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クロノセージ ”時の魔術師”  作者: 葛西シロム
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三章 三話 酒

三章 二話 酒



 村と山に静けさが戻って、聞こえるのは小さな生き物たちの鳴き声だけになった。

 ひとまずは安心だと判断して、ハドリアは家に引き返すことを提案する。

 ノエルと一緒にそれに従って、誠司は昼に案内された事務的な応接室とは別にある、歓談用の客室の椅子に腰掛けて会話をしていた。

 椅子と材質を合わせた綺麗な木目のテーブルの上には、来賓を迎えるための食事が並べられていた。赤に揃えた艶やかなお皿の上、各々に積み上げられた紅白の餅に、金色に輝く尾頭付きの魚が中央に堂々と構えて、湯気が立ち上る椀物には桃色の花が浮かび、上品な香りを漂わせていた。

 その他にも、小さなお皿に郷土の野菜を使った漬物、煮物、揚げ物が色彩を整えるようにテーブルの隅々にまで置かれる。

 極めつけには、透き通った葡萄酒が手前グラスに注がれる。

 ハドリアは急なことで大したもてなしはできないと謙遜していたが、今日まで見知らぬ他人だった誠司を歓迎するには、豪華すぎる御馳走だった。

「いいんですか……? 俺は……ハドリアさんの頼みを断りました」

 誠司はルティンの真相を暴くという、ハドリアの願いを断った手前、目の前の御馳走に素直に喜ぶことはできなかったが、

「半神を追い返してくれた。それだけでも、一宿一飯をもてなす価値はありますよ」

「そうそう。人の好意には乗っかりなさいよね?」

 中々食の進まない誠司の横で、胃袋に詰められるだけテーブルの上の御馳走を詰め込もうとする女が言った。

 こういった食事のときは、ある程度のマナーというものが求められると誠司は思っていたが、横の女を見るとここは大食い大会の会場らしい。

「そへにへぇ……」

 ノエルは食べ物を口一杯に含みながら、誠司を睨みつけて、

「はのみふぁ、ふけうわ」

「飲み込んでから話せよ」

「はん……? ふんふんふん……。うん、頼みは受けるわ」

 口元に汚れをつけながら、驚きの言葉を発した。

 誠司は食事に伸ばそうとした手を止めて、ノエルのほうに肘をつけて身を乗り出す。

「……頼み? おい、それってルティンの真相を暴くっていうお願いのことか?」

 食事の間、ノエルにはハドリアに聞かされたルティンの情報や、これまでの経緯などを詳しく教えてやった。もちろんそのなかには、ハドリアの頼みを断ったことも、誠司の持つ二つのアトン式のことなども含まれている。

「そうよ? だってルティンのことならどうせ調べないといけないんだから、引き受けてあげましょう?」

 ノエルは都合よく行き先が同じ人間を自分の馬に乗せてやって、賃金まで貰おうと言っていた。

 ただ問題なのは、自分たちすらその目的地を知らないことだ。

「無責任なこと言うなよ? 俺たちはルティンの手掛かりなんてつかめてないんだ。引き受けるだけ引き受けて、なにもできませんでしたってのは通用しないんだぞ」

「頼むほうがそれでもいいってんだから、いいんじゃない? 引き受けておいて、なにもせずに逃げるわけじゃないんだから」

 陽気に顔を赤くして、グラスのなかで葡萄酒を転がしながらそんなことを言っている。

 誠司はノエルの葡萄酒の入ったグラスをテーブルに置いた。

「酔っぱらって気軽に引き受けるなよ! もう御馳走になっているどころか、泊まるところだって用意して貰ってるんだ。それにルティンを捕まえたら、高額の報酬が手に入るんだろう? 真相がつかめたら普通に教えてやればいいじゃないか」

「はあ……? わたしに慈善活動でもしろっていうの?」

 ノエルがテーブルに置かれたグラスに再び手を伸ばす。

 誠司はそれを見て、自身が持つ『限定的空間凍結(リム・クロノーズ)』のアトン式を発動した。

 グラスの持ち手が四角く区切られた赤い光に収まると、次の瞬間にはテーブルに固定されて、中身の葡萄酒だけが静かに揺れていた。

「まず一回飲み食いをやめろ。真面目に話をしているんだ」

「せっかく来た仕事を断ることが……どんな真面目な話だっていうのよ?」

「お前は酔っ払いながら仕事を引き受けるのか? そんな姿勢で適当に引き受けるなら、俺は断固反対するぞ。そもそも俺にお願いされたことだ。俺に断る権利もある」

「だったらわたしが個人で代わりに引き受けるわ。これで文句ないでしょう?」

 ノエルは「ねえ、ハドリアさん?」と、ハドリアに問いかけた。

 誠司はこの申し出を、ハドリアが一蹴してくれることを期待していたが、

「ハハッ、それでもかまいませんよ? どうせあなた達は、一緒に行動するんでしょう?」

 意外にも誠司たちの口論を楽しむように、呆気なくノエルに依頼を肩代わりさせてしまった。

「いいんですか!? こんな酔っ払いに任せて!」

「何度も言っているでしょう? 君にしか、できないことなんです。能力の話じゃない。ルティンは責任感の強い男だから、どこかで必ず君のことを探るはずです。自分が召喚してしまった人間が何者かもわからないまま、放置するような男じゃないでしょう」

「それはわかりました。ハドリアさんの言うように、俺が一番ルティンに近いのかもしれません。だけど……俺が言っているのは、報酬なんていらないってことです」

「ルティンを追うつもりなら、危険は伴いますよ? 報酬は、私のせめてもの誠意です」

「ルティンは自分の意志で追うんです。ハドリアさんに負わされる危険じゃない」

「まあ最悪……、君はそうなのでしょう。でも、それを相方の彼女にも強制してはいけない。彼女だって、リスクを負うんです。私から、報酬を貰う権利はありますよ」

 ハドリアに穏やかに説得されて、誠司は顔を赤くしたノエルを見た。

 誠司に迷いが生じる。ハドリアの言っていることは正しい。それに誠司が断ろうとも、ノエルが引き受けてしまえば結果は同じことだった。

 偏屈な正義を振りかざしているのが、自分のような気さえしてきた。

 そんな誠司の急所を突くように、ノエルが拳でテーブルを叩いて言葉を投げつけてくる。

「謙虚な言葉で上手に飾りつければ、誰しもが賢い聖人君子に見えるのかしらね!?」

 わざとらしく首を傾げて、上目遣いで誠司を覗き込んでいる。

 回りくどい表現であったが、ノエルが誠司を嘲笑していることだけはわかった。

「どういう意味だよ……? 俺が臆病者だとでも言いたいのか?」

 誠司も街中で良くない輩に絡まれたくらいには、むっと気色ばんだ。

 だが、ノエルはそれすらも子ども扱いするように、薄笑いを浮かべたままに挑発を続ける。

「そうよ? 見ていてイライラするの。臆病なのは勝手だけどね、それをいかにも謙虚で賢い人間のように振舞われたら、笑えてくるからやめてくれない?」

「笑えて……笑えてくるだと? あのな、酒の入ったお前の脳みそじゃ頭が回らないかもしれないけど、俺はさっきだって半神を前にしても逃げなかったし、ハドリアさんの言うようにルティンを追うことは危険を伴うんだろ? どこが臆病だか教えてほしいくらいだな!」

 下から上目遣いをするノエルに対抗するように、誠司は上から彼女を見下ろしてやった。

 しかし、キスでもできそうな二人の距離に一ミリもロマンスはない。ただ互いの視線の間に激しい火花だけが散って、耳をすませばその音でも聞こえそうな雰囲気であった。

 さらにノエルは、酒によって遠慮もなく饒舌になった舌がよく回る。

「あら、教えてほしいの? だったら教えてあげましょうか? あんたの勇気なんてものは、格好がつく場面でしか役に立たないまがい物なのよ。惨めになったり、恥をかく覚悟のない偽物ね。失敗しても褒めてもらいたいんでしょ? 甘ちゃんなんじゃない? 誰かに認めてもらえないなら、努力する価値すらないって思ってない?」

「出会って数日の俺を……やけに知った風に語るんだな! 俺は自分が賢いだなんて思ってないし、格好つけようとも思ってない! ただ! お前みたいに無責任に頼みごとを引き受けないだけだ! 金さえ貰えればいいお前と一緒にするんじゃねえ!」

「偉っそうに……。できることだけ引き受けるのが、責任だと思ってるのね? あんたと一緒になる女の子がいるなら、不幸だわ……。夢の一つも見せてくれない男。好みじゃない」

「うっせ! てめぇの好みなんか知るかっ! お前と一緒になる男のほうが可哀そうだ! 酔っぱらって人に絡むな! 俺は現実主義なんだ。それで誰かに迷惑でも掛けたか!? 誰かに迷惑を掛けないように生きることが悪いのか!?」

「いいんじゃない? 自分の胸に手を当ててみなさいよ。ちっぽけな自分を守ることが動機じゃなくて、本当に誰かのために生きてると思えるならご立派だと思うけど」 

 ノエルは吐き捨てるように言って、席を立つと、

「もう寝る。おやすみなさい」

 ベッドのある客室に、千鳥足で歩いていってしまった。

 残された誠司は、不完全燃焼のまま呆然と扉の向こうに消えたノエルを見送った。

 途端に食卓に静けさが戻り、誠司はノエルが使っていたグラスの『限定的空間凍結(リム・クロノーズ)』を解くと、そのなかに残っていた葡萄酒を一息に飲み干してハドリアに訊ねた。

「俺がっ……俺が間違っているんですか!?」

 誠司も少しばかり酒が入っている。頬は血色が良く、赤みがかっていた。

「どちらも個性的でいいじゃないですか。何事も白黒つけないと気が済まないのは幼稚ですよ。皆が意見を揃える必要もないでしょう?」

 ハドリアも笑いながら自分のグラスの葡萄酒に口をつけている。

「はぐらさないでくださいよ、ハドリアさん。俺たちの口喧嘩を見て楽しんでいたでしょう」

「ハッハッハッ! いやあ、楽しかったですよ? あまりこの村には、意見をぶつけ合うような情熱的な若者がいないからね。ルティンとの学術所時代を思い出す」

「意地が悪いなぁ。どうせ俺たちは、協調性もない若者ですよ。だけど俺は、俺が間違っているとは思えなかった……。いや、ノエルが間違っているとも……思ってはないですけど」

 椅子の背もたれに深く寄り掛かり、誠司はグラスに葡萄酒を注ぎ直して、口へと運んだ。今のこの居心地の悪い、もやもやとした気持ちのように、葡萄酒の渋い酸味が喉を潤す。

 ハドリアもグラスの葡萄酒を流し込んで、長い息を吐いた。

「どちらが正しいのか……そんなことを気にする必要はありませんよ。ただ一つだけ……彼女は良いことを言いました」

「ノエルが……? なにか言いましたっけ」

「ええ、ノエルさんが。自分の胸に手を当ててみなさいと。まさしくそれが答えです。誰しもが口先だけで善悪を語ることができます。あるいは口が達者であれば、聖人君子に見えることもあるでしょう。あるいは口下手なら、悪人に見えることもあるでしょう。他人のことはわかりません。しかし自分を知りたいのであれば、自分の胸に手を当ててみることです。大切なのは、自分の正しいと思うことが劣等感や嫌悪感の裏返しではなく、偏った視野でも狭い世界でもなく、純粋な真心であるかを判断することです。時に人は、自分にでさえ嘘をつきます。美しく飾り立てて、見栄えを良くしようと自身を騙ります。だからこそ深く、自分に問いかけることです。自分が正しいのかが見えてくれば、相手が正しいのかも自ずと答えは出るでしょう」

 愛おしそうに葡萄酒を眺めているハドリアを真似て、誠司もグラスを覗き込む。

「きっとそれは……難しいことですね」

「難しいことです。歳を取れば自然とできるということでもない。この葡萄酒のように、人間は美しく歳月を重ねることもできれば、ただ腐っていくこともできる。国も同じです」

 国も同じ――そのちょっとした言葉に、誠司はハドリアの憂いを感じた。

 あくまで誠司へのアドバイスが、まったく無関係の国の政までに及んでは、それはハドリアの愚痴というものだろう。しかし、その国への憂いがルティンの凶行とは無関係でない気がして、誠司はその胸中を酌むように、

「そういえば……このカイトラという国は、最近大変だと聞きました」

 荷車の上で行商から聞いただけの漠然とした知識を口にする。今のハドリアから話を引き出すには充分だった。

「大変ですよ……。この村だけはまだ蓄えもそこそこありますが、数年後にはどうなるか……」

「なにが原因なんですか? 国が困窮しているとは、聞きましたが……」

「主な原因は、三つです……。前国王の時代に起きた隣国との戦争と、近年になって錬金術師が不足している現状、そして国王の政治を妨げる有力貴族たちの専横です」

 またハドリアのグラスが空になった。お酒を飲むペースが明らかに上がっている。

「あんまり一気に飲むのは身体によくないですよ」

「今日は特別です。いつまで気楽にお酒を飲んでいられるか、わからないですからね」

 ハドリアは自分と誠司のグラスに、並々葡萄酒を注いだ。

「三つと言いましたが……すべては繋がった出来事です。身勝手な貴族たちが増えて、錬金術師の数も少なくなり、その不足を埋めるために貿易港を獲得するための戦争を起こして負けた。そのツケは民が払い、国はボロボロです――」

 それからもハドリアは、こちらが訊くまでもなく勝手につらつらと喋っていた。

砂時計の砂が落ちるように、瓶の中の葡萄酒がグラスに注がれて減っていく。時間と共に、机には空の瓶が増えていった。

 やがて夜は更け込み、ハドリアは長時間喋って疲れてしまったようだった。机に突っ伏して、そのまま眠ってしまったようである。

 背を揺すぶっても起きなかったで、誠司は自分に用意された寝室のベッドの毛布を掛けてやると、自分も寝ることにした。

 二階の客人専用の部屋に上がると、すでに就寝していたノエルの寝顔が目に入った。

 もちろんなにをするわけでもないが、ヘッドは隣同士だった。無防備で細い体躯が、すぐそこに寝そべっている。

夜空に煌々とした月の光が窓から入り、ノエルの金色の髪を輝かせていた。

「黙ってりゃあ、可愛いんだけどな……」

 誠司は独りごちて、お酒が入っているせいか無性に笑いが込み上げてきた。

「だっはっは! でも不思議と、黙っていてほしいとは思わないな」

 脱力して、ベッドに寝転がった。

 色々な不安や不満も、葡萄酒に溶けて胃の中に消えていくような気分だった。

 暁は未だ、山の向こうに潜んでいる。心地好い寝息を立てながら、待つことにした。


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