追放ハッピーエンド!
命がけの稼業やってる連中を舐めたらいけませんよ、というお話。
「イマームを追放することになった」
冒険者ギルド「竜の牙」リーダー、ゴッツェの言葉に、賑わっていたギルドハウスの大食堂はシンとなった。
筋骨隆々、金髪を男らしく刈り上げ、頬には勲章ともいえる傷跡のついた男の言葉にはそれだけの重みがあった。
「ちょっとリーダー、本気? いえ、正気?」
困惑と苛立ちもあらわに聞いたのは聖女である。聖女らしからぬ豊満な胸が、彼女が動くたびにたゆんと揺れる。
「こんなことを冗談で言えるわけないだろう。もちろん本気だ」
ゴッツェは不敵に笑うと生温いエールをひと息に飲み干した。
「というかな、オチメ伯爵んところのノータリン様の命令なんだよ! 俺だってイマームがいないとギルドが立ちいかなくなるのはわかってんだ!」
「ゴッツェさん、ノータリンじゃなくてアンダレン様ですよ」
隣に座っていた副リーダーの戦士が訂正を入れた。ギルドのパトロンである伯爵家のご嫡男をノータリン呼ばわりしてはいけない。たとえそれが事実でもだ。
戦士六人、武闘家四人、聖女五人、斥候八人、魔術師六人。事務員とギルドハウスの使用人を含めて計三十六人からなる「竜の牙」メンバー全員が、イマームの実力を認めている。
ギルドというのはいくつかのパーティが協力体制を組んでいる団体のことをいう。規模は二十人から五十人まで。五十人を超えるとクランとなる。
ちなみに聖女とは大回復魔法を使える女僧侶のことを指す。「竜の牙」の女僧侶は全員聖女にクラスチェンジしていた。
「うちの立役者を理解してないアホボンなんざノータリンで充分だ」
「そういえば、そのイマームは?」
「こんな話を聞かせられないからな、次のクエストの支度だと言って先行してもらってる」
「そっか、そうだよね……。イマームくんはやさしいですから、追放なんて聞いたら気に病んでしまいます」
「アンダレンの野郎に嫌味言われるたびに申し訳なさそうにしてるもんな」
「時々胃薬飲んでるの知ってる」
ギルドメンバーが同情したように言った。
「それでどうするのリーダー? イマーム追放したら今度はアタシを差し出せって言いかねないわよ」
聖女が言った。自意識過剰なセリフだが、会うたびに胸を凝視されたり、なにやら指をわきわきと揉む仕草を見せつけてきたり、よろけたふりして触ろうとしてくるセクハラ野郎である。おまけに聖女は童顔の美少女。俗に言うロリ巨乳というやつだった。
聖女の装備である杖でモンスターをタコ殴りにしているのを知っているギルドの男どもは、そんなおっかない女にセクハラする度胸はない。もともと冒険者というのは男も女も一途な純愛を好むのだ。ギルドの姫なんか作って内部崩壊なんていい笑い者である。
「うむ。そこでだ。イマームを追放しておいて一度ギルドを解散する。そしてクエスト先行させていたイマームのところで再結成しようと思う」
ゴッツェの言葉に不安そうにしていたメンバーがわっと湧いた。
オチメ伯爵の権力に屈したことになるが、同時にオチメ伯爵の支配から抜けることになるのだ。
「でもリーダー、良いんですかい? オチメ伯爵にはだいぶ世話になりやしたぜ?」
経理というより山賊といったほうが似合いそうな男が眉を寄せた。
オチメ伯爵は金と権力に物を言わせるタイプの貴族で、正直好きにはなれないが、金になる仕事を色々回してくれた。この町に腰を落ち着けて以来のパトロンである。
「かまわん。伯爵を儲けさせたのはうちのギルドだ。それにギルドメンバーには干渉しないという契約を破ったのはあっちだ。他にいくらでも言いなりになるギルドはあるだろう」
それでも一番の稼ぎ頭は「竜の牙」だった。ギルド解散の損失は大きくなるだろう。
「だいたいウチの『八面六臂』を追放なんて、ギルドのことをなんにも考えていない証拠だ」
『八面六臂』はイマームの異名である。
イマームはゴッツェが次のギルドリーダーにと見込んだ男だ。よって、すべてに顔を出すリベロという職に就いている。クエスト受注から下準備、情報収集、アイテム管理。戦闘に出れば斥候と共に偵察に行ってモンスターを誘導し、隙をついて弱体化させ、前衛として戦士や武闘家と共に戦い後方支援も忘れず、まさに八面六臂の活躍なのだ。
ここまでできる男を他のギルドが放っておくわけがない。度重なる勧誘にも「お世話になってるから」と義理堅く断るイマームに、ゴッツェはさすが俺が見込んだ男! と何度も感心していた。ゴッツェはもう三十の半ば、冒険者としてはそろそろ引退を考える年頃なのだ。
「いい機会だし、次のクエストで俺は引退しようと思ってる。イマームの右腕に立候補したいやつは気張れよ。大丈夫だ、お前たちならできる!」
新しいエールの入ったジョッキをゴッツェが掲げれば、メンバーたちもそれぞれ続いた。
「よっしゃ! じゃあリーダーの引退クエストの前祝いだ!」
「現地集合?」
「俺はイマームと索敵しておくわ」
「新しい装備にしようかしら」
メンバー追放、ギルド解散、リーダー引退の暗さはどこにもなかった。命がけのクエストをこなしてきたギルドの結束は、伯爵の圧力に負けないほど強い。
悲愴さを見せないメンバーに感謝しつつ、ゴッツェは目が潤んでくるのを乱雑に拭った。
翌日、さっそくゴッツェはイマームを追放したことをアンダレンに報告した。
複数のギルドに無茶な命令をして儲けている伯爵家は、どこもかしこも無駄にキンキラキンである。そこの次期当主であるアンダレンは、典型的な肥え太ったボクちゃんだ。
「そうかそうか! あの顔だけの役立たずめ、ボク様の力を思い知ったか!!」
役立たずはオメーだろ、と言いたくなるのを堪えてゴッツェは笑みを浮かべた。
「つきましてはお約束の謝礼金をいただけますかな」
「ん? ああ、そうだな。まったく、金で仲間を売るとは、卑しい冒険者めっ」
あんたが追放しろっつったんだろ。喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、ゴッツェは金の確認をした。
パトロンが支援ギルドに依頼する場合でも金銭が発生する。たいていはモンスター討伐で、討伐したモンスターは依頼達成の証明として回収されてしまう。モンスターの素材でどんなに高値が付こうとも、パトロンの依頼ではそれ以上は支払われないのだ。ギルドの損失が依頼料を上回っても、追加請求はできない。少なくとも、オチメ伯爵が払ってくれたことはなかった。まあ、その分依頼料は値切らせなかったが。
ゴッツェがイマームの追放で受け取ったのは金貨五十枚だ。これだけあれば新しいギルド設立の前金が支払える。これくらいの意趣返しなど可愛いものだろう。本当のことを言っていないだけで、嘘は何ひとつ言っていないのだ。
「……たしかに。では、俺はこれで失礼します。「竜の牙」はもう解散しましたし、新しくギルドを立ち上げなければなりませんからね」
「ん? どういうことだ?」
これでロリ巨乳聖女といちゃこらできる、と妄想と下半身を膨らませていたアンダレンが聞き返した。
「いえね、イマームを追放するなら自分も、とメンバー全員が出ていってしまいまして。ま、かくいう俺もですが――そんなわけで「竜の牙」はもうおしまいです」
「はっ? はあぁぁぁぁっ!?」
アンダレンが立ち上がろうとして余計ソファに埋まった。ゴッツェは無様なアンダレンを無視して颯爽と立ち上がる。
「早く合流しないとイマームをよそに取られちまう。ってことで、これにてお別れです。今までお世話になりましたね」
「ま、待て! パパになんて言えばいいんだよっ!?」
「そりゃ知りません。契約違反はそっちですんで、ギルド解散時における違約金はちゃーんといただきました。じゃ!」
ギルド解散時における違約金とは、オチメ伯爵と結んだ保険金のことだ。
クエスト失敗で全滅したり、内部分裂や色恋沙汰でギルドの維持ができなくなった場合、つまりギルドの都合で解散せざるを得なくなった場合は違約金をオチメ伯爵に支払わなくてはならない。
逆にオチメ伯爵の契約違反でギルドが解散に追い込まれた場合は、ギルドに保険金が下りてくるのだ。その額、大金貨五百枚である。
「こっちを縛りつけるつもりだったんだろうが、そうはいくか。冒険者を舐めんじゃねえ!」
オチメ伯爵邸を振り返ったゴッツェは中指を立てた。理不尽な依頼を持ち込まれ、メンバーの不満をなんとか宥め、全滅しないよう気を配り、自身も戦闘に加わってきた。
ゴッツェにとって、ギルドは家族と同じなのだ。それを理不尽に踏みにじられて、逆襲しないようなやつは男ではない。
解放感に深呼吸し、ゴッツェはイマームを先行させていた町に意気揚々と向かった。
ある町で、新しいギルドが立ち上がった。ギルド名は「猫の手」という。能ある鷹は爪を隠すように、猫だって可愛い手の中に鋭い爪を隠している。猫だと思って侮ると痛い目を見る、という意味を込めてつけられた。
「あっ、ゴッツェさん! お久しぶりです、無事合流出来て安心しました。えーと、クエストにあったアースドラゴンの巣、発見できましたよ。周辺のモンスターはドラゴンの気配に怯えてか出てきません。討伐後が要注意ですね。巣は坑道内です。痺れ薬を撒いておきました。それと――」
何も知らないイマームは楽しそうにクエストの下準備を報告してきた。
イマームの周到な準備と細かな情報から作戦を練るのがリーダーの役目である。
「よくやってくれた、イマーム。痺れ薬が効いてればドラゴンの動きは鈍くなってるはずだ。しかし巣が坑道の奥となると魔法では天井が崩壊するかもしれない。よって、今回は戦士と武闘家が中心となって戦う。聖女は適時回復とバフをかけてくれ。斥候と魔術師は他のモンスターが近づかないように周辺を警戒だ」
了解、と戦闘メンバーが返事をする。
「イマーム。疲れているだろうが一緒に来てくれ。今回はお前が指揮を取れ」
「えっ? 指揮はゴッツェさんじゃ……」
「お前に言うのが遅れたが、俺は今回をもって引退する。次のギルドリーダーはイマーム、お前だ」
イマームは驚いてメンバーを見回した。全員があたたかい目でイマームとゴッツェを見ている。
孤児のイマームは幼い頃から懸命に働いてきた。十五歳でゴッツェに拾われなければ悪い道に進むしかなかっただろう。ギルドのために、と文句も言わずに雑用をこなし、戦い方を学び、八面六臂と呼ばれるほどになったのだ。そろそろ報われても良い頃である。
ゴッツェはイマームが、その顔の良さを売りにして悪の道に進まなかった、その根性を評価したのだ。黒髪に黒い瞳の美少年は、いまや誰もが認める冒険者として名を馳せている。何の実力もない努力もしない伯爵家のご嫡男が嫉妬して嫌がらせをするくらいに。
「ギルド名が変わったのって……」
「オチメ伯爵とのパトロン契約を切ってきた。新ギルド設立は俺からお前への餞別だ。今回は俺と一緒だが、次は副リーダーとやるんだ。右腕選考も頭に入れて全体をよく見て指示を出せ」
ゴッツェはニッと笑ってイマームの頭をガシガシ撫でまわした。
「オチメ伯爵がギルドメンバーを追放しろなんて言うから頭に来てな。そんなパトロンまでお前に継がせるわけにゃいかんだろ? 「竜の牙」は解散したが、お前の下に全員集まってくれたんだ。感謝しろよ!」
「メンバー追放!? 解散して新ギルドってことは拠点も移すんですか?」
「そうだ。そのあたりもお前がメンバーと話し合って決めろ」
「は、はい……」
「俺の退職金はアースドラゴンの牙で良いぞ」
「それ一番高値が付く部位じゃないですか!!」
ぬけぬけと言ってのけたゴッツェに、まさか追放されたのが自分だと思いもしないイマームが笑った。ギルドメンバーもリーダーと新しいリーダーのやりとりに笑っている。
「よーし、それじゃあ「猫の手」初クエストだ。気合い入れてけよテメェらぁ!!」
「応!!」
「竜の牙」改め「猫の手」がアースドラゴンを倒し、ゴッツェとの別れを惜しんでいる頃――
とある伯爵家では壮絶な親子喧嘩の末、伯爵家の財政を傾けた息子を出荷……もとい追放したそうだが、「猫の手」には何の関係もないことである。
そしてみんな幸せになりました。めでたしめでたし。
もしかしたら不幸な人がいるかもしれないけどね。