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第一話 新しい始まり

 憶えている限り一番古い記憶は、母親だと思っていた人の冷たい言葉だった。


「あなたは私の子じゃない」


 聞けば俺はどうやらめかけの子や落胤らくいんと呼ばれる存在らしい。

 親父が正妻以外に産ませた子供で本当の母親はすでに死んでいるとか。


「あぁ、だからか」


 自分が望まれた子供ではないと知った時、得心がいった。

 何事においても弟が優先されていた理由がわかって納得したんだ。

 俺がこの立派な家に住んでいられるのは、愛情でもなんでもなくお情けだった。

 親父も鬼じゃなかったらしい。


「次期当主はヒエンよ、あなたじゃない」


 だが、当然妾の子に家督を継がせる訳がない。

 繰り上がりで弟が名家の跡取りとなった。

 周囲から担ぎ上げられた弟の俺を見る目が変わったのはその頃だ。

 はじめは軽い悪口だった。そのうち罵倒に変わり、蔑み、虐げるようになる。

 抵抗はしたが、反撃はしなかった。

 すれば追い出されると思ったからだ。

 痛くても、惨めでも、堪え忍んでいればいつかは終わる。

 毎日生傷を負いながら、誰にも見付からない場所で一人で涙を流していた。


「だいじょうぶ?」


 そんな時だった、ミコトに出会ったのは。

 ミコトは俺に優しくしてくれる唯一の人だった。

 快活で明るく、太陽のような笑みを浮かべる人。

 俺たちは会うたびに話をして、仲良くなって、心を許しあえる仲になった。

 ミコトが弟の許嫁とも知らずに。


「うわっ、なんだこれ」


 ある日、手の指十本すべてが触手になっていた。

 どうやら夕食に食べたタコの刺身が原因らしい。

 最初は夢だと思ったが、朝起きても指がタコのままだった。


「これ百獣嚥下ひゃくじゅうえんげ?」


 この家に代々伝わる遺伝魔法、百獣嚥下。

 別名をキリングバイツ。

 食べたモノの能力を得るこの遺伝魔法は、隔世遺伝で子孫にランダムで現れる。

 現当主の父親も持っておらず、これを持ってさえいれば例え妾の子でも当主になれるという。

 そうと知った時は心が躍った。

 ようやく認められる、虐げられずに済む。

 そう思いはしたが、けれど俺は結局そのことを家の者には言わなかった。


「殺されるかも知れない……」


 次期当主は弟のヒエンだ。

 周りの人間もその前提で動き、ヒエンに取り入っている。

 ここで俺が遺伝魔法を発現したとなれば、ヒエンを担ぎ上げている者たちに取っては邪魔者だ。

 卓袱台ちゃぶだいをひっくり返すことは許されない。

 だから俺はこの遺伝魔法をひた隠しにすることにした。

 殺そうだなんて思わせないほど俺自身が強くなる、その日まで。


「いい加減、目障りなんだ。出て行ってくれ」


 十八になった頃、親父が病に伏せって寝たきりになった。

 親父は死ぬまで当主だが、ヒエンに権力が移ったも同然。

 実質的な当主になったその日に、ヒエンは俺を家から追放した。


「ついにこの日が来たか」


 この家にいては訓練ばかりで魔物と戦えない。

 遺伝魔法の使いどころがなく、飼い殺し状態だ。

 でも、こうして追放されたことで自由に動ける。

 ようやく成りたかった自分になれる気がして、俺は大急ぎで荷物をまとめたのだった。

 そして俺はこれまで住んできた、嫌な思い出ばかりの家の門をくぐる。

 見送りは一人もいなかった。


§


「ツバサ!」


 一歩、敷地を出ると待ち構えていたようにミコトがいた。

 年相応に成長したミコトは、けれど子供のように泣きそうな顔をしている。


「ホントに出て行っちゃうの! もう会えないの!?」

「出て行くんじゃなくて追い出されるんだよ」

「そんなの酷い!」

「しようがないんだよ、こればっかりは」


 ヒエンが権力を握っているうちはどうしようもない。


「そんなぁ」

「でも、安心しろ。また会える」

「ホントに? ホントにまた会える?」

「あぁ、いつかミコトを迎えにくる」

「じゃあ、約束して!」

「わかった。じゃあ――」


 小指を伸ばそうとして、不意にミコトが近づいてきた。

 顔が近付き、唇が触れ合う。


「ミコト……」

「えへへ、私の初めてだよ」


 照れくさそうに、ミコトは一歩下がる。


「私の初めて全部ツバサにあげる! だから、絶対に迎えに来てね!」

「あぁ、約束だ」


 別れを告げて外へと繰り出す。

 俺の人生はここからようやく始まりを告げた。

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