第三話 水飛沫を上げて
刺身を食って得た魚の能力で首にエラを作り、水球に捕らわれながらも呼吸をする。
ケルピーは俺が死ぬのを今か今かと待っているがお生憎様、俺が窒息することはない。
「さて、じゃあ」
五指をケルピーに向けて触手を伸ばす。
それは水球を突き破ってケルピーに絡みつく。
しかし、それは水を掴むように飛沫を上げてすり抜けてしまう。
「物理無効か」
すぐに触手を引っこめ、近くの木に再度伸ばす。
木の幹を掴んで自分をそちらへ引き寄せ、水球から脱出した。
「お前のせいでびしょ濡れだ」
首のエラを元に戻し、口から呼吸をする。
やっぱり人間にはこっちのほうが合っていた。
「どうするかな」
水球から脱出した俺をケルピーは睨んでいる。
考えていることは、次に俺をどう仕留めるか。
それは俺も同じだけど、方法は多くない。
これまで食ってきたモノの能力ではケルピーを倒すのは難しい。
「おっと」
思考を巡らせているとケルピーのほうが先に動く。
まるで水面を滑るかのように、飛沫を上げてケルピーが駆ける。
円を描くようにぐるぐると周り、俺の逃げ場を断つ。
「あー、もう。わかったよ。面倒はなしだ」
俺の言葉を聞いてか、高速で滑るケルピーが向かってくる。
真正面から一直線。回避は簡単だけど、動こうとはしなかった。
そうして目と鼻の先まで迫った瞬間、魔法を発動する。
「百獣嚥下」
獣の姿をした魔力の塊がケルピーを攫う。
牙を持つそれは獲物に食らい付き、致命的な傷を負わせた。
物理無効でも魔力の牙なら攻撃は通る。
ケルピーは死に絶えながら捕食され、海草の尾を残してすべて腹に収められた。
「ふぅ。これでまた能力ゲットだ」
早速、試しにケルピーの能力を使用してみる。
すると、髪や服を濡らしていた水分が両足に向かい、靴が形成された。
その状態で歩いてみると、まるで水面を滑っているかのように飛沫を上がる。
駆ければその速度は先ほどのケルピーと同等となり、素早く動くことができた。
「こりゃいい!」
周辺を滑るように移動して落ちたケルピーの尾を拾う。
そこから木々の隙間をすり抜けて滑り、一回転したりと遊びつつ森を水浸しにしなが試験官の元へと戻った。
§
「この短時間で魔物を六体、それもうち一つはケルピーのものですか」
仮設テントの下、試験官は並べた尻尾を見やる。
「ほかはともかくケルピーは討伐難易度が高い、上から三番目です。それに試験開始からまだ十数分ほどしか経っていない。更にキミは無傷。それを考慮すると……」
「すると、あとどれくらいで合格になります?」
「……その心配をする必要はありません。あなたは合格ですよ」
「あれ? え? 本当ですか?」
予想していた返事と違った。
「本当です。キミは筆記試験もトップクラスの成績を残していますし、今回の結果を見るに冒険者としての資格は十分でしょう」
「よし! やった!」
これで冒険者だ。
一歩前進できた。
「では、そちらの仮設テントで休むか、暇なら森を見て回ってもいいですよ。それで死んでも責任は取りませんが」
たびたび不吉なことを言う人だな。
「大人しくしてます」
「それが良いでしょう」
試験官の元を離れて合格者席へ。
座り心地の悪い簡易的な椅子に腰掛ける。
顔を上げると、俺より先に合格していた人が一人いた。
「よう、二番目。お前はなにを狩ったんだ?」
向かい側に座る白髪の少年が背もたれから身を離す。
「雑魚五体とケルピー一体だ」
「へぇ。足が速くて面倒だよな、見付けるのが。よほど運が良かったみたいだ」
嫌味か。
「あぁ、そうだな。そっちはなにを?」
「ヘルハウンドだ。七体狩った」
「そりゃ凄い。そっちも運が良かったな」
そう言い返してやると、一瞬の沈黙が過ぎる。
そして。
「はっ! 気に入った」
席を立って隣りにくる。
「俺はバリーだ」
「ツバサ」
手が差し出され、握手を交わす。
「お互い仲良くしよう。冒険者はパーティーを組むもんだ。一番と二番が揃えば怖い物なし。どうだ?」
「あぁ、良い考えだけど。俺たちはまだ知り合ったばかりだ」
「なに、これから互いのことを知っていけばいいさ」
「口説いてるのか?」
「馬鹿言え」
そんな雑談をバリーと話していると三番目の合格者が現れる。
「おい、見ろよ。三番目はヤバそうだ」
バリーに言われて振り返ると、鮮烈な赤が目に飛びこむ。
それは大量の返り血を浴びた少女で、その片手には魔物の生首が握られていた。
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