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求める満月

 満月のために魚のムニエルを作り、洗い物をしていたら、結局夜の10時を回っていた。


 そこからお風呂に入り、歯を磨き、寝室に向かったのは11時頃。


 常夜灯のみが点いた暗室の中、満月は、僕のためにスペースを空けるように、ベッドの左側に寄り、布団に包まっていた。


 僕は、満月を起こさないようにそーっと布団に入る。こうして満月と寝るのも久し振りだ。



「桔平」


 不意に耳元で声が聞こえ、僕はビクッとする。当然に満月はすでに寝ているものだと思っていたからだ。


 もっとも、さらに僕を驚かせたのは、これに続く満月の発言だった。



「今、私、何も着てないよ」


 満月の方に向き直った僕は、ドキッとする。


 たしかに布団からは、満月のなだらかな肩が覗いている。



「ま……満月、どうしたの急に……」


 上ずった声が出てしまったが、内心、僕は本当に焦っていた。

 恋人だったり、婚約者だったり、夫婦だったりしたのだから、満月を抱いたことは何度もあるが、それはずっと前のことである。

 蘇ってからは一度も満月としていない。

 お風呂に一緒に入るような習慣もなかったから、満月の裸だってしばらく見ていない。

 僕の心臓は、まるで初体験のときかのように激しく鼓動していた。



「……嘘だよ。ちゃんと下着は履いてる」


「……あ、そうなんだ」


 かといって,状況はあまり変わらないような気もするが。



「やっぱりそれも嘘。本当は履いてない」


 心臓のドキドキが激しくなる。


 僕が目を泳がせるのを見て、満月は楽しそうに笑った。



「ねえ、桔平、確かめてみてよ。私が下着を履いてるかどうか」


 そう言って、満月は腰を少しだけ浮かし、僕との距離を詰めてきた。



 鼻と鼻が触れそうな位置で、満月と目が合う。



 理性的な判断など到底できるような距離感ではなかった。



 僕は貪るようにして満月の唇を求め、満月も同じように求める。



 こうなってしまえばもうどうでもいいことだが、満月はやはり一糸をも纏っていなかった。



 冷静に考えると、真実を伝えた満月が僕と即座に別れることを選択する可能性はあり、僕に満月を抱く資格があるかどうかは怪しいところがあったが、この世に肉体を持ってしまった以上、肉欲には抗うことができなかった。愛情も伴っているのであるから尚更である。




 ようやく僕のリミッターが働き始めたのは、汗だくのまま僕をぎゅっと抱きしめていた満月が、「今日はゴムなしでして」と甘い声を出したときだった。



「満月、ダメだよ」


「どうして?」


「……まだ結婚してないんだし」


「桔平、もしかしてまた私から逃げようとしてるの?」


「いや、そうじゃなくて」


「じゃあ、態度で示して」


 満月の身体に力が入り、嫌な予感がした僕は、満月の身体を振り解いた。


 ベッドに弾かれた満月が不服そうな顔をする。



「桔平、私の不安な気持ち分かってる?」


「言いたいことは分かるけど、それとこれとは別問題じゃない?」


「子どもがいないと、すぐに桔平に捨てられそう」


「そんなことないって」


「桔平は子どもは要らないの?」


 それは今の僕にとって、もっとも答えにくい質問であった。


 満月とは違い、「子ども」というフレーズに対して、僕が想起するのは具体的な個人である。


 律だ。


 僕と満月の一人息子である。



 僕が心臓発作で急死したことによって、満月以上に迷惑を掛けてしまったのが律なのである。

 律は、生まれてからたった1年で、人生のことなんて何も分からないうちに、父親を失い、母親の心中未遂に巻き込まれてしまった。

 仮にこのまま生き続けられたとしても、律を待ち構えているのは、決して楽ではない人生だろう。経済的に余裕はないだろうし、社会性を身に付けるのも難しくなるかもしれない。もしかすると、満月の再婚相手に疎まれるかもしれない。



 だから、僕は、律を生み出すことに、責任を持てない。



 他方で、律に生を与えないことが本当に正しいのか、と聞かれると、僕は自信を持って答えることはできない。

 最初からいなかったことにするのだから、人工中絶とは違うのかもしれないが、それでも、律から人生を奪うことには変わりがない気がする。



 何が正しいのかは分からないが、少なくとも、僕一人の判断で決めていい話ではないような気がしていた。



「ねえ、桔平、私、赤ちゃん欲しいよ。桔平と一緒に育てたいよ」


 満月は、僕が2年弱で死ぬことを知ってもなお、同じことを言うのだろうか。


 それとも、僕との子作りは諦め、希望通りに3人くらい産み育てられる相手を選ぶのだろうか。



——そんなこと、僕がいくら考えたって分かりっこない。


 満月の気持ちは、満月にしか分からないのだ。



 だから、僕は、この場で満月にすべてを正直に話すことにした。

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