだった。
道端に座る人々が度々目に入るが、こちらを品定めするような虚ろな目で心地が悪い。
誠司は無意識のうちにノエルに身を寄せて、警戒心を高めていく。
ただ救われたことに、兵士に聞いた『蹄』という店は、歩き出して間もなくのところにあった。
店頭に馬の蹄が描かれた看板が、壁から剥がれ落ちそうにぶら下がっている。
「ここだよな……」
外から店内の様子はわからない。唯一の窓には板が打ちつけられている。
「やってるのかしら?」
ノエルは店の壁に耳を当てて、店内の人声を確かめた。
決して賑わってはいないものの、幾人かの声が飛び交っているようだった。
「入りましょう!」
人の気配だけを確認すると、ノエルは迷いなく店の扉を開けていた。
入ってすぐに、三人の男の視線が誠司たちに突き刺さる。
そのなかの一人、体型が洋梨のように太った男が絡んできた。
「お~うおう! 綺麗なお洋服なんか着ちゃって、ここらじゃ見ねえ女だなぁ!」
連れの二人が下品な笑いを浮かべて一緒に笑う。細身で鼻の高い男と、筋肉質で小柄な丸鼻の男が席を立ってノエルを取り囲んだ。
ノエルは表情一つ変えることなく、自分の要件だけを淡々と伝える。
「イブラムって男が、ここに来てない?」
「イブラム……っ!? なんだ、てめえイブラムの知り合いかい?」
細身で鼻の高い男が頬を引き攣らせると、空気が途端に一変した。
どうやらイブラムの名前は、ここでは意味のある言葉らしい。
「知ってるんだったら、どこにいるか教えなさいよ」
「さっきまでいたよ……。俺たちから金を巻き上げて、どっかに行っちまったけどな」
言葉と同時に、ノエルが太った男に突き飛ばされて床に押さえつけられた。
「ノエルっ!」
慌てて叫んだ誠司も、二人の男に腕を後ろに取られて身動きができなくなった。
「なんのつもりなの?」
未だ冷静に会話をするノエルに、太った男は憎しみを込めて言い放つ。
「なんのつもりぃ? そりゃあイブラムにやられた分を、お前ら二人で穴埋めするんだよ。金髪の女一人に、若い男が一人か。それなりの金になるぜ」
太った男は下卑た笑みで、ノエルの右腕をつかんだ。すると彼女の右腕は薄っすらと赤く光り、その白い肌に文字を浮かべる。身分印を確認していた。
「どれどれ……生まれはシエドのデーンゲーン。名前は……ノエル? ノエル・マンシーだと?」
太った男は驚いた様子で、連れの男たちと顔を見合わせた。
知り合いかと思いきや、その顔はみるみる嘲るような調子に変わり、ノエルに質問を飛ばす。
「マスター・ジオンを知っているな?」
ノエルは答えなかったが、それが男たちにとっての返答になったようである。
「こいつはいいや! マルコの兄貴のところへ連れて行こう!」
男の手によって後ろ手に縛られたノエルは、そのまま店の外に攫われてしまった。
ノエルは太った男の肩に軽々と担がれながら、店から出る去り際に誠司に声を上げる。
「あんたはそこで大人しくしてなさい! 余計なことしないように!」
「余計なことってなんだよ!」
誠司の声は、閉ざされたドアに遮られてしまった。
今すぐにでもノエルを追いたい衝動に駆られたが、店には二人の男が残っている。
誠司一人では舐められているのか、大人しく床に座っていることを促された。縛りつけるようなことも考えていない様子である。
――余計なことはするな。
ノエルの去り際の忠告は未だ耳には残っていたが、それを忠犬のように固く守ることが賢いのであれば、誠司は人を捨てて犬にならなければならないと思った。
どうにかして、この男たちを出し抜かねばいけない。
誠司は煮えたぎる怒りを胸の奥に隠して、静かに闘志を燃やしていた。




