第五話 階層上がり
水上スキーの如く地面を滑って声のもとへ。
二つ並んだ木々の間を抜けると、広く開けた場所に出る。
視界が広がり目に飛びこんできたのは、真っ赤に燃える大蜥蜴。
「サラマンダー!」
大口を開き、今まさに飲み込もうとしているのは、腰を抜かした小さな子供。
すぐにそちらに舵を切り、食われる寸前で横から掻っ攫う。
子供をしっかりと抱きかかえ、背後ではサラマンダーが虚空を食む。
獲物が奪われたと知り、こちらを睨み付けてきた。
「なんで子供がこんなところに」
いや、今はそれよりも。
「ツバサ!」
追い付いてきたバリーと合流し、サラマンダーと睨み合う。
「サラマンダー!? この階層にはいないはずだろ!」
「たぶん、階層上がりだ。下の階から這い上がってきた」
「マジかよ。あいつの生息域は第三から五階層だぞ。今の俺たちが相手取るような相手じゃ」
「ど、どうしましょう? に、逃げますか?」
「いや、目の前で獲物を奪ったんだ。追い掛けてくる」
「そうなったらこの階層が大火事になっちまうか。相手にするしかないってマジか?」
森の中じゃなければ逃げられたのに。
「とりあえず、この子をどうにかしないとだな」
意識もないし、抱えたままでは戦えない。
「シュルルルルルル」
けれど、サラマンダーがこちらの事情を汲んでくれるはずもない。
火を帯びた舌を伸ばして鳴き、幾つかの火球が吐かれてしまう。
その場にいた全員が、散り散りになってそれを躱し、それは地面に着弾する。
幸い、ケルピーの能力で濡れていたから炎上はしないが時間の問題だ。
ここには燃料が多すぎる。
「えぇい、クソッ!」
飛沫を上げて移動しながら、飛来する火球を躱す。
サラマンダーの狙いは子供と、それを奪った俺だけ。
ほかは眼中にない。
「俺を無視するとは良い度胸だな!」
火球を躱しているとサラマンダーの側で爆発が起こる。
それによって大きく怯み、攻撃の手が休まった。
「ツ、ツバサさん! その子は私に任せてください!」
そのタイミングでセレナから声が掛かる。
さっきの攻撃でサラマンダーの注意がバリーに移ったはず。
いましかないと思い、セレナの側に寄る。
「なにか手が?」
「はい。ゴーストさん、この子をお願いします」
鎌で虚空を斬ったセレナは、空間の裂け目からお化けを数体呼び出す。
まるでハロウィンのマスコットのような、デフォルメされた布被りのお化けが子供に群がった。
「お、おいおい。大丈夫なのか?」
「はい。みんないい子ですから」
お化けたちは子供を抱えると空中へと浮かぶ。
これでとりあえずの安全は確保できた。
「よう! 手伝ってくれないかなぁ!」
吐き出される火球を爆弾で相殺している。
バリーがきっちりと引き寄せてくれていた。。
「行こう」
「はい!」
加勢するため、飛沫を上げて滑る。
俺が側面へと回り込む間にセレナは直線を駆けて肉薄し、その禍々しい鎌を振るう。
だが、新人が相手するには無謀な相手とあって、その一撃は鱗を浅く裂くだけに終わる。
サラマンダーの意識がセレナに向かう前に側面へと回り込み、かつて俺がそうされたように足下に水を湧かせた。
それが渦を巻いて水球となり、サラマンダーを閉じ込める。
いくら藻掻いても形は崩れない。
「討伐完了か?」
「いや、時間稼ぎだ」
水球が急速に蒸発して小さくなっている。
新たに足しても焼け石に水だ。
窒息させることは出来ない。
「爆弾は効いたか?」
「あぁ、効くには効いたが鱗を剥がしたくらいだ。それもすぐに再生する」
「剥がせるなら十分だ。俺が炎をどうにかする。バリーが鱗を剥がして、そこをセレナが斬る」
「で、出てきます!」
水球を蒸発させ、サラマンダーが再び地に足を付ける。
「やるぞ!」
「あぁ!」
「はい!」
水蒸気を上げて吼えたサラマンダーが火炎を吐く。
波のように押し寄せるそれに対面から水を湧かせて放つ。
火炎と水がぶつかり合って互いを相殺し、その最中にバリーとセレナが駆ける。
「喰らえ!」
拳大の魔力塊が投げられ、それがサラマンダーの横っ腹で破裂した。
爆風に煽られて怯み、その部分に生えた鱗が剥がれ、肉が露出する。
そこへセレナが跳び込み、鋭い鎌の一撃を見舞う。
湾曲した刃が内臓を貫いて深々と突き刺さる。
それが致命の一撃となるかに思われたが、サラマンダーはしぶとかった。
「ギャアァアアァアアァアアア」
身を捻り、セレナに向けて大口を開け、口腔で大量の火炎を圧縮する。
放たれれば周囲のどれほどが焼けるかわからない。
それが放たれる前に飛沫を上げて割り込んだ。
「蟹、海老、貝!」
それらの能力を掛け合わせ、手に外骨格の籠手を構築する。
そこから生やすのは甲殻類と貝類で作り上げた一振りの剣。
圧縮に圧縮を重ねて鍛え上げたそれに水を纏わせ、圧縮された火炎を貫く。
飛沫を上げた一撃で突破すると、口腔に入り込んで舌を踏みつけ、喉の奥へと剣を突き放つ。
深々と喉に突き刺さった剣が命まで届き、サラマンダーは断末魔の叫びと共に大量の血を吐いて地に伏した。
俺を口に含んだまま。
「ツバサ!」
「ツバサさん!」
「無事だよ」
返事をしつつサラマンダーの閉じた口を内側からこじ開ける。
綺麗に並んだ牙に触れないように外に出ると、ギロチンのように上顎が落ちた。
「ふぅ……討伐完了だ!」
「やったぜ、ツバサ! 俺たちだけでサラマンダーを倒したぞ!」
喜び合い、ハイタッチを交わす。
隣りではセレナが心底ほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
「いい値段になるぞ、こいつの素材は」
「あぁ、三人で山分けだ」
「じゃあ、これを置いておきますね」
セレナの手から飛び立つのは魔導人形の小鳥。
サラマンダーの亡骸の上に降り立つ。
「これで回収業者が来てくれるはずだ。よし! 帰ろう!」
「待て待てバリー。忘れ物だ」
「忘れ物? あ」
上を指差し、バリーが顔を上げ、見付ける。
マスコットのお化けが降りてくる様子を。
「そうだった。子供がいるってことは、近くに誰かいるってことだよな」
「あぁ、帰るのは子供を送り届けてからだ」
「あちらもこの子を捜しているかも知れません。見付けてあげましょう」
「だな」
お化けたちを連れて、二人は歩き出す。
俺はその背中を見つつ、右手に炎の鱗を生やして籠手のように纏う。
サラマンダーの能力。
口腔の中でこっそり一部を捕食しておいた。
これでまた一歩前進だ。
「おーい! 早く行こうぜ!」
「あぁ、いま行く」
右手を人間のものに戻して火の粉を払い、二人の背中を追い掛けた。
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