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19/20

依存する満月

 今度こそ「善は急げ」で、僕は満月にすべてを告白した翌日、満月と一緒に役所に行き、婚姻届を提出した。


 僕は、満月の戸籍を汚したくはなかったので、「事実婚でも構わない」と言ったが、むしろ満月は、「私の戸籍に桔平の名前がいつまでも載っていた方がいい」と言った。


 「そっちの方が心強い」と。


 さらに、夫婦の名字に関しても、僕は満月の姓である谷田たにだにすることを提案したが、満月の希望により、僕の姓である安永とした。



 役所からの帰り道、僕は、婚約破棄をする以前の予定通り、満月を、回らないお寿司に連れて行こうとしたが、満月は拒絶した。



「どうして? 満月、お寿司嫌いなの?」


「好きだよ。でも、私、同じようには行動したくないの」


「同じように? どういう意味?」


「だって、桔平にとっては、2回目の私との結婚生活なわけでしょ? 律を産むことはともかく、それ以外は1回目と同じように過ごしたくないの。そうじゃないと、桔平が2回も生きる意味がないでしょ?」


 ベッドの中で僕の舌を噛んだ満月は、僕に対し、「桔平は、残りの人生を、桔平自身のために生きるの!!」と怒った。

 その意味が、まさにこれだったのである。

 満月は、僕にとっての2回目の結婚生活を、僕にとって有意義なものにするべく、1回目との重複を避けたかったのである


 そうすれば、僕から見れば、元の2倍である約4年間分、結婚生活を満喫することができるだろう、と満月は考えたのだ。




 この満月の考えに基づいて、僕にとっては2回目、そして満月にとっては最初で最後である、2人の結婚生活は幕を開けた。




 1回目の新婚旅行は、ハワイだった。

 そのことを満月に伝えると、満月は、「じゃあ、2回目は別の場所にしよう」と言って、旅行代理店からたくさんパンフレットをもらってきた。


 とはいえ、僕は、満月がハワイでの新婚旅行に憧れていることを十分知っている。


 だから、僕は、ハワイ島に行くことを提案した。

 キラウェア火山に代表されるように、自然溢れる島である。


 1回目の新婚旅行では、同じハワイ州でも、観光都市であるホノルルのあるオアフ島に行ったため、これならば場所は重複しない。


 満月は、僕の提案を快く受け入れた。



 そして、ちょうど新婚旅行で一番良いホテルに泊まった晩が、律を授かれる日だった。


 まん丸の月が浮かぶ夜、僕は満月の身体に、僕の遺伝子を注いだ。




 1回目の結婚生活は、フォトウェディングで済ませてしまっていたため、2回目の結婚生活では、ちゃんと式を挙げることにした。


 「どうせすぐ死んじゃうから」と僕は遠慮し、わずかな親族だけを招こうとしたのだが、満月は、「だからこそ盛大にやるんだよ」と言って、知らぬ間に大きな会場を予約してきた。


 そして、満月主導の下、僕と満月の友人、そして仕事仲間も含む100人以上を招待し、結婚式は仰々しく行われた。


 なんだかんだで僕は満月に感謝していた。


 招待客のほとんどが、僕がもう二度と会うことのできない人たちだった。

 僕は彼らのコップに丁寧にビールを注ぎながら、今までの御礼をすべて伝えた。




 生まれるまではハラハラだったが、病院での出産に立ち会った僕は、生まれてきた赤ちゃんの顔を見て、それが律であるとすぐに分かった。


 だから、出産直後の息も絶え絶えな満月に向かって、「律だよ!」と叫んだ。


 満月は痛みで顔を引きつらせながらも、「やったね」と笑って見せた。



 僕は再び、満月と律と3人家族になれた。




 そして、「そんなの余計なお世話だよ。私、桔平がいなくてもちゃんと生きていけるもん」というベッドの上での満月の言葉には、それなりの覚悟があったようだ。


 僕を安心させるために、1回目の結婚生活のときとは違い、満月は、料理も、掃除も、洗濯も、育児も、積極的に引き受けていた。


 もっとも、満月は生まれつき家事が苦手と見える。覚えは遅かったし、出来も完璧とまではいえなかった。


 しかし、それでも、僕が手取り足取り教えたこともあり、満月の家事は日々上達しており、1回目の結婚生活のときとはあまりにも見違えた。



 これならもう満月が「ダメ女」と後ろ指さされるようなこともないだろう。



 これなら僕がいなくなっても平気だな、と思った。





 そして、幸せな時間はあっという間に流れ、ついに僕が心臓発作で死んでしまう日がやってきた。



 その日は平日で、1回目の人生のときには、僕はいつもどおり仕事に行っていた。

 そして、お昼休みに、事務所の近くの定食屋に入ろうとしたところで、急に胸が痛くなり、そのまま逝ってしまったのである。


 死亡時刻は、12時5分。

 


 あまりに突然に死んでしまったため、僕は、最期に満月と律と会えなかったことも心残りだった。


 だから、2回目の人生では、僕は最期の日を満月と律と過ごすと決めていたし、満月も当然にそのことを望んだ。



 大切な日ではあったが、まさかパーティーをするわけにもいかなかった。


 僕も満月も、まるで今日が何も起こらない日かように、努めていつも通りに振る舞った。

 2人でコーヒーを飲んだり、ハイハイがだいぶサマになってきた律と遊んだりして、のんびり過ごした。



 それでも時の流れまではゆっくりになるということはなく、あっという間に長針と秒針が揃った時計の鐘が鳴り、僕がこの世に別れを告げる5分前となった。



 ゴーン、ゴーンという鐘の音とともに、真っ赤な目をした満月が僕に抱きついてきた。


 その瞬間、僕の涙腺も崩壊する。



「桔平、やっぱり嫌だよ。お別れしたくないよ……」


「……満月……」


「私、桔平がいないとダメなの。私、ダメ女だから」


「今の満月は、ダメ女なんかじゃないよ。僕がいなくたって大丈夫」

 

「ううん。そんなことない。私、桔平がいれば頑張れるけど、桔平がいなくちゃ何もできないの。生きていけない」


「それは言わない約束でしょ。満月は、僕なしでも、律と一緒に強く生き抜くんだよ。そうしないと、僕も死にきれないから」


「いいよ。死ななくて」


「だからさ」


 僕は満月の頭を優しく撫でる。


 こうして満月に触れることができるのも、もう数分しかない。



 心なしか左胸に圧迫感を感じる。

 たしか1回目の人生が終わるときにも、同じような違和感を感じ、それが突然激痛へと変わったのだ。



「桔平、約束して」


「何を?」


「『天国』に行っても、私のことをずっと見守ってくれるって」


「……もちろん」


 言われなくてもそのつもりだった。蘇る前と同様に、僕は「穴」からずっと満月を見守っていようと思っていた。



「絶対だよ。私、桔平が見守ってくれてないと、またダメ女に戻っちゃうから」


「……分かった。ひとときも目を離さずに見守ってるよ」



 だけど、と僕は続ける。



「もし満月が、僕以外の素敵な人と出会ったら、僕に気を遣わないで、その人と一緒になって欲しい。一人で生きていくというのは大変だからさ」


「一人じゃないもん!!」


 満月は、僕を抱きしめたまま、僕の背中をポカポカと叩く。



「律がいるし」



 それに,と満月は続ける。



「私は桔平が死んでも、ずっと桔平の奥さんだからね。ずっと安永満月だから」


「満月……」


「桔平もいつまでも私の旦那さんだから、私が死んで『天国』に行くまで、ずっと私のことを好きでいてね。桔平の方こそ、『天国』で他の女に浮気したら許さないからね」


「それはないよ」


「だから私も絶対に浮気しないから!」


 満月がそう言い張るのであれば、僕としてはもちろん異論はない。

 先ほどはカッコつけたが,実際に満月が他の男とくっつくようなことがあれば、僕は『天国』で発狂しかねない。



 胸の圧迫感はジワジワと痛みに変わってきた。


 あと1分足らずで、僕は死んでしまうに違いない。


 僕が苦痛で顔を歪めたのを見て、満月も、お別れの時間がすぐ近くまで迫っていることを悟った。



「桔平、私はもう桔平に直接『愛してる』って言えないけど、いつまでも桔平のことを愛しているよ」


「……僕も……そ……そうだよ」



 息が苦しい。言葉を思い通りに発することがきない。



「桔平、『天国』ってどこにあるの?」



 僕は痛みをこらえながら、天井の方を指差す。



「そっか。教えてくれてありがとう」



 もうダメだ。激痛とともに、意識が遠のいていく。




 力が抜けていく僕の身体を支えながら、満月は僕のほっぺにキスをする。このキスの温度は「天国」に行っても絶対に忘れないだろう。





 そして、僕の意識が消えかかる中,満月が最後に僕に投げかけた言葉は、



「今までありがとう」





「これからもよろしくね」



だった。


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