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感謝する満月

 僕が満月にした話は、文字通り「浮世離れ」していた。

 僕が他の誰かから同じ話をされたならば、絶対に信じない。それどころか、もうこの人と関わるのはやめようとすら思うだろう。



 しかし、僕が語った「天国」でのできごとや、神様の設計ミス、僕が選択した「やり直し」、この「やり直し」が満月をフるためのものであることについて、満月は、涙を頬に伝わせながら、真剣に聞いていた。



 そして、最後に僕が「ごめん。意味分からないよね」と謝ると、満月は「むしろ腑に落ちたよ」と言った。



「だって、私、どうして突然桔平にフラれたのかがずっと分かってなかったんだけど、今の話でよく分かった」


 僕は、満月にこの「不思議な話」に納得してもらうために、3日後に大物政治家が病死することや、7日後に売れっ子アイドルとお笑い芸人が結婚することを「予言」しなければならないかと覚悟していたのだが、その必要はなかったようだ。



「私、安心したよ。桔平が桔平で」


「何それ」


 満月は、いつものように、うふふと微笑んで見せようとしたのだが、上手くいかなかった。

 感極まった満月が、僕の胸に飛び込んでくる。



「……桔平、嫌だよ。桔平が死んじゃうなんて、私、嫌だよ……」


「ごめんね」


「やめて。謝らないで」


「……ごめん。本当に不甲斐ないよ。満月のこと、全然守ってあげられない」


「やめてってば……。桔平は悪くないんだから……」


 早死にする人は悪くはないかもしれないが、やはり早死にすることは悪いことだと思う。

 いくら満月が免罪符を与えてくれても、僕の心には罪悪感が残り続けた。



「桔平が死なないで済む方法はないのかな?」


「……ないと思う」


「少しでも寿命を伸ばす方法は?」


「……ないと思う」


「優秀なお医者さんに手術してもらってもダメ?」


「ダメだと思う。先天性の疾患だし、即死だからね」


「そっか……そうだよね……」


 その後、満月は何も言葉を発しなかった。

 何かを考えているのか、それとも、放心状態なのか、僕には判断できなかった。

 僕は無意識のうちに満月の髪を撫でる。



 ようやく満月が口にしたのは、感謝の言葉だった。



「桔平、ありがとう」


「……どうして?」


「私のために、人生をやり直してくれて」



 たしかに僕が人生をやり直したのは、満月の今後の人生のためである。


 ただ——



「やり直した意味なかったね。結局こうやって満月と一緒にいて、離れられないんだから」


 満月が大きく首を振る。



「ううん。2回目の人生でも、私と一緒にいることを選んでくれてありがとう。私、すごく嬉しいよ」


「満月……」


「桔平、私と結婚して、死ぬまでずっと一緒にいてね。約束だよ」


 そう言って、満月は、僕の右手を掴むと、小指を小指で絡めてきた。

 すべてを知った上で、満月が望むのであれば、僕だってそうしたい。


 

 僕と満月は、布団の中で、指切りげんまんをした。



「桔平,これは婚約よりも厳格な結婚の約束だからね」


「分かってる」


「今度、『別れよう』って言ったら、針千本飲ませるからね」


「超痛そう」


「桔平にフラれたときの私の心の痛みに比べたら大したことないよ」


「僕だって心が痛かったんだから」


「じゃあ、もう痛いことはお互いにやめようね」


「分かってるって」



 それに——



「僕は、残りの人生を、満月のためにすべて捧げるよ。僕が死んでも、満月が立派に生きられるように、僕が満月にいろいろ伝授するんだ。料理も教えるし、掃除も教えるし、洗濯も教えるし……」


 突然、満月が僕に顔を近付けてきた。そして、僕の口に口を合わせると、濃厚に舌を絡ませる——と思わせて、僕の舌を噛んできた。



「……痛っ! 満月、何するの!? 痛いことはやめるって約束したばっかりじゃん!!」


「だって、桔平、何も分かってないから」


「どういうこと?」


「桔平は、残りの人生を、桔平自身のために生きるの!!」



 だって、と満月は続ける。



「私よりも桔平の人生の方が期間が限られてるんだから、私のため、私のため、って桔平が私を優先して、その分桔平が我慢をするのはおかしいでしょ!!」


「我慢なんてしてないよ。満月が、僕が死んだ後もしっかりと強く生きてくれることが、僕にとって一番の幸せなんだ」


「そんなの余計なお世話だよ。私、桔平がいなくてもちゃんと生きていけるもん」



 僕には満月が強がっているようにしか見えなかった。

 その証拠に——



「いや、でも、実際に、満月は僕が死んだ1週間後に律と心中をしてるわけで……」


「……リツ?」


 そういえば、満月には、律のことをまだ話していなかった。


 僕は、やり直し前の人生が、僕と満月と律の3人家族であったことを説明した。


 その上で、僕は、やり直し後の今回については、満月と子作りはしないつもりだと言おうと思ったのだが、その前に、満月は、


「律君に会いたい!!」


と目をキラキラと輝かせた。



「桔平との間に子どもができるなんて夢みたい!! 律って素敵な名前ね!!」


 そりゃ、まあ、満月が考えた名前だし。



「桔平、私、早く律君に会いたい!!」


 そう言って僕に襲いかかろうとする満月を、僕は再び跳ね飛ばす。



「満月、早まらないでよ!! 律が生まれても、僕はすぐに死んじゃうんだよ? 満月は律を一人で育てられるの?」


「育てられる」


「根拠は?」


「愛してるから」


 まだ会ったこともない子どもに対して、なんて無責任なのだろうか。



「律のことを、本当に愛し続けることができるの?」


「うん」


「途中で捨てたりしない?」


「捨てるわけないじゃん。桔平は、私のこと、そんな冷たい女だと思ってるの?」


 そういうわけではない。

 しかも、満月は、柄が完全に禿げたマグカップですら捨てずに愛用しているのである。

 満月の宣言には、それなりに説得力がある。



「桔平が死んじゃうんだったら尚更だよ。律君は、私と桔平の愛の結晶でしょ? 桔平の生きた証になるわけでしょ?」


「それはそうかもしれないけど……」


「ということで、桔平、善は急げだよ」


 僕は,臨戦態勢をとる満月を慌てて制止する。



「いやいや、待ってって。それでも避妊しなきゃダメだって!」


「どうして?」



 僕は、律を生み出すということについて、漠然と考えていた「仮説」を満月に打ち明ける。



「律が生まれたのは、僕が死ぬ前年の10月、つまり、今から見ると来年の10月なんだ。律はだいたい予定日通りに生まれたから、そこから十月十日を計算すると、来年の1月くらいになるんだ」


「どういうこと?」


「つまり、今,子作りをして、仮に子宝に恵まれたとしても、生まれてくるのは律じゃない可能性があるということ。極端な話、女の子かもしれない」


「なるほど……。じゃあ、来年の1月の排卵日にゴムなしですればいいんだね」


 満月は、僕の打ち立てた仮説に納得したようで、一旦ベッドから立ち上がると、引き出しから避妊具を出し、僕に渡した。




 結局、僕は満月と結婚をし、律を生むことになったのである。



 完全に元サヤだ。



 神様が、人生を変えるチャンスを与えてくれたのに、僕は人生を変えることができなかった。

 満月が、僕の人生を変えさせてくれなかった。



——しかし、それで良かったのだ、と僕は思う。



 きっと何千回人生をやり直しても結果は同じなのだ。


 僕は満月と結婚し、律と家族になってしまう。


 そんなこと、本当はやり直す前から分かっていたはずなのだ。



 だって、僕と満月との出会いは、運命の出会いだから。



 僕は満月以外の女性とは結ばれないし、満月だって僕以外の男性とは結ばれない。


 2年間やり直したところで、生まれる前から決まっていたことは変わりっこない。



 だとしたら、僕がすべきことは、運命を変えようとすることではなく、運命を味わい尽くすことなのだ。


 一秒でも長く満月と一緒にいて、一つでも多くの思い出を作ること。


 僕はそのためだけに生きればいい。



 きっとこの「やり直し」もそのために与えられたやり直しなのだ。



 満月と出会えて、僕は本当に幸せだ。


 これから先、何があっても、僕は絶対に満月を手放しはしない。


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