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喜ぶ満月

 少なくとも今回は、満月が故意にスマホを忘れたことは明らかであった。

 その証拠に、スマホを持って急いで事務所を出た僕がかろうじて遠くに目撃したのは、鍋を持ちながら走る満月の後ろ姿だったのである。

 満月にとって、今回は路上で返してもらっては困るのだ。僕に家までスマホを持って来て欲しいのだから。




「桔平、おかえり〜」


 家の鍵は開いていて、僕がドアを開けると、満月は、約50日間の空白などなかったかのように、気の抜けた声で僕を出迎えた。


 僕の方も、これ以上満月と言い争う気はなかった。


 だから、スマホだけ返してさようならという野暮なことをする気は毛頭なく、エプロン姿の満月に誘われるまま、テーブルに付いた。



「事務所に持っていったやつよりも上手くできたと思う!」


 そう言って、満月は、大皿に載った肉じゃがをテーブルの中心に置いた。

 夕食用にまた作り直したということらしい。



「美味しそう……」


 本心から出た感想だった。

 ジューシーなタレの中で、人参、じゃがいも、お肉のそれぞれが同等に存在感を放っている。湯気の甘い匂いだけで十分幸せな気分に浸れる。



「召し上がれ。たくさん愛情込めて作ったからね」


 目の前の料理が、愛情だけではなく、努力の結晶でもあることを、僕はよくよく知っている。特訓1日目に画像で送ってきた黒焦げとは見違えるにもほどがある。



 僕は、まずじゃがいもから口に運ぶ。


 そして、人参、お肉の順で口に入れる。



「……美味しい」


「でしょ」


 細かいことを言えば、少し塩味が強い気がしたし、改良の余地もあるのだが、十分に及第点だろう。

 そして、僕に料理の腕前を褒められて笑う満月の顔が何よりのスパイスだった。それも加味すれば、こんな美味しい肉じゃがは生まれて初めて食べた。



 止まらないペースで肉じゃがを食べながら、僕は、台所にも目を遣る。

 大量のじゃがいもの皮と人参の皮が発生していたが、ちゃんとシンクの中に置かれた袋の中に収まっている。まな板と包丁も、洗ったような形跡がある。

 こちらも決して「綺麗」とは言えないが、散らかし名人の満月とは思えない片付き具合だ。



 あっという間に、僕は大皿を空にしてしまった。



「ごちそうさま」


 満月は、まさか僕が肉じゃがを完食するとまでは思っていなかったようで、


「桔平、今までちゃんと食べてた?」


と家出中の僕の食生活を案じた。満月の心配どおり、たしかに食事が喉を通らない日々がずっと続いていたことは事実である。



「満月の方こそ、毎日肉じゃがばっかり食べてて飽きなかった?」


「超飽きたよ。あと1週間でも桔平が帰ってくるのが遅かったら、発狂してたかも」


「じゃあ、今日は、僕が満月のために何か洋食でも作ろうかな」


 台所に立ち、腕まくりをする僕の背中に、満月が問いかける。



「ねえ、それって私の肉じゃがが合格っていうこと?」


「……うん。すごく美味しかったよ」


「じゃあ、桔平は、婚約破棄を撤回して、私と結婚してくれるってこと?」


「……満月が、僕と結婚をしたいなら」


「やった!!」



 満月は屈託のない声を上げて喜んだが、僕としては、素直にYESと言ったつもりではなかった。


 家に帰ることを決めたのは、満月と結婚することを決めたからではない。



 満月にすべてを正直に話すことを決めたからである。



 実は僕は人生をやり直している最中であること、僕は満月に別れを告げるために人生のやり直しをすることに決めたこと、そして、僕は2年足らずで急死すること。


 満月が僕の話をすべて聞いた上で、それでも僕と2年弱を過ごしたいというのであれば、僕は満月と結婚をする。


 さすがに子作りはしない方が良いとは思うが、2年弱の期間を、夫として満月に尽くす。


 そして、その2年弱は、満月の将来に向けた準備期間とする。

 すなわち、満月が一人でも生きていけるように、もしくはすぐに次のパートナーに嫁入りできるように、僕が満月に料理を教える。家事を教える。自活する術を教える。それによって満月の成長を促す。


 今まで僕の頭になかったこの選択肢を与えてくれたのは、他でもない満月である。


 料理の猛特訓をし、果てには立派な肉じゃがを作れるようになった満月を見て、僕は、満月に伸びしろがあることを知った。

 死が運命付けられた僕でも、満月の成長の手助けをすることによって、満月の人生に貢献できる可能性があることを知った。



 だから、僕は、満月の将来に向けて、2年弱を僕に預けてくれないか、と提案するために家に戻ってきた。


 もちろん、満月が拒絶すれば、僕はすぐに満月の目の前から消えるつもりである。



——満月はどう答えるだろうか。

 

 たしかに満月は僕にゾッコンではあるが、僕が満月の生涯のパートナーにはなりえないことを知れば、現実的な判断をしてもおかしくない。

 女性にとって30歳から32歳までの期間は、決して棒に振るうわけにはいかない大切な2年間だ。



 もっとも、今日は、僕も考え過ぎで疲れていたし、満月の方も気張って2回も肉じゃがを作ったわけだから疲れているはずである。


 さすがに今日その「提案」をして、今から満月と喧々諤々話し合うのはしんど過ぎる。


 そこで、僕は、明日以降に満月にその「提案」をすることにし、今日は早めに寝てしまおうと思っていた。



 今晩、満月が激しく求めてきさえしなければ。


 この展開のためにR15設定つけておきました←

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