序章 黒野誠司
封建制度が根付く”ヌン大陸”の東地方。
そのなかでも海運が盛んなシエドという国の、シチーの町の近く――山中の小屋のなかで一人の男の手違いによって召喚されてしまった主人公の黒野誠司は、見たことも聞いたこともない世界に翻弄されながら、様々な国々が抱える問題と目の前の暮らしに追われて生きていかなければならなくなった。
序章 黒野誠司
学生時代は教室の隅っこで、いてもいなくてもいいような存在だった。
自分から見ても、とくべつ面白いわけでもないし、異性の目を惹く容姿をしているわけでも、誰にも負けない特技を持っているわけでもない。
どこにでもいる、誰とでも替えが効くような少年だった。
ただ、それが少しばかり変化したのは、高校二年生の冬に、大阪から転校してきたというヒデという男の子と出会ってからだった。
ヒデも、お笑いと戦国時代が好きというだけの、どこにでもいそうな普通の少年だった。
しかし、高校二年の冬、みんなが将来の進路を悩むなかで、ヒデはそんなどこにでもありそうな未来を捨てて、どこにでもいそうな俺に話しかけてきた。
「なあ、俺とお笑い芸人をやらないか?」
唐突に持ち掛けられた“普通”というレールから外れた未来の選択肢に、なぜだか俺はそのとき、なにを思ったのか、
「面白そうだな」
と、格好つけて、了承の返事をしてしまっていた。
幼い頃から夢らしい夢というものがなかった俺にとって――ヒデの誘いは光輝いて見えたのかもしれない。
とにかく俺は、後悔などしていない。後悔はしていないのだ。
ただ思い返せば、若さ故の考えの甘さや、たくさんの誤算はあったように思える。
――時は進んで、今は安いアパートの一室で23歳の誕生日を迎えたところだった。
一緒にお笑いを目指していたヒデは、もういない。
なぜならヒデは、次のお笑いコンクールで予選を突破できなければ、真面目に就職して働くのだと、ひとり勝手に両親と約束していたからである。
そして満を持して臨んだお笑いコンクールの結果は、散々なものであった。
戦国あるある漫才という、いかにもニッチな需要を持ちそうな俺たちの漫才は、一次予選すらも突破することなく、審査員の苦笑いだけを土産に幕を閉じたのだった。
ヒデは最後まで俺に頭を下げながら、両親の暮らす関西へと旅立ってしまった。
くだらない笑いのセンスと、楽しそうに語ってくれた戦国時代の知識だけを俺に残して――。