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危なっかしい満月

 なろうでミステリを書き続けている筆者ですが、今回はまさかの恋愛モノです。


 普段の作品とは全く趣向が異なりますが、気軽に楽しんでいただけると幸いです。

 満月みつきが料理をできないことは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。



 目を覆いたくなる光景とは、まさにこのことである。



 満月は、じゃがいもを皮も剥かないまま、しかも洗わぬままでまな板の上に置き、まるで斧で丸太でも切るかのように、包丁をじゃがいも目掛けて振り下ろした。


 思った通り、じゃがいもはまな板に弾かれて、床へと落ちた。


 

 満月は、じゃがいも側に問題があると言わんばかりに床に落ちたじゃがいもをしばらく見つめていた。




 そうこうしているうちに、今度はベビーベッドに閉じ込められていたりつが泣き出す。



 満月は、落ちているじゃがいもを放置したまま、律をあやしに行く。


 満月が抱きかかえて背中をさするものの、泣き声は大きくなるばかりだ。



 満月は理解できていないようだったが、律が泣いている理由は明らかだった。


 律はここ2日間、まともなも食事を摂れていないのだ。


 これも満月のせいである。

 最近1歳になり、離乳食完了期に入ったとはいえ、さすがにカップ麺やカロリーメイトを食べさせるのは間違っている。しかも、律の口の大きさに合わせて小さく切ることもしていないのである。満月が与えた物に、律はほとんど口を付けていなかった。

 加えて、水分補給はさらに壊滅的だ。かろうじて毎晩粉ミルクは飲ませているものの、粉ミルクは栄養補給であって、水分補給ではない。別にお茶を飲ませる必要があるのだ。満月はそのことが分かっていないようだった。




 ダメダメな満月を見ていた僕は、とてももどかしかった。



 もしも僕がその場にいてあげられれば、料理だって、育児だって、全部全部、代わりに僕がやってあげられたのに。





桔平きっぺい


 背後から僕の名前を呼ぶ声がした。



「桔平、またみっちゃんのことを見てるの?」


 声の主は、僕の母だった。母は、満月と一度も会ったことがないのにもかかわらず、満月のことを「みっちゃん」と妙に親しげに呼ぶ。



「満月があまりにも危なっかしいから、目を離せなくて」


 僕は一瞬だけ母の顔を確認すると、またすぐに「穴」へと視線を戻した。先ほどから僕が見ている満月の姿は、すべてその「穴」から見えているものなのである。



「桔平の気持ちは分からなくはないし、まだ3日も経ってないから現実を飲み込めてないのも分かる。よく分かる」


「何が言いたいの?」


「気持ちは分かるけど、早く切り替えなさい、って言いたいのよ」


 母が桔平にこのことを言ってくるのははじめてではなかった。それどころか、1時間おきくらいには言ってきているから、耳がタコになりそうだ。



「放っておいてよ。時間をどう使おうが、僕の自由でしょ」


「でも、桔平がみっちゃんをずっと見ていても意味がないでしょ? 未練がましいだけでさ。桔平がみっちゃんを手伝えるわけでもないんだし」


 それは分かっている。僕はもう満月の力になってあげることはできない。それどころか、満月と会うことすらもう二度とないのである。



「分かってるよ。でも、どうしても目が離せないんだ。僕は満月の夫だからね」


 満月は僕の妻であり、律は僕の子どもである。


 僕がもう2人に会えなくなったとしても、その事実だけは揺るがないはずだ。


 愛情だって少しも冷めていない。


 少なくとも僕の方は。



「でも、桔平、あなたはもうみっちゃんにとって、『過去の人』なのよ。あなたはもう死んでるんだから」



 母の言うとおり、僕はすでに故人なのである。3日前、突然心臓発作が起こり、急死してしまったのだ。




 「ここ」に来てまだ3日しか経っていないため、僕には「ここ」がどこであり、一体何をする場所なのかは分かっていないが、生前の知識を元に判断すれば、「ここ」は「天国」なのだと思う。



 その証拠に、10年前、僕が大学生の頃にガンで「この世」を去った母親が、「ここ」にはいて、僕に話しかけてくるのである。彼女の姿は、10年前と変わらぬままであった。



 僕には「天国」の全容が全く分かっていなかったが、一つ理解していることとしては、「天国」には、「この世」の様子を見ることができる「穴」がある。


 先ほどから僕が覗いている穴である。


 この「穴」からは、「この世」の、見たい光景を抜き取って見ることができる。

 

 僕が見たいのは、今現在の満月であり、律である。

 そのため、「穴」からは、まるでドローンで尾行しているかのように、満月と律の姿を見ることができる。



 どうやら母も、僕の生前には、僕の「この世」での生活を、この「穴」から観察していたらしい。それで、僕の妻である満月のこともよく知っているのである。


 母だって未練タラタラだったじゃないか、他人のことは言えないじゃないか、と僕は心の中で毒づく。



「そもそも、桔平、どうしてそんな危なっかしい子と結婚したの?」


「そんなの僕の勝手だろ」


「そりゃある程度は桔平の自由だと思うよ。でも、結婚相手に関しては少しくらいは口を出したいのが、親のさがというもんじゃない? みっちゃんはたしかに顔は可愛いかもしれないけど、でもさすがにアレはちょっと……」


 面倒になった僕が何も言い返さないでいると、母は、畳み掛けるようにして続けた。



「言葉は悪いかもしれないけど、みっちゃん、正直言って『ダメ女』だよね。自分の身の回りのことすら自分でできなくてさ。料理も出来ないし、洗濯もできないし、掃除もできない」


「僕は別にそんなこと妻に求めてないから。そばにいてくれればそれでいい」


「桔平は優しいからそうやって言うけど、普通はそうは思わないものよ。男女平等の時代とは言うけど、やっぱり女は家事ができなきゃダメでしょ。普通」


「僕はそうは思わない」


「桔平の母親として、私は桔平を心配してたのよ。たしかにみっちゃんは可愛いし、愛想は良いけど、結婚相手としては不合格よ。結婚したら桔平が苦労するな、ってずっと思ってたの。だから、私、桔平がみっちゃんと結婚するのをずっと反対してたのよ。私はすでに死んでたから、桔平にそのことは伝えられなかったけど」


 おそらく「天国」の母はそのように考えたのであろうとは当時から予想はしていたが、直接言われるとやはりイラっとする。



「伝えてもらえなくて良かったよ。余計なお世話だから。僕は満月と結婚して、律が生まれて、本当に幸せだったんだ。こうやって急に心臓発作が起きさえしなければ、完璧な人生だった」


「でも、その心臓発作だって、桔平がみっちゃんと結婚したことと無関係じゃないかもよ?」


「……どういう意味?」


「みっちゃんが家のことを何もやらないから、桔平は朝早く起きて育児と家事をして、昼間は仕事をして、夜は料理を作って、休日も掃除に洗濯をしてで、全然休めてなかったじゃない。つまり、過労死よ。家事をちゃんとやってくれるお嫁さんと結婚してたら、桔平はもっと長生きできたと思うわ」


 僕はため息をつく。この人とは全く話が通じない。



「母さん、満月が怠けてたみたいに言うのはやめてよ。満月だって満月なりに努力はしてたんだよ。家事だって、満月なりにはやっていたんだ」


「でも、全然できてなかったじゃない。カップ麺くらいしか作ってるところ見たことないわよ?」


 それはそうかもしれないが、そういう問題ではない。



「とにかく、僕が心臓発作で死んだのは満月のせいじゃない。単なる不運だったんだ」


「不運? そうかしら? そりゃ、隕石が頭に落ちてきて死んだ、とかだったら、不運ね、ってなるけど」


「不運じゃなきゃ、遺伝だよ。この『穴』から覗いてたら、僕の死亡診断をした医者が満月に説明しているのを聞いたんだ。『原因は先天的なものですね』って説明しているのをね。つまり、これは遺伝であって、満月のせいじゃない。むしろ母さんのせいだ」


「それは失礼ね。私の家系で、心臓の病気で死んだ人なんて誰もいないわ。私も含めて、みんなガンよ。桔平のお父さんの家系だってそう。誰も心臓発作なんて起こしてないからね」


 先ほどはあれだけ満月を責めていたのに、いざ自分に火の粉が飛んでくると躍起になるのは見苦しい。

 この人は本当に僕の母親だろうか、と一瞬疑ったが、ただ間違いなく顔は似ている。


 そして、僕が2歳の頃に父親が他界して以降、この人は僕を女手一つで育てあげたのである。


 その事情まで汲めば、母が僕の人生の伴侶選びに一過言あることも理解できなくはない。





——ガシャーン。



 突然、「穴」から大きな音が聞こえた。



 僕が覗き込むと、案の定、満月がお皿を割ったところであった。



「ああ、もう、そのお皿は重たいから、持つときはちゃんと両手で注意して持たなきゃいけないのに……」


 僕は、決して届くはずのないアドバイスを、「穴」の向こうの満月に対して送る。



 その様子を見て、母は呆れたようにため息をつくと、そっと僕から離れていった。


ブックマークをいただけるととても喜びます。読み終わったら外していただいて大丈夫ですので、よろしくお願いします!

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