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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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四章 一話 パンと米

四章 一話 パンと米



「ぐぅっ……いったい、何者だ? 指名クエストを受けたマスターか!」

 足を引き摺って倒れ込むユリウスの前に、龍馬(ドラム)が盾のように立ちはだかると、低い唸り声を上げてこちらを威嚇していた。

「よく飼いならされているのね、関心だわ。これだけ威嚇しても、主人の命令なしに他人様を襲わないのは相当な訓練が必要でしょうね。

 ノエルは勇敢な子犬でも褒めるように、平気な顔で距離を詰めていた。

「ちなみにわたしはただのシエド出身のフリーター。ちょっとノハラの村の紹介所で面白い話を耳にしたから、身なりの良い格好をして来たわけよ」

「フリーター……? たかがフリーターに、まぐれの一発を貰っちまったってのか……ハハッ!」

 ユリウスは自嘲気味に笑いながら、落馬した際に手放した黒刃の剣を拾おうとしたが、ノエルの足に伸ばした手を蹴り払われた。

「フィジーの町には、貴族や豪商だけを狙う変わった賊がいるそうね? 義賊のつもりかなにか知らないけど、護衛がつきやすい上級民を狙うのはリスクが高いんじゃない?」

「フハハッ! 損得勘定が好きなら商売でもやってるだろうよ」

「まっ……おっしゃる通りね。それに理由もだいたいは想像がつくけど。ただ、わたしが聞いた面白い話ってのは、その義賊さんの狙う相手よりも、奪ったお金の使い道なのよね」

 ノエルの言葉を引き金にするように、ユリウスの表情が険しくなった。

 誠司は茂みからひょっこりと顔を出して、無口になったユリウスの代わりに口を開く。

「奪ったお金の使い道……?」

「そう。お米を買い込んでるって話よ」

「米を……?」

 と、誠司は不思議そうに一言漏らしてから、

「それがなにかおかしいのか? 食うに困っている人がいるんじゃないか」

「貧しい国だから、普通はそう考えるでしょうね。だけど、この国の現在の食料レートを考えるとおかしな話になるのよ」

 ノエルは言いながら、またいつかのように足元の小石を拾って地面になにかを描き始めた。

 地面に草のような絵と1という数字、雲のような絵と1,5という数字が現れる。

「これがなにかわかる?」

「バカにするなよ。草と雲だろ?」

 誠司は真顔で答えたあと、ノエルに投げつけられた小石を両手で防いだ。

「話の流れから、麦と米に決まってんでしょうが! つまりね、この国ではお米のほうが五割増しで価値が高いってこと! 麦のほうが同じ値段でたくさん買えるの!」

 あくまで噂だけどね――ノエルは付け足して述べると、ユリウスに視線を戻した。

 ユリウスは黙秘でもするように、居心地が悪そうに眉間に皺を寄せていただけだったが、

「カイトラの国旗。金色の馬の御旗……。描かれているのは、金の馬と、なんだか知ってるか?」

 突如問いかけるように、ノエルと目を合わせた。

「稲穂でしょう? 金と馬とお米。これがカイトラを支えてきた名産じゃない」

「そうだな……。しかし、今はどうだ? 錬金術師は年々減っていき、軍は衰えて、民が作った米はウェンスギー国の貴族たちの下に送られる。弱さとは罪なものだろ? 俺たちは清く踏みにじられて生きるくらいなら、血と泥に塗れて死ぬことを選ぶのさ」

 ユリウスが足を庇うように地面を転がると、足蹴にされた剣の下まで辿り着いた。

 往生際は悪いようだ。しかし剣を持ち上げようとして、すぐに顔を顰めた。どれだけ腕に血管を浮かべて力を込めても、剣は根を張った大木のように持ち上げることができない。

「ぬぐぅ……っ! なぜだ! なにをした!」

 ノエルが鼻で笑いながら、誠司の仕業だと気づいて振り向いた。

「ちょっと教えてもらっただけなのに、巧く使えるようになったのね」

 『限定的空間凍結(リム・クロノーズ)』――その名前の通り、ルティンから偶然に与えられた、範囲を定めて空間を凍結するアトン式であった。その範囲と対象にする数は個々の資質で決まるらしく、誠司は教えを受けたハドリアに、棺桶一つ分くらいの空間を二十個ほどに切り分けることができるイメージだと説明されていた。また生命体はアトンの流れが複雑で凍結が不可能なこと、液体や気体などは凍結が難しいために対象として失敗することが多いことなど、使う際の注意点も丁寧に聞かされた。

 ユリウスは、何かしらのアトン式が発動されたことだけは理解したようで、剣を捨て去って傷めた脚で馬に飛び乗ると、即座にその場から逃げ去ってしまった。

「……いいのか? 逃がしちまっても」

「いいの。あっちはアトン式を発動しなかったでしょう? 小手調べね。あのくらいの傷ならきっと平気で戦えるだろうし、噂の確認は取れたからいいの。それよりも……」

 ノエルは左腕を押さえながら、誠司に馬の荷から小さな鞄を持ってくるように頼んだ。

 押さえている左腕から、いつの間にか血が滴っていた。誠司は慌てて馬に括り付けられた鞄を手に取って駆け寄った。

「斬られてたのか!?」

「たいしたことないよ。ただ服が汚れちゃうから……」

「バカっ! 服なんか二の次だろ。包帯を出せばいいんだな?」

「包帯と、アトン鉱を出して……。その、透明な結晶のこと」

「透明な……? これか!」

 鞄を漁って、包帯とアトン鉱という透明な結晶をノエルに渡した。

 ノエルは受け取ったアトン鉱を口に含んで噛み砕くと、傷口に噴き出してから包帯を巻く。

「これですぐに治るから」

「そう……なのか? アトン鉱ってのは、傷薬なのか?」

「薬にもなるってだけだね。アトン鉱は純度の高いアトンの結晶だから、傷口なんかに当てると身体に馴染んで治りを早くするの。ちなみにカイトラの錬金術師は、このアトン鉱を“金”に変える技術を持った人達のことね。アトン鉱は神域の近くでたくさん採取できる鉱物だから、莫大な利益を生んでいたのよ」

 ノエルは腕を広げて回りながら、誠司に服が汚れていないか訊ねた。

「大丈夫だよ。土の汚れ以外は……ついてない」

「よかった。結局ハドリアさんが支払ってくれたんでしょう? 大事に着なくちゃ」

 他人から貰った物だから、大事に着る。そんな感情がこの女にもあったのかと、誠司は背中の土汚れを払ってやりながら、ノエルの意外な言葉に感心しかけたが、

「ノエル、お前……。おう、そうだな。後ろ向いてみな、砂がついているよ」

「ありがと。フリーターはね、こういった遠征の場合は衣服を最低限しか持ち歩かないの。行く先々の紹介所で着替えては、着ていた服を下取りしてもらって取り換えるのが普通なんだ」

「何着も持って歩いたら、それだけでかさ張りそうだもんな」

「うん。でも、この服はハドリアさんの支払いだから、下取りしないでわたしのものにする! 自分じゃ買わないような値段だから、汚さないようにしないとね」

「ああ……、なるほどね」

 逞しいのか、がめついのか。ノエルの口から出てくる台詞は、思わずこちらが苦笑してしまいそうなものばかりなのだが、

「えへへ。服一つで、わたしでも貴族のお嬢さまに見えるのかな?」

 上品な服を着て喜ぶ姿は、夢見る幼い少女のようだった。今だけは現実から切り離されて、その幻想のなかで舞い踊る女の子になっていた。

 ノエルの中にも、こんな一面が潜んでいると改めて思い直すと、なんだか誠司はほっとした。

 ステップを踏むように元の道へ戻ろうとするノエルを、誠司は馬を牽きながら微笑ましく眺めていた。そのままにしておくのも物騒なので、ユリウスの置いていった剣は馬の荷に加えて、それを雑談の種とした。

「綺麗な剣だな。黒い鞘、黒い柄と刃に、鍔が金色で装飾されてるよ。これ、本物の金かな?」

「貰っちゃえ、貰っちゃえ! 戦利品ってやつね」

 ノエルは機嫌が良さそうに、歌まで歌い出していた。


 黄金(こがね)の大地は心を揺らし――金を生んでは人馬を肥やす――

 神か悪魔か、カイトラの子ら――土地は恵みよ、土地は病よ――


 誠司が何の歌だと訊くと、カイトラ地方の田植え歌だと聞かされる。

 田植えの時期に、農民はこれを歌いながら田植えをするという。以前にノエルがカイトラの国で仕事を請け負ったとき、道行くなかでこの歌が聞こえてきたのだそうだ。

 “黄金の大地”は実った稲穂を指すらしく、やはりカイトラの名産は金と馬と米、というのが昔から連綿と続く歴史らしい。

 山国であり、お米の産地であるカイトラという国に、誠司は親近感が湧いてくる。

 たわいもない話題だったが、自分のことを少し話したくなった。

「日本もさ……あ、いや。俺の国でもさ、お米が主食なんだよ」

「お米ね……こっちの東地方だと珍しいんだよね。なんでかな」

 ノエルの素朴な疑問が、過去の自分と重なった。

 なんとなしに言い出した会話だったが、誠司は学生時代に、友人のヒデに同じようなことを訊ねた記憶が蘇った。

「食は国……らしいぞ」

「なにそれ。どういう意味?」

「昔、友達に訊いたんだ。なんでうちの国は、昔から米ばっかり作ってるのかって」

「へえ~。でも、たまたまそこら辺に生えてたんじゃない?」

「そう思うだろ? だけど俺の国だと、米はたまたまじゃ育たないんだよ。温度と湿度の管理が大切だから、人間が水田を作って適切に管理しないといけないんだ。ただ濃厚面積に対しての収穫量は豊富で、長期の保存も効く。つまり平野が限られた国には適してるんだけど……」

 誠司は首を捻って、辺りを見回しながら、

「この国は、山に囲まれている土地だよな。そういった土地は、どちらかというと地理的に小麦や雑穀が発達しやすいはずなんだけど」

 なにせ聞きかじった知識なので、いまいち誠司の説明も決め手に欠けていた。

 風土的な背景を口にしてみたが、実際にその土地の人間がそれを作って生きているのだから、誠司の言葉は説得力がなくなってしまう。

「美味しければいいんじゃない? わたし、好きだよお米」

 そんな呑気な台詞に、腑に落ちない疑問は押し流されてしまった。

 そんなこんなで、思いも寄らぬ回り道を経て、二人はフィジーの町に辿り着くのだった。


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